第5話 引退したからバンドはじめよう!

「よーし、夏フェスずっばい!」


高校入学してから早いもので二年と数ヶ月がすぎていた。


高校最後のインターハイが終わり、部活を引退した7月。期末テストも終わり、あとは夏休みを待つだけだという時期に、伊恩が言い出したのだ。


朝矢も龍仁も「はっ?」と顔をポカンとさせた。


「夏フェス。な♥️つ♥️フェス♥️たい」


「なんば、突然いいよったや」


朝矢は眉間にシワを寄せる。


「そがんたい。僕たちは受験生やぞ。伊恩、わかっとるとか?」


龍仁がため息まじりにいう。


「わかっとる。でも、みっちーも、あーくんも東京の大学行くとやろう?」


朝矢と龍仁はお互いに顔を見合わせた。


「まあ、はっきりとは決まっとらんけど、できれば東大にいきたか」


龍仁は事も無げに言った。


「「東大!?」」


寝耳に水だったのか、伊恩と朝矢は思わず叫んでしまった。


「なんね。その顔。ぼくが東大めざしちゃでけんとか?」


「いや、たしかにみっちーは成績優秀ばってんさあ」



「東大はでけんやろう。さすがの龍でも無理と思うけどなあ」


伊恩に続けるように朝矢が言った。



「はあ。僕をなめとるとか? とくに赤点ギリギリの朝矢にいわれとうなか」



「ああ、おいは赤点ギリギリじゃなか。最低50点はとっとるとばい!」


「50点は赤点といっしょばい。ぼくはそんな点数取ったことなかぞ」


「なんば、自慢しよるとや! がり勉やろう」


「はあ、朝矢が勉強しなさすぎやろうが!  授業もサボってばかりおるじゃろが!!  それで、成績アップできっかよお」



「やぐらしか! 出席日数足りとる! それにバイトが忙しかけん。しょうがなかたい」


「学業を優先せんか! 骨董品なんか売っとる場合かーー」


まあ確かにそうだなあと二人の口喧嘩を見物していた伊恩は思う。


たしかに朝矢はよく授業をサボる。


時間は別に決まっていない。朝は来ていたけれど、昼休みのころにはいない。朝はいなかったのに三限目の授業にはいる。昼から来たり、部活だけ参加したりもしている。


ある時は、「先生。具合悪いので帰ります」とどうみても具合悪そうにもしていないのに、授業中に抜け出すこともあった。


その時は、決まって不機嫌そうな顔をしている。


それに関して、伊恩たちが問いかけたことがあった。すると、「バイト先の店長の呼び出すとたい。いくしかなかけん。行くとよ」という答えだった。いかにも店長にたいしてあまりよく思っていないふうに愚痴るのに、なぜか店長の突然の呼び出しに従っている。


なぜやめないのかと尋ねると、決まって無言になっていた。どうやら、彼は彼なりの負かい事情があることを察した伊恩たちはそれ以上の追求を避けていた。


ただ、たまに龍仁との喧嘩の中で「バイト」のことが話題に出たりもするのだ。




「やぐらしっ! いろいろ事情があっと!!」


゜最終的に朝矢がそんな言葉で抵抗する。


「はーい🎵 ここまでにしとってーー♥️」



伊恩はその言葉を聞いた瞬間にけんかの仲裁に入るのがお決まりといった具合だ。


「そ~れ~よ~り~も~。やろうよ。やろう。夏フェスいこうよ。ねえ。そのために部活の合間に練習してきたたい」


伊恩の言葉の通りだ。ほぼ強引だったとはいえ、部活を終えたあとに時間があれば、ギターやらベースやらの練習をさせられた。


ちなみにバンドに使う楽器は学校にそろっていた。


数年前まではバンド部が存在していたために、学校で購入していたらしい。しかし、バンド部が廃部になってからは、倉庫に眠りっぱなしだった。それを伊恩が先生との交渉のすえに遣わさせてもらうことになった。


バンド部を作るつもりなのかと先生に聞かれたのだが、自分たちはあくまでも弓道部でバンドはただの遊びだといいきった。それに対して先生はただ微妙な顔をしていた。



そういうわけで、部活が終わってから、10分の間、音楽室を借りて練習をしていたのだ。だからといって、文化祭で発表するわけでもないし、路上ライブをするわけでもない。


なにせたったの十分ほどだ。


それでバンドとして成り立つことはない。


それに、バンドとして、致命的な問題があった。



「それとあーくん。頼んでくれんか?」


「はあ?」


「あの子だよ。あーくんが玉ねぎ畑でいっしょにおった歌のうまか、やーらしか女の子」


「玉ねぎ畑?」


朝矢はなにかを思い出した。



「松枝のことか?」


「へえ、松枝さんっていうとかあ。なあ。頼んでくれんか?」


「いやだ」


 朝矢はあっさりと言った。


「なし? なしてね。よかろうもん。ねえっ。ねえっ」


 そういいながら、伊恩は朝矢の周囲ほしつこく回る。


「あいつだけはでけん。しぇからしか女やけん」


「しぇからしか?」


「ああ。しぇからしか」


そういいながら、朝矢の顔がげんなりしている。


そんな朝矢の様子に、伊恩と竜仁が顔を見合わせる。そして、二ヶ月前のことを思い出していた。



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