第2話 入学式の出会い
その少年は有川朝矢というい名前だった。
朝とかいて『とも』と読む。
伊恩は記憶よりもずいぶんと身長が伸びていたのだが、すぐにあの時の少年だと気づいた。
「ねえ、有川くんのお兄さんってブルーリアルのギタリストだったとやろう?」
伊恩がなんの躊躇もなく彼に尋ねたのは、まさに入学したその日だった。伊恩は記憶するのは得意だ。特にひとの名前はすぐに覚える方だった。故にクラス全員に名前は入学式のその日には把握していたのだ。
特に数年前に一度だけあった少年にはすぐに興味を持ち、さて家に帰ろうかという時になんの前触れもなく話しかけた。
「なんや。てめえ」
彼は不機嫌そうにギロっと睨み付けてきた。しかし、伊恩は全く気にした様子もなく、にこにこと笑顔を浮かべている。
「いやねえ。おいさあ。有川くんに会ったことあるとばい。小学五年生の夏休みに、有川くん、夏フェスきとったやろう」
そういわれて、有川朝矢はハッとする。
「てめえもおったんか?」
「おったよ。あーくんの横におった」
「あーくん?」
「有川だから、あーくん。あっちゃんでもよかよおお」
「なんで、いきなし、慣れ慣れしかとやーー!」
朝矢は声を張りあげた。
「よかやん。同じ夏フェスに参加した仲やん。仲良くしよう」
その満面の笑顔に朝矢は顔をゆがめる。
「あーー。せからしか。そがんとこで突っ立っとるんじゃなか」
そのとき、後方から声がした。
伊恩たちが振り返るとそこには単発で眼鏡をかけた少年がいた。その目付きはいかにも生真面目そうな雰囲気を出している。
「あーー。みっちーだー」
伊恩がいうと、みっちーと呼ばれた少年は片方の眉毛をピクリとさせた。
「その呼び方やめてくれんか? 柿添」
「よかやん。おいとみっちーの仲たい」
みっちーと呼ばれた少年はため息をもらす。
「それよか。そこどけてくれん? 邪魔だ」
「はあ?」
その言葉に不快を露にしたのは朝矢だった。
「おいがどかんでも通れるやろうもん。別に入り口付近でもなかやんか」
確かにそうだ。伊恩たちが話をしているのは、朝矢の席のすぐ横の通路だったからだ。
「なんで、僕が道ゆずらんばとや。僕はここを通りたかと。どけろさ。有川朝矢」
「はあ? ふざくんな。こら! 勝手にきめめんじゃねえ。どこの坊っちゃんだ。てめえ」
「どこの坊っちゃんでもなかよ。ただ、君が目障りなだけたい」
「はあ。なんだよ。てめえ。くらしてやろうか!」
「望むところたい。返り討ちにしてやるけん」
二人はにらみ合いを始めた。
入学初日からこの二人はなにをやっているのだろう。
「うーん、君たち知り合い?」
伊恩は尋ねた。
「「初対面」」
二人は同時にそう答えた。
「初対面? それなのに、なし、歪みあっとるとや?」
「「直感。なんか気に食わん」」
また声が揃った。
「それって、ただの食わず嫌いと言うやつじゃなかとか」
伊恩がツッコミをいれるが二人はまったく聞いておらず、いつの間にか乱闘が始まった。
その騒動は、すぐに先生に知られることとなり、ふたりが入学式早々呼び出しを食らったのはいうまでもない。
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