第60話 これが俺の苦しみだ
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「……俺に説教を垂れるのが、お前さんの作戦か。とても感心したよ、こんな中身のない説教で俺の心が変わると思ったか。さらばだ、能力者」
奴がそう発した瞬間、あらゆる方向からガラスの破片が飛んできた。手に持ったダンベルで防ぐも、何個かは間に合わず腕や足に深く刺さってしまった。高速移動能力、時を止める能力みたいで厄介だな。奴から急いで距離を取り、痛みに耐えながら破片を抜く。
くそ、もう痛みも感じない。ガラスの破片が突き刺さるなんて、普段なら声を上げているだろう。一般人なら間違いなく、悲鳴を上げてしまうはず。それなのに、もう慣れてしまったんだろうな。それか衝撃で痛みを感じる器官が麻痺してしまったか。
さっきの対話で時間稼ぎしたおかげで、少しは体が回復している。あわよくば相手を説得しようと思ったが、奴は甘くない。これっぽちの説得じゃ心は突き動かされなかったみたいだ。
「江戸崎、本部にA-24の爆破攻撃を要請しろ。範囲は俺がいるところだ」
「……承知した。しかし白を殺すのは困難だ、狙うのは足だけでいい」
「分かっている、くれぐれも被害を出しすぎるな。狙うのは白と俺だけでいい」
作戦といっても、まともなものではない。しかし昔からまともに作戦を遂行したことなんてない。薬物使用者の常識の外れた行動に対応するには、多少なりともこっちも変わった行動をする必要がある。ここは蒲田駅の近く、だからか、かなり前に蒲田駅で薬物使用者のことを思い出した。
炎に巻かれた人間だ、ヒーローに憧れた男だったか。彼は結局、力に溺れて暴れ回った。最期はスナイパーライフルで遠くから撃たれて死んだ。俺の上司や仲間の命を奪ったにしては、あっさりと死んだ。その時だって俺は、対話を試みた。それはもちろん、時間稼ぎに過ぎない。その時は自分が能力者だとは知らなかったから、今考えればかなり無謀な行為だ。
「……ドラゴンの撃墜を確認、ただちにA-24の爆破が始まるそうだ。いいのか、本当にやるぞ」
「ああ、江戸崎は逃げろ……あと、パワードスーツを爆撃の前に落としてほしい。そしてスカイに、雷の援護を要請してくれ。白をころ、いや、倒す唯一の方法だ」
「何してんだ、奴とテレパシーで会話しているのか。戦闘には集中しろ、余裕ぶってられるのも今だけだ」
白は地面に落ちていたガラスの破片をすくい、ジャラジャラと鳴らしている。しかし作戦までは分からないだろう、奇想天外な作戦だから予測はできないはず。ショウとスカイがドラゴンを蹴散らしてくれたおかげだ。
「……お望み通り、戦ってやるよ」
少しだけ力を入れ、足と腕の傷を回復させる。エネルギーの消耗が激しい、全てを元通りにするのは難しそうだ。それでも立てるくらいには回復した、あとは我慢だな。
「威勢がいいな、ボロボロで見てられないこと以外は。頼むから、俺を楽しませてくれよ。お前さんは、俺が倒す」
奴がそう発した瞬間、手にしていた細かい破片が全て俺めがけて飛んできた。手に持っているダンベルだけじゃ全てを防ぐことはできないだろう、しかし盾はダンベルだけじゃない。
ドンッ!!
爆音と共に、俺の目の前にパワードスーツが落ちてきた。パワードスーツはかなり重い、それを上空から落とせば天井を突き破ってくるってことくらいは予測できた。辺りは粉々になった瓦礫でいっぱいで、見上げると夜空が見れるようになっている。
「なにッ」
流石の白も、上から降ってきたパワードスーツで破片を防がれるとは思ってもなかったみたいだ。もちろん、これは序の口のつもりだ。俺はパワードスーツの背面に付いているパネルを操作し、オートモードを起動した。
これは日暮、というか米軍が開発した物だ。Dreamシリーズを動力源として開発されたロボットで、人が着ることもできる。パワードスーツは薬物使用者を倒すために開発されたんじゃない、ただの戦争兵器だ。しかしそれを俺は、薬物使用者を倒すために使う。Dreamシリーズは、Dreamシリーズを依り代にした薬物使用者に使うべきだ。
ショウを飛ばしたのは、ドラゴンを倒して日暮の物資を届けさせるため。そして、俺の力を最大限に引き出すため。
俺はスーツの中に入れていた、Dream Waterの入った瓶を取り出して、叫んだ。
「今こそ、力を見せる時。今こそ、命を託す時!」
ドンッ!!
空からひとつの黒い物体が落とされた。ビルと同じ高さに到達した時、その物体は光り出す、そう、これは爆弾だ。光り出したらもう止まらない、一瞬にして辺りを白い光で包み込む。そしてすぐさま、オレンジ色の炎と真っ黒に染まる黒煙を放つ。爆発は辺りを破壊しながら、進んでいく。
爆弾は俺と白のいるビルの真上に落とされた。爆発した瞬間、白は逃げようと出口に向かって走り出した、高速移動能力を使って。しかし間に合わなかった、オートモードで動くパワードスーツに出口を塞がれたから。
逃げ場もない、助けもない。爆発から逃れようにも、出られるところがない。どうしようもなく、白は絶望の表情を見せた。仮面を外し、俺のことを憎むような表情で見つめてきた。男だった、優しそうな、とても犯罪者とは思えない顔つきをしている。憎みながらも、優しい顔は隠せないか。
しかし、ここで殺す……なんてことはしない。俺は天に掲げたDream Water入りの瓶を思いっきり、地面に叩きつけた。
バリンッ!
瓶が割れると同時に、赤い液体が放たれる。そしてすぐに、その液体は虹色に光り輝いた。爆発のエネルギーを吸収したのだろう、何故ならこれはただの液体じゃない、夢の詰まった不思議な液体なのだから。
「これは……どうなっているんだ?」
流石の白も、この状況を理解していないようだ。そりゃそうだ、Dream Waterの可能性は無限大だからな。やがて虹色に光り輝く液体は爆発のエネルギーを全て吸収し、俺の体にまとわりつくように蠢きだした。
「まさか、爆発のエネルギーを依り代として自らを強化したのか?」
「そうだと言ったらどうする?」
「……素晴らしいよ。てっきり俺を巻き込んで自爆するのかと思ってたよ。やっぱりお前さんには無限の可能性があるな」
奴はニヤリと笑いながら、また仮面を着けた。そして、走り出す。
「本気を出させてもらうよ、お前さんとの戦いは人生で一番楽しめそうだ!」
奴はジムの中を駆け回る、それも目には見えない速さで。天井も壁も奴にとっては地面だ、四方八方全てから攻撃されると考えてもいい。しかしさっきとは違う、奴の動きがどこか遅く見える。これは奴が疲れたからではない、俺が追いついてきたからだ。Dream Waterを直接吸収すれば死に至る危険性がある、だから俺は爆発のエネルギーを使わせてもらった。
深く息を吸って、吐く。すると、奴の動きがスローに見える。前を走り、すぐ後ろに回って、次は天井を走り、そこから壁を伝って……ここだ。
バシッ!
「なにッ」
奴の高速で振るわれた拳を、俺はノールックで受け止めた。高速移動なんてもう慣れた、Dream Waterを吸収した俺の前では無意味に等しい。息遣いの荒さから、焦っているのが仮面越しに伝わってくる。
「まさかここまで進化してるとは」
「本気で戦うんだろ、かかってこいよ」
「……そのつもりだよ」
まあ、本気で戦わせるとかそんなことはさせない。俺はすぐに奴の腕を掴み、地面に叩きつけた。そして馬乗りになって動けなくさせてから、強化されたこの拳で奴の顔面を殴り倒す。グシッ……グシッ……と人体からはあまり効かない音が、ジムという閉鎖された空間に鳴り響く。
そして極めつけに、床に転がってたダンベルを拾い上げ、奴の足めがけて叩きつける。
「あああああああがががががあああ」
「痛いだろ、これが俺の苦しみだ」
ガラスの破片で何度も何度も傷つけられた。走行中の電車から落とされたりもした。その痛みをお前にも知ってもらおう。二度と走れないくらいに、ダンベルで奴の足の骨を叩き割る。ガリッ……ゴギッ……生々しい音だが、勢いのある音でもある。
「やめろ、やめてくれ」
顔面の前にダンベルを持っていくと、奴は悶えながらも必死に命乞いをしてきた。結局はこうだ、どんなに優れたやつでも最後は命乞いをする。そのまま散っていた奴なんて……あまりいない。いないことはないか、まあいい。
奴の仮面を無理やり外し、俺はダンベルを振りかざした。
「もう……ここまでか……」
ガゴン!!!
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