第58話 滅亡の行く先

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「そこまでして僕らに勝ちたいかい?」


 地面に倒れる俺の背後に現れたのは、臣だった。いや、アダムというべきか。奴は白い布を体にまとっており、仮面はつけていない。アダムの姿が見えないと思ったら、俺を待ち構えていたのか。


「お前さんは、ここで死ぬ」


 そして前に立っているのは、江戸崎を抱えた白。電車から飛び移ってきたのか。奴は江戸崎の体を地面に置き、拳を構えた。足は傷だらけで、起き上がろうにも手に力が入らない。この状態でも戦うしかない、敵が目の前にいるのだから。力を振り絞って、足に力を込めて頑張って起き上がるも、バランスを崩してまたその場に倒れてしまった。


「もう戦うのはよせ、このまま僕たちと共に世界の滅亡を見届けよう。二度と人の死を見なくて済む、そして君も二度と戦わなくて済む」


 臣は俺の前でしゃがみ、笑いながらそう伝えてきた。奴は本心でそう言っているんだろう、いや、アダムか。心の底から世界の滅亡を救済だと思っていやがる。何の助けにもなっていないというのに。


「争いを止めたいんだろう、だから僕らと戦おうとする。でもそれは無意味な抗いだ。世界は存在するだけで罪となる。そしてこの世界に生きる僕らもまた、原罪を背負いし子となる。ならば、こんな世界なんて消してしまえばいい。そうすれば、全ての人が罪から解放される」


 宗教じみたこと言いやがって、内容があるように見えて、読み解いてみるとただの破壊衝動にしか見えない。結局は世界を破壊したいだけ、罪からの解放とか救済とか、取って付けた言い訳だ。


 救済のために元凶や被害者もろとも全てを破壊するなんて、何の救いにもなっていない。お前らの破壊衝動のためだけに、この世界の人々を巻き込むな。


「そういや、君の幼馴染のミチルくんも僕らに協力してくれていたね。結局は殺されたけど」


「アイツの名前を軽々しく呼ぶな」


 俺は無意識のうちに、臣の手首をグッと掴んでいた。ミチルは奴に殺された、組織の内情を話しすぎたからか、でも死んでいい訳がない。アイツは薬物使用者に成り果てた、それでも。


「安心したまえ、滅ぶのはこの世界だけではない。やがてイヴが生まれた世界、空間の石が存在していた世界も消える。行き着く先は、全ての世界の滅亡だ」


 世界は無数に存在している。スカイやエストのいる世界のように、俺たちが知らないだけで他にもたくさんあるだろう。ここで止めなければ、俺たちの世界はもちろん、他の世界も滅ぶ。なら、やるべき事はただひとつ、そうだよな。


「そう簡単に行かせて、たまるか」


 俺はひと思いに、力を込めて立ち上がる。痛みなんて、もはや感じない。辛さも、今は忘れることにした。ここが死に場所だと言うのなら、構わない。臣は立ち上がる俺を見上げ、怪訝そうな顔をする。


「星田くん、無理はよせ。どう足掻いても僕らには勝てないよ」


 奴は真田と同じ顔で、真田と同じ口調で声を発する。だが、こいつは真田じゃない、臣でありアダムだ。共に戦った同僚なんて存在しない、むしろこいつが全ての元凶だ。そのことを考えると、無性に腹が立ってきた。俺は目の前に立っている臣を力任せに突き飛ばし、覚悟を決めた。


「お前らに世界は壊せない。お前らが破滅を願うなら、俺たちが平和を願う。お前らが戦うつもりなら、俺たちも戦う。破壊は救済じゃない、ただの現実逃避だ!」


 俺の信じるヒーローは、ここで奴らに立ち向かうだろう。ならば、俺もそうする。


「僕はアダム、神の子だ。その神が世界滅亡を願う! 貴様ら人間は、神の願いを受け入れないというのか!」


「俺の信じる神は、破滅を望まない。世界滅亡を願う神がいてもいいが、俺は信じない、何があっても止めてみせる」


 傷だらけで、ボロボロだろうと立ち上がる。それが俺の信じるヒーローだ。ポケットの中に入れていた赤いバンダナをギュッと強く締め、出血を抑える。そして目の前に立つ臣に対して、深く拳を構える。


「貴様だけでは、もはやどうすることもできん」


 臣は急に口調を変えて、俺に背を向けて立ち去ろうとする。目の前にいるのは臣ではない、アダムだ。やっと本性を現したか、破滅の神の子。そして俺の背後には、走り出そうと構える白の姿が。


「……フフッ」


「何がおかしい、何を笑っている?」


「お前らは何も分かってない。まず、俺はひとりじゃない。だから、最強だ」


 俺の声と同時に空から翼を生やした男が、俺の背後にいる白を蹴り飛ばした。彼の腕には赤いバンダナが、見ての通り……仲間だ。


「間に合ったか」


「ちょっと遅いぞ、ショウ」


「俺だけじゃない、もう1人いる」


 ショウの言葉と共に空からやってきたのは、スカイ。青くほとばしる雷を身にまとい、手首には赤く光る炎が巻きついている。


「アダムは俺に任せろ、お前らは奴を倒せ」


 それだけ言って、スカイはアダムに突進し、そのまま奴を掴んで雲の上へ飛んで行った。雷だけでなく、炎の力も使っているように見えた。トールだけじゃないのか、スカイの力の源は。とりあえず、まずは奴を倒そう。


「高速移動能力を無効化したい、どこか狭いところに追い込めるか?」


「任せろ、あのガラス張りの店が適切だ」


 そう言うと、ショウは高く飛び跳ね、近くのビルの壁に張り付いた。同時に俺は白に突っ込み、体勢を崩させ、その足を両手で包み込む。足が使えなかったら、高速移動もできないだろ。起き上がろうともがき苦しむ奴は、何度も何度も俺の顔面を蹴る。それでも俺はへこたれずに、耐え続ける。


「今だ、放せ!」


 ショウの声と同時に、俺は奴の腹に拳を入れ、その場から離れる。そしてショウは勢いづけて壁を蹴り、翼を展開させたまま奴の胸に向かって強めの蹴りを放った。


 バリンッ!!


 豪快な音と共に、奴はガラス張りの施設に突っ込んだ。奥の壁に叩きつけられたのか、あまりの衝撃に倒れ込んでいる。ここはジムのようだ、辺りにはさっきの衝撃で吹き飛んだダンベルが散乱している。


「どうだ、ここじゃ能力は使いにくいだろ」


 奴の高速移動能力は莫大なエネルギーを消費する。人間の何十倍もの速度で体を動かすことにより、周りの気圧を変えているからだ。その気圧の変化に伴い空気抵抗が発生するとかで、奴の周りにはとてつもない風が生まれる。しかしここは閉鎖的な空間だ、エネルギーを放出して高速移動しようにも、壁が近すぎて風がすぐに跳ね返ってくる。


 つまり奴は高速で動く度に、自分の発した風に吹き飛ばされることになる。


「ここで終わらせるぞ、ショウ」


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