第57話 大切な人を殺された気持ちが分かるか

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 ガシッ!!


 奴は江戸崎を地面に叩きつけ、更に彼の腹を蹴り上げた。まるで、これ以上の対話は不要だということを表すように。しかし、それだけではへこたれない、腹をグッと押さえながらも彼は立ち上がった。


「アダムとイヴの味方は君しかいない。他は全て洗脳か、もしくは創造魔法で擬似的に生み出しただけだ。君が唯一の味方、だからこそ私は君を救いたい」


「雑と亡はお前のせいで死んだ、裏切り者の声など聞きたくない」


「だからこそだ。私は組織を裏切った、これは紛れもない事実。君だけでも救っておきたい」


「救う? どこから?」


 奴は怒りにまみれた拳を、江戸崎に向けて振るう。しかしそれはすぐに、俺が手で受け止めた。江戸崎は俺の後ろで、真剣な眼差しで奴に問いを投げかける。


「ならば……”リタ”の死因は何だ?」


「彼女の名前を口にするな」


 奴はまた拳を振るう。しかしそれも。俺の手によって止められた。さっき奴が言いかけた家庭の事情、能力の出自、それがリタという女性に関係しているのか。


「リタは爆発事故で亡くなった、そう君から聞いた。爆発事故をなかったことにしたい政府は事故を隠蔽、巻き込まれたリタは歴史から抹消された。それが君の妹だろう」


 妹、この単語を聴いた奴は拳を下ろし、ゆっくりと後ろに下がっていった。その手は震えている、白の妹もまた、陰謀の被害者だったのか。


「トンネルの崩落事故と報道されたが、実際には政府の身内が起こした爆発テロ。そのトンネルの中で、妹を失った直後に、君は真実を見てしまった。だから家族も追われる存在となった。父は火炎放射で焼き殺され、兄は交通事故で処理された。残ったのは君だけ、というよりも……そこで臣に助けられた、そうだろう?」


 政府の身内が起こした事件を表沙汰にしないように隠蔽することはよくあるらしい。JDPA_Dだって、資料の改ざんとかはよくやっていたらしいし。それでも他人を巻き込んだ隠蔽なんて、絶対に許されない。


「……何が言いたい!」


 奴は激昂し、俺の腕に蹴りを入れてきた。しかし、何故かスピードが遅い。能力を使わずに、ただ怒りだけをぶつけようとしているのか。すぐさま俺は腕で受け止め、力を込めて奥へと追いやる。


 壁に叩きつけられてもなお向かってきたが、手首を思いっきり掴み、重心を勢いよく傾けてることで、奴を転倒させておいた。ここで奴を殺すことを、江戸崎は望んでいない。


「偶然にも、私の恋人も同じように政府の陰謀で殺された。そして私は濡れ衣を着せられ、君と同じように政府から狙われる存在となった。今こうして生きていられるのも、臣のおかげだ。何故なら、殺されそうになった時に助けてくれたから。これは、全て偶然か?」


「偶然じゃない、必然だ。『大切な人を殺され政府に命を狙われた、ポテンシャルのある人間』を臣が探していたからだ」


「そうか、テロの現場を君はその目で見たのだろう。あの男が何故、トンネルの中でテロを起こしたのか。何故、トンネルなのに被害者が少なかったのか。何故、君だけが生き残ったのか。答えられるか、白」


「……あの男は、政府の隠蔽に加担することを嫌った。そして、隠蔽工作を働いた責任者を殺そうとした。テロなのに被害者が少ないのは、一般市民に罪がないことを知っていて、巻き込みたくなかったから。しかし、運悪く俺たちが巻き込まれてしまった……生き残った理由はさっき言ったはずだ、臣が助けてくれた」


「そうだ、大体合っている。しかし、助けてくれたのは臣ではない……というより、一連の事件は全て臣が起こしたものだ。隠蔽工作を働いた責任者の名は、佐野。偶然にも、私の恋人を殺害し、星田くんを総理暗殺犯に仕立てあげた男だ」


 隙をついて、奴は俺の脇腹を殴ろうと拳を構えて近づいてきたが、すぐさま見極めて避け、代わりに顔面に拳をお見舞いしてやった。それにしても、かなりスピードが落ちている。わざとなのか、それとも動揺していて力が出せないのか。


「絶望は人為的に作り出すことが可能。私も君も、彼も、全員が被害者。そして私は憎き政府の味方ではない、臣の敵だ。君も共に戦おうじゃないか」


「うるさい!!!」


 江戸崎の言葉が癪に触ったのか、奴は拳を震わせながら叫んだ。そしてすぐに能力を使って、俺の足元から脱出、奴は向こうの車両まで瞬間移動していた。焦っていたのか、床には靴の黒焦げた痕がついている。


「グダグダと喋るな!」


 奴は声を上げながら、高速でこっちに向かってきた。急いで拳を構えようにも遅い、奴のスピードに追いつくことはできずに、四方八方から目にも止まらぬ速さで殴られる。窓ガラスに叩きつけられたと思ったら、次は鉄のパイプで殴られ、その上、連結部分にまで追いやられてしまった。


 自分の頬を触ってみると、少しだけ血が出ているのが分かった。なるほど、一発あたりの威力は半減されているが、その代わりスピードが前より速くなっているのか?


「おかしい、高速移動能力は前まで3回しか使えないと言っていただろう。何故こんなに使えている?」


 江戸崎は足を引きずらせ、優先席に座りながらも奴に問いかける。そうだ、これほどの体力を使う能力、これならいつ限界が来てもおかしくない。なのに奴は何回も能力を使っている。短距離の移動ならまだしも、奴は江戸崎を遠い地から引っ張り出してきている。疲労は溜まっていないのか?


「随分と勘が鈍ったもんだなあ」


「それに君は剥奪能力を使わない、彼と私の能力を奪えれば、アダムの勝利は確実なものとなる……もしくは、剥奪能力を失った?」


「俺の能力は、相手の能力の剥奪ではない。能力を奪い、エネルギーに変換するものだ。俺は、それで自分の剥奪能力を奪い、エネルギーに変えた。理由はただひとつ、ここで全員を殺す」


 奴はそう告げると同時に、連結部分にいた俺を片手で持ち上げ、窓ガラスに思いっきりぶつけた。


 ガシャン!!


 その衝撃でガラスは割れ、俺は高速で走る車両の外へと投げ出された。


 ガツン!!


 俺は電柱に勢いよく腕をぶつけ、車ひとつも走っていない大通りまで吹き飛ばされた。くそ、全身が痛い。流石に能力を使っても、全身を一気に修復するのは難しそうだ。何しろ走行中の電車から投げ飛ばされたんだ、腹を大剣で貫いた時くらいの激痛が全身に走っている。


 それでも、どうにかして奴を倒さなければと思い、まずは足から修復しようとしたその時、背後から声が聞こえた。


「そこまでして僕らに勝ちたいかい?」


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