第56話 誰よりも速い男

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 蒲田駅付近にいるガイアを助けに、電車で向かっていたのだが……色々とあって目の前にはアイツがいる。国立競技場ぶりだな、ハク


「お前さんはここで死ぬ」


 全てを達観したような口ぶりの白は、高速移動能力を持っている。高速で蒲田駅に向かう電車の窓ガラスを突き破って車両に進入してきた男だ、只者じゃない。前も遠くにいる江戸崎を一瞬にして運んで来ていたな。


「これも、こっちのセリフだ」


「おっと、これから死ぬんだから強がる必要なんてない。わがままに子供ぽく泣き叫べ」


 最高速度で走る電車の、先頭の車両の1番前に奴はいる。対して俺は前から2両目の真ん中くらい、距離はあるが奴には関係ない。一瞬にしてここまで瞬間移動してくるだろう。ただ、同じ薬物使用者として弱点は分かる。


 恐らくだが、体力は無限じゃない。そして1回でも能力を使えば、激しく体力を消耗するだろう。瞬間移動能力を持っているのに、何故俺たちを襲いに来なかったのか。それは簡単、体力に限界があるから。ということは、体力を消耗させれば勝てる。


「来い」


 俺は拳を構え、奴の動きを見る。速さでは敵わない、だから速さでは戦わない。


「全く、いい性格をしているね」


 奴が言葉を発した瞬間、俺の真横を何かが通り過ぎる。風で髪の毛がフワッとなびいたと思いきや、すぐに背後から蹴り飛ばされた。


 ガチン!!


 一瞬にして俺の背後に移動したのか、何という速さだ。金属で作られた手すりに頭をぶつけたせいか、クラクラする。しかし、これだけでは終わらない。振り返ると奴の姿は消えている。そして、また真横に風を感じた。


 ガツン!!


 今度は横から思いっきり頬を殴られた。高速移動能力だけじゃない、体の動きも速い分、押し出す力も強いのかより遠くまで吹き飛んでいる気がする。次は窓ガラスに肘をぶつけた、的確に大事な部分を負傷させているのか?


 ガツッ!!


 深く考える隙を与えることなく、次は真正面から膝蹴りを腹に入れられ、そのまま天井に叩きつけられた。チリチリとほとばしる火花、ブルブルと震える手。地面に突っ伏す俺を見て、奴は笑いながらゆっくりと駆け寄ってくる。


「だから言っただろう、大人ぶるのは体に毒だ。ここで泣き喚いても、誰も気にしない」


「……お前は世界滅亡を心から望んでいるのか?」


「俺に質問できる立場じゃないだろ」


 口答えしたからか、奴は俺の頭を足でグリグリと押し付けた。それでも俺は屈せずに、質問する。


「臣に従えば世界は滅亡する、分かってるだろ」


「……お前さんは、何も分かってない。世界の滅亡こそが生命の救済となる、俺のように苦しむ人間もいなくなる、全員が平等に消えるんだそれの何が悪い」


「そこに自由はない、それは平等か?」


「……もう一度言う、お前さんは何も分かってない。父親から世界の命運を託されたか、それだけのことだ」


「なら、教えろ。何があったのかを」


「……いいだろう、お前さんはどうせ死ぬ運命だ。俺の能力は高速移動、能力にも由来がある、それはお前さんが1番理解しているだろう」


 奴は話しながら、足を戻した。能力の由来、これは能力を手にした時の心情に基づくものだとされている。幼い頃の俺が「ヒーローになりたい」と願ったからヒーローのような力を手にしたように、願いが叶う粉として薬物使用者に親しまれていたな。


「俺は誰よりも速くなりたかった、陸上選手でも何でもないのにな。家庭の事情だ、そこははぐらかしておこう」


 何があったか話すと言ったのに、詳細ははぐらかすのか。まぁ、無理に話してもらっても困る。それで暴走されたら、こっちが不利になる。


「なら、どうして臣と組む?」


「……恩があるからだ。今は裏切ったが、俺には臣に恩がある。だから、彼のために戦う」


 江戸崎は臣を裏切って、俺たちの仲間となった。理由は簡単、臣が地球を滅亡させることを望んでいたから。江戸崎にはテレパシー能力がある、それを感じ取った瞬間に気づいたんだろう、自分は間違っていたと。そしてコイツは、未だに気づいていない。


「世界の滅亡は救済じゃない、罪から逃げているだけだ。ただの逃亡だ」


「いいや、救済だ。お前さんには分からないだろうが、この世界は地獄でしかない。平等に全員を救う方法はこれしかない」


「地獄だろうが生きたい人はいる、俺だって生きたい。指名手配されようが何だろうが、死にたいと心から深く思ったことはない」


「そうか、お前さんとは話にならない……結果は何だっていい、ここでお前さんと今を殺す」


 どうして江戸崎の名前が出たんだ、そう疑問に思った瞬間、奴は江戸崎を抱えて目の前に立っていた。まさか……彼は本部近くにいたはずだ、つまり一瞬にして彼を回収して戻ってきたというのか。


 イヤホンを全体に切り替えると、やはり本部がパニックに陥っていた。高速移動に伴う高エネルギー反応が本部で見られたんだ、それに司令塔の近くにいたはずの江戸崎が姿をくらましている。俺は急いで瀧口さんに通話を繋げた。


「こっちにエド、ショウを」


 全ては伝えられない、目の前に敵がいるから。俺は急いでイヤホンを取り、奴に見えないようにガジェット・ポーチに投げた。


「増援を呼んだか、だが無意味だ」


 さてと、かなりまずい状況だ。東京タワー近くの本部にいた江戸崎は、白の高速移動能力によってここまで一瞬で連れてこられた。奴の狙いは能力者の殲滅、別世界の戦力もそうだが作戦の邪魔になる奴らは消しておきたいはず。


 江戸崎はテレパシー能力を使うことができる、通話ができないような環境でも、彼を通せば誰にでも言葉を伝えられる。それに、SoulTとして臣や白に関する情報を持っている。


「能力を使ったか、白」


「久しぶりだね、今。この並び、星田健誠の能力を剥奪した時以来だ。カイブツが懐かしい」


 カイブツは佐野の能力を使って作られた宗教組織・イメータルの会員が合体した、巨大な生命体。薬物使用者である会員たちは佐野に操られていた、というよりも信じる力が強かった。トカゲを無理やり二足歩行に進化させたようなカイブツは、俺とDream Waterを摂取したショウによって倒された。


 Dream Waterを摂取すれば、新たな能力を手に入れることができる。鋭い感覚も、黄金の翼も見極めも、Dream Waterによるものだ。それがちょうど手元にひとつだけある。だが、目の前には白がいる。奴は能力を剥奪するという能力を持っている。それに今の俺は、あの時の俺じゃない。


「白、君の苦しみは私も知っている」


「お前とは違う。結果として、救われたか救われていないか。それとも、星田の入れ知恵か?」


「やめろ。君が心から世界滅亡を望んでいないのは分かっている。忠誠心か、それとも優越感か、君を動かしているのは何なんだ」


「俺は俺のやりたい通りに動いている。争いのない世界を実現するには、もはや世界が滅ぶしか。それ以外に方法はない」


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