第55話 世界と娘、どっちが大事?

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「シアン、ここは下がってくれ」


「いや、戦いたい」


「危険だ、父として娘を守らなければ」


「世界と娘、どっちが大事?」


「両方だ……全く、誰に似たんだか」


「お父さんと、お母さん」


「それもそうか、マリアのためにも戦うぞ」


 ランセル王国の建物によく似た赤レンガの博物館の近くで、雑とみんなが戦っている。僕たちも行かなきゃ。


《強化魔法》


 身体能力と攻撃力を底上げする魔法を、僕とソルトの体にかける。これで少しくらいは、まともに戦えるだろう。落ちていた剣を拾い、持ち手を強く握り締める。


「エスト、俺たちには怪物がいる」


「うん」


「だから、心配するな」


 ソルトの掛け声と共に、僕たちは雑に向かって走り出す。ガラス張りのビルを破壊しながら突き進む雑は、どこか怯えているようにも見える。ならば、今がチャンス。雑だって生物だ、怪物と同じ。


「うおおおおお!!」


 両手で剣を握ったまま高く飛び上がり、雑に向かって真正面から切りかかる。


 ガチンッ


 まただ、また硬いまぶたによって防がれてしまった。でも、今の僕は1人じゃない、1人じゃないというのは、最強なんだ。


「おりゃああああああ!!」


 続いてソルトも背後から切りかかる。彼の振り下ろした剣によって雑は赤黒い血を流した。良かった、効いている。それに僕たちは2人じゃない、もっと仲間がいる。


「そりゃああああ!!」


 更に続いて、ガイアさんが雑の顔面を強く殴る。あの人は生身で、しかも剣を使っていない。クリムさんのように屈強な体をしているとはいえ、魔法も何も使っていない。それでも、雑に大ダメージを与えた。あまりの衝撃に、まぶたを開いた瞬間、彼女たちが動いた。


「せあっ!!」

「おらっ!!」


 シアンさんとキミカさんが同時に、雑の目を切った。江戸崎さんから聞いた弱点通り、目を切られた雑は前足をバタバタとさせ、辺りを破壊しながら暴れている。しかし、死んではいない。それどころか、理性を失った分、より暴力的になった気がする。


「グラアアアアアッッ!!」


 でも、僕たちには怪物がいる。4匹の巨大なオオカミは、暴れ狂う雑に対して突進していった。四方八方から、かわされてもすぐに方向転換して、何度も何度も突撃していく。


「やはり、今の雑を倒すには相当の火力が必要だ。何か使える魔法はないのか?」


 ショウさんは僕らに頼ってくれた、でも……相当な火力を持った魔法ってあるのか。火炎魔法で雑ごと燃やすか、それでも皮膚が硬いし生き延びてしまうだろう。拡散魔法で怪物を増やすか、でもそれは見かけ上増えるだけで、攻撃力が増えることはない。


「さっきの戦闘機部隊に空爆してもらうのは?」


「日暮のことか。彼らは一時撤退した、モンスターの大軍が現れたら助けに来てくれるはず」


「グラアアアアアッッ……」


 そうこうしているうちに、1匹が雑のタックルによってビルの壁まで吹き飛ばされてしまった。残り3匹、やっぱり理性を失った雑を倒すのは難しいか。何か他に策はないのか。


「一応、使えそうな魔法はある」


 ここで口を開いたのは、ソルト。彼は仮にも、王国の監視部隊の分隊長。15歳という若さで分隊長を務めているんだ、それなりに能力が優れているんだろう。そして国を守るには、魔法を多く知っておく必要がある。悪事を働いていないかどうか調べるのにも魔法は必要だから。


「爆発魔法、ただ成功した試しがない」


 何だその魔法、聞いたことがない。それに爆発するってことしか分からない。


「その通り、爆発を起こす魔法だが、体力を激しく消耗する上に、起動の仕方が難しい……だから、エストもやってくれ。Sランクだし」


 無茶だ、起動の仕方が難しい魔法をすぐにやれって。でも、やるしかないか。


「頭の中で、爆発をイメージして。そして愛する者を爆発から守るイメージで、気合いを入れる」


 愛する者を守るイメージ、か。結局はどの魔法も、頭の中で想像しながら発動している。火炎魔法は炎をイメージしながら、ワープ魔法はその行き着く先をイメージしながら。


「分かった、やってみるよ」


「よし、怪物をこっちに呼ぶ。そしたらすぐに考えろ、心の底から」


 ソルトが怪物を呼び寄せ、雑は四方八方からの攻撃から解放された。やがてすぐに、こっちに向かってくるだろう。来るまでに仕留めないと、ただ焦るのは禁物、深呼吸して落ち着いて考えろ。


 愛する者、父さんと母さんはレッドさんに殺された。クリムさんたちもレッドさんに殺された。愛する者、仲間でいいのか。仲間は大切だ、さっきだって僕を助けてくれた。


「Sランクと鑑定された少年が、世界を滅ぼす」


 ああ、まただ。レッドさんの声が、鮮明に聞こえる。僕はレッドさんとは違うんだ、僕は世界を救う側の人間だ。Sランクと鑑定された少年なんて、僕以外にいない。けれども、これは僕じゃないと言い切れる。だから、大丈夫だ。落ち着いて、深呼吸。


 大切な人、それは仲間だ。仲間を守って、世界を救うために戦っている。そして、レッドさんを倒すためでもある。あの人を放っておく訳にはいかない、僕の手で、僕らの手でレッドさんを止める!


「今だ!」


 ソルトの声と共に、魔法を発動する。


《爆発魔法》


 爆発は雑ではなく、その横の巨大なビルの根元で起きた。ドカン……ドカン……ドカンと、何十発もの爆発が、矢継ぎ早に発生する。爆発だけで雑を倒せるかどうか不安だった、それにショウさんは高い火力を必要としていた。なら、もっとデカい攻撃をすればいいと思った。


「逃げろ、ビルが倒壊するぞ!」


 轟音と共に、雑の横に立っていた巨大なビルは爆発しながら、崩れていった。少しすると、雑のいた地点で、僕の爆発魔法とは関係ない爆発が起きた。雑が死んだんだろう、砂ぼこりにまみれたショウさんは本部に報告している。


 辺りはビルの崩壊のせいで、グチャグチャになっている。20階建てのビルらしい、それをまともに喰らったんだ、屈強な体をしている雑でも死ぬか。その爆発のせいで、赤レンガでできた博物館も一緒に崩れてしまった。ランセル王国の建物に似ていたから、勝手に親近感が湧いていたのに。


「……なに、江戸崎が行方不明?」


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「お前さん、まだ生きてたとはな。流石は臣の見込んだ男だ」


「こっちのセリフだ、ハク


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