第52話 力を正しく使える人
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「よくもよくもよくも」
奴は同時に5本の槍を発射してきた。どれもガラスの破片で作られた、持つだけで手のひらに刺さりそうな、ギザギザとした槍。俺は急いでバク宙し、東京タワーから距離を取りながら逃げる。さっきの爆発で雷エネルギーは放出し切った。次に雷を発射するには、少しだけエネルギーを溜める必要がある。
ただ、エネルギーが溜められる環境ではない。結界で雲には届かないし、スタンガン・チップは使い切った。ここら辺は電気も止まっているから、どこかで補充しなければならない。だが、後ろからは槍が迫ってきている。俺はいつから、こんなエネルギー効率が悪い体になったんだ。
向こうの世界でスケルトンと戦った時はまだ普通だったろ、雷の力も無限に使うことができていた。何だ、俺が全ての記憶を思い出したから、倫理観とか野生の勘がセーブしているのか。それなら、こう言ってやりたい、お前のようにはならないぞ、と。
ズシッ
そう考えているうちに、俺の目の前に槍が突き刺さった。こんなギザギザな槍、触れるだけでも痛いだろうな。間一髪で避けて、更に向こう側へ走る。遂に飛行するエネルギーも切れたか。対して、奴は休憩する時間があった。顔面に電流が走った時に、戦線離脱していたな、あの時に殺しておくべきだった。
電気自動車は放置されていないか、ガソリンは意味がない。前者ならエネルギーとして取り込めるが、ガソリンを飲むなんて酷な話だ。いや、フィギュアショップがあるな。ここなら乾電池のひとつやふたつ、もっとあるだろう。
方向を変えて、フィギュアショップへ足を踏み入れた、その瞬間
グサッ
俺の腹に、ギザギザの槍が深く突き刺さった。一瞬の出来事であった。そしてすぐに、痛みが現れた。臓器を鋭利な槍でグチャグチャにされた痛みは、想像以上のものだった。痛い、何なんだこの痛みは。口からは血も漏れ出てくる。
「アハハハハハハハハハハハハハ」
奴は高笑いしながら、地面に降り立ち、俺の腹に刺さった槍を力強く抜いた。滝のように流れる血は、ドバドバと地面に滴り落ちる。口からも血が溢れ、手の震えは止まらなくなっていく。
こんなに痛かったのか、いくつかの破片はまだ俺の腹に刺さったままだ。どうなっている、俺の体はどうなっている。血は依然として止まらない、当たり前だ、槍が貫いていたのだから。だとしても、これは本当に俺の体なのか。俺の体なら避けられただろ、後ろから飛んできた槍くらい。やっぱりこの世界に来て、何かがおかしい。
「思ってたよりも雑魚だね」
奴は元気を取り戻したのか、口調を変えて、地面に這いつくばった俺に声をかけてくる。口からも腹からも噴き出す血は、やがて地面を赤く黒く染めていく。
「泣いて、わめいて、助けを求めなさい」
調子に乗りやがって、それに助けは呼べないだろ、結界があるせいで。それを分かってて、奴は俺を煽っているのか。血をかき集めて、腹に戻そうにも、力が出ない。咳も止まらない、血の味も分からなくなってきた。
「あらら、ここで……死ぬんだ」
奴の声も聞き取りにくくなってきた。手だけじゃなく頭も震えてくる、ガタガタと。寒いんじゃないし、恐怖に怯えている訳でもない。じゃあ何だ、俺はここで死ぬのか。こんな、ところで、独りで、死ぬのか、だめだ、急に眠くなってきた。
「おしまいだね、ここで」
奴は新たな鋭い槍を作り出し、地面に突き刺した。さっきと違って、とても綺麗な槍だ。これで俺は死ぬのか、ならいいのか。美しいし、なめらかだし、苦しくなさそう。
いや、ダメだ。俺は死んではいけない、ここで死んだら全てが無に帰す。生き延びてレッドを殺す、そう決めただろ。俺は三大神のうちのひとつ、トールの力を持っている。ここで死ぬような人間、いや、俺は生命体とかじゃない。そんなレベルじゃない。
「そうだ、お前は人間ではない」
何者かの声が、頭の中に響き渡る。目を閉じて、少ししてから開けると、そこはもう真っ黒な世界だった。渋谷でもないし、亡も消えている。そして代わりに、青く光る球体が目の前に浮かんでいる。この世界の唯一の光だろう、ここはどこなんだ。
「我はトール。雷の力を司る、神だ」
まさか、また会ったとはな。世界の帝王と戦った時にも会ったような気がする。前は黄色く光っていたが、今回は青く光っている。
「前に忠告しただろう。お前は管轄外の存在だと。第三の世界で生まれ、第二の世界に転移し、第一の世界へも向かった。すべての世界に到達したお前は、もはや我の予想を超えた存在だ」
そうか、前にあった時に言われたな。「お前はこの世で生まれた存在じゃない」とか。あの時はピンとこなかったが、今なら分かる。そしてトールは観察者、だから口出しすることも手出しすることもできない。あの時から第三の世界とか、そういうことを知っておけば少しは楽だったのかもな。
「知っていて何になる。これはお前の物語だ、だからお前の手で全てを終わらせろ」
俺の物語、か。あいにく、それは難しそうだ。これはあくまでも延命治療だろ、意識をここに飛ばすことで生き延びているが、向こうに戻ればすぐに奴に刺される。力が足りない、何故か力が思うように使えないんだ。
「それは、管轄外の世界だからだ」
管轄外の世界? トールは観察者で、世界を観察しているんだろ。だから世界の帝王が世界を滅ぼそうとしても傍観して、利用されていた。
「他にも観察者はいる。我は第二の世界の担当だ。第一の世界は炎の神イフリート、第三の世界は水の神リヴァイアサンが担当している」
もしや、セルバー村で見た、この世を守る三大神の絵画の通りなのか。あれにもトールの名前はあった。この世界を守る三大神の正体は、観察者。というか、観察者のシステム自体よく分からない。何のために設定されたんだ、というか、イフリートとかリヴァイアサンには会えるのか?
「不可能に近いだろう。お前と会えるのも、お前の中に我が眠っているからだ……しかし、彼らの力をお前に与えるのは可能だ。観察者も、真の世界平和を望んでいるだろう」
トールが発したのと同時に、俺の周りにイフリートとリヴァイアサンらしき球体が出現した。イフリートは赤いが、リヴァイアサンは青い。そしてトールは元の黄色へと戻っていった。これが三大神、いや、観察者なのか。
「観察者として、由々しき事態は避けたい。ここは、我が見込んだ青年に力を貸すのだ」
「いいだろう。しかし、前例のない行為だ」
「彼らを野放しにするよりはマシでしょう」
「よろしい、ならば授けよう」
イフリートとリヴァイアサンは俺の前に現れ、光を渡してきた。力がみなぎる感覚、これがイフリートとリヴァイアサンの力なのか。分からない、そして彼らも前例が無いのか戸惑っている。本当にこれでいいのか。
「ええ、力は正しく使える人が持つべきです」
「渋るのか、力を」
リヴァイアサンは女神なのか、とても丁寧な口調をしている。反対にイフリートはとても怖い、だがそれでいい。炎と水と雷、最強の力同士が組み合わさったらどうなるか。
「最後に、これはお前の物語だ。世界がどうなるかも、お前が決めろ。迷ったら、その時は、お前の友人さんに聞け」
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