第92話 復讐の相手

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 噴水の外に出ると、瀧口さんは捕まっていた。そう、赤い囚人服を着た神谷が、彼女の頭にハンドガンを当てていたのだ。だから数が合わなかったのか。それに神谷は、ハンドガンを持った瀧口さんを相手に勝ったということか。こいつも厄介だった、先生と慕うだけの男かと思っていた。


 噴水の端には囚人の持っていたハンドガンが、水流に押されるようにして流れ着いていた。俺はそれを手にし、奴の頭めがけて構える。弾数は2、しかし神谷も黙っちゃいない。


「動くな、動けばこの女を撃ち殺す」


 そう叫びながら、神谷は瀧口さんの頭にハンドガンをねじ込むようにして押し付けている。神谷の心拍数は妙に落ち着いている、やはり戦闘経験者か。少なくともただの犯罪者では無さそうだな。赤い囚人服は、危険人物を表していたのか。対して瀧口さんは、かなり怯えている。


「よくやった、神谷」


 奥からは奴が、だいぶ疲れきった様子を見せながらも笑顔で歩いてきた。空を見上げると、煙を上げたヘリコプターがフラフラと空中を飛んでいる様が見える。あれは、不時着の合図だ。山崎義三、こいつはJDPA_Dのヘリコプターとの戦闘に勝ったのか。


 続いて奴は俺のそばに立ち、俺の持つハンドガンを奪ってから、それを空に向けて撃った。ちょうど2発込められていた弾は、無意味に空に放たれた。これで遠距離武器は無くなった、奴はハンドガンを草むらに放り投げ、神谷の方へ歩きながら話を始めた。


「昔の話をしよう。2022年の放火事件の話だ、星田くんには関係ない話だろうが、黙って聞いててくれ。ところで瀧口波音、君の父親は斎藤誠に殺されたのだろう。うん、そうだろう?」


 奴はハンドガンを向けられ脅されている彼女の横に立ち、笑みを浮かべながら尋ねている。


「……そうね」


「その斎藤誠はここで命を落とした。記念碑にも彼の名前が記されているだろう。だから私に感謝してほしいんだ、君の父親の仇は、私が代わりに討っておいたぞ」


「……つまり?」


「斎藤誠は第三地区に逃げずに、刑務官を殴り殺しながらさまよっていた。だから私は彼を助けてあげた、地獄への切符を渡してあげたのだ。炎を吐く薬物使用者に、彼の体を燃やすよう頼んだ。結果、彼は爆発に巻き込まれて死んだ」


「……嘘でしょ」


「本当だ。まぁ彼はハンドガンを手にしていたからな。やむを得ず殺しただけだが。それとも君の手で殺しておくべきだったかな。まぁ、佐野も星田健誠が勝手に殺した。それと同じ」


 彼女の父親を殺した犯人は、この山崎義三の雇った薬物使用者によって殺されていた。だからって、彼女は山崎を許す訳がない。復讐の相手が死のうとも、山崎は他人に過ぎないから。


「……それで、私はどうすれば?」


「簡単だ、死ねばいい。指揮官を失ったSTAGEは崩壊し、JDPA_Dも巻き込まれて消滅する。薬物使用者を殺せなくなった日本は、あっという間に薬物使用者によって征服される。佐野がいなくても、この国は腐っていた。その世界に、私も浸っておきたいのでね」


 さっきからこいつは考えが甘すぎる。瀧口さんは確かにSTAGEの指揮官で主任、でも瀧口さんが亡くなっても代わりはいる。それにそう簡単にJDPA_Dは崩壊しない、警視総監が薬物使用者であったとしても残ったんだ。残酷だが、スクラップアンドビルドが成り立たないのが、この国の特徴だ。


「さぁ、瀧口波音。準備はいいか?」


 でも、死は止める。どうにかしないと、彼女は撃たれて死ぬ。ここから走って神谷のハンドガンを奪うか、それだと間に合わない。俺が動けば奴は発砲する。助けを呼ぼうにも、携帯は割れている。ジャッカルとの戦闘で無茶しすぎたな。噴水の端に流れ着いているのは、ナイフのみ。遠距離武器ではないし、投げれば彼女に刺さる。


 いくら代わりはいるとはいえ、瀧口さんの代わりは存在しない。彼女は俺の穴を埋めてくれる唯一の存在、初めて出会った人だ。俺を何度も救ってくれた、だから今度は俺が助ける番。


「待て、殺すなら爆発を使え」


「ほう、何故そう思う?」


「……瀧口さんだけを殺すな、俺も殺せ」


 俺の言葉を聞いた奴らはニヤリと笑い、大きな声で彼女に命令した。


「いいだろう、噴水に行け、妙な真似をしたら今すぐ殺す」


 彼女は銃を向けられたまま、俺のいる噴水のところまで走ってきた。その目には涙が溜まっている。でも心拍数は落ち着いてきている、それに表情も……さっきよりも朗らかになっている。そして俺の側に立ち、小声で一言。


「これからも、ずっと信じてるからね」


 その言葉を聞いた瞬間、俺も涙が出そうになった。ここまで信頼されたのも、ここまで苦楽を共にしたのも彼女が初めてかもしれない。他の仲間はみんな死んでいった。同僚も先輩も、気になっていた人も。その中で瀧口さんは、ずっと俺のことを信じて戦ってきた。鎌倉の戦いの前にも、捕まった俺に会いに来て、STAGEに勧誘してくれた。


「目をつぶってて、後は俺が」


「ううん、自分だけで背負わないで」


 青白く光る俺に対して、彼女は恐怖心も抱かずに、ひとりの人間として接してくれる。でも、俺はもう人間じゃない。戦い続ける道具と成り果てた、どこかでそれを望んでしまった自分もいる。だからこそ、俺は戦う。


「エネルギーが貯まった。感謝しているぞ、星田健誠、瀧口波音!」


 奴がそう発した瞬間。




 シュン!!!

 ドンッ!!!




 爆発したのは、俺たちではなく、奴ら。空から降ってきた何かによって奴らは一瞬にして木っ端微塵となった。煙が舞い上がり、辺りの様子を確認してみると……そこには、


「大丈夫か?」


 炎に包まれて墜落したはずのショウが、拳銃を構えてやってきた。翼は壊れているのか、今は何も背負っていない。更に奥からは特殊部隊が、噴水の広場を囲むようにして待機している。どうなっているんだ、奴らを倒したのは誰だ?


「空からレーザーを降らせた。サチアレはただの衛星じゃなかった。武装させていたんだよ、佐野がこっそりな」


 そのサチアレの動作権利は今やJDPA_Dにある。佐野に復讐しようと動いていた薬物使用者の息の根を止めたのは、佐野が極秘に装備してた武器ってことか。レーザー攻撃で死体を消滅させれば、爆発が起こる心配もない。よく考えられてるな、佐野も。


「……分かった。俺が行く。第三部隊は2人を保護し、第一と第二はD棟へ。第四部隊は引き続き、周りを監視しろ」


 ショウは辺りを警戒しながらも、各所に指示を出していく。どうやら第D棟に弁護士や命令に背いた囚人らが閉じ込められているらしい。俺も彼らの救助に向かおうとしたが、第三部隊の隊長とやらに止められた。


「ここからは我々が」


 と、第三部隊の隊長が俺の耳元でそう言った瞬間、俺の首に鋭い針が刺さった。同時に、俺は意識を失った。


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