第91話 生き残った理由

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「やっと来たか、星田健誠くん、瀧口波音!」


 大量の囚人を護衛につけている奴は、第B棟から降りてきた俺たちを見て、そう叫んだ。ここは刑務所の正面玄関にあたる広場、中央には大きな噴水があり、これを挟んだ向こう側に奴らはいる。俺は瀧口さんを守りながら、少しづつ進んでいく。


「眩しいな、サングラスを買ってくるべきだった。それはそうと、今の願いはひとつだけ。瀧口波音を渡せ、そうすれば君のことは見逃してやる」


「断る」


「そうか、ならここで爆散してもらおう」


 交渉失敗か、まぁそれもそうだ。ここからどうしよう。彼女の手元にはハンドガン、撃てば奴は死ぬ、爆発で攻撃を塞ぐ隙も与えずに。しかし奴が死ぬのと同時に、四方八方から撃たれてしまうだろう。広場の近くの森に、数名の囚人が銃を持って潜んでいる。


 その時、俺の背後にいた彼女が声を上げた。


「待って、何で貴方は生きているの?」


 山崎が火災に巻き込まれたのに生きている理由か、そもそも火災は薬物使用者が起こしたもので、それに便乗してこっそり脱獄したんだろう。火災だし巻き込まれて死んだとしても、死体から身元を特定するのは難しい。




「さっき、2022年の火災が起きた時の監視カメラの映像を観た。貴方は爆発した薬物使用者の真横に立っていた。そこで映像は途切れていたけど……生きている、何で?」




 7年前の監視カメラの映像なんてどこで観れるんだ。それはさておき、薬物使用者の爆発に巻き込まれていたのにも関わらず死んでいないなんて、どうなってんだ。薬物使用者の爆発を食らえば、普通は死ぬ。いくら薬物使用者だろうとも、何十mか離れていたとしても衝撃波で吹っ飛ばされて、内臓が破裂したりする。


 彼女の声を聞いた奴は高らかに笑いながら、薬物使用者についてを話し始めた。


「やっと真実に辿り着いたか、瀧口波音。2022年の放火事件、あれは薬物使用者が脱獄するために起こしたのではない。私が脱獄するために薬物使用者を雇って起きた事件だ。口から炎を出す薬物使用者と、炎を操る男薬物使用者、2人ともいい働きをしてくれたよ」


 それすらも、奴の計画の1つだったということか。佐野に罪を着せられた被害者とはいえ、奴も立派な犯罪者だ。薬物使用者を使って脱獄を企てたなんて。


「……しかし、そう上手くはいかなかった。炎を口から出していた男が、急に悶えた。どうやらDream Powderと上手く適合しなかった様子でね、その時の私には薬物使用者の知識など乏しく、何も出来なかった」


 奴の発言を、みんなが集中して聞いている。背後にいる瀧口さんも、奴の横にいる神谷も、森の中に潜む何人かの囚人も、みんな。




「やがて、男は爆発した。私の真横で、爆発。その時は死を悟ったよ。しかしね、何故か死ななかった。それどころか、爆発能力を手にしていた」




 ……どういうことだ。奴は薬物使用者の拒否反応から起こる爆発を間近で受けていて、なのに死なずに、それどころか能力まで獲得したというのか。どうやって、どうやって生き残ったんだ。そもそも、人間は爆発に巻き込まれたら死ぬし、下手すれば体ごと消滅する。


 さいたま警察署で何十人もの薬物使用者を相手にした時、1人の薬物使用者に爆発を起こさせ、他の薬物使用者の体を消滅させた。最近も、アドレナリンを摂取した薬物使用者は広範囲を爆破すると聞いていたから、佐野克己を爆発させて、セルとランドの体を消滅させた。


 真横に立っていた男の爆発に巻き込まれて生き残ることなんて有り得ない。ましてや新たな能力を手にするなんて、聞いたことない。いや、人智を超えたDream Powderなら有り得てしまうのか。DPを使った実験は全面的に禁止されている、国連の許可を得た人々しか行ってはいけない。


「私は生き残り、新たな能力まで手に入れた。これは神からの祝福を意味する。そこで私は計画を立てた。この刑務所に眠るモンスターを解き放ち、佐野を殺す計画をね。しかし星田健誠くんが代わりに殺してくれた。後は私を捕まえた瀧口波音を殺し、各国を陥れるのみ。そうすれば、私たちはSoulTと同じく、世界を見据えるリーダーとなれる」


 奴はSoulTを舐めている、お前が思っている以上にSoulTは世界を征服しようとは思っていないぞ。リーダーとかじゃない、世界を作り変えると発言していた。それだけじゃない、SoulTの臣は仲間である佐野をすぐに裏切り、俺たちのことも裏切った。SoulTの仲間になりたいのかは知らないが、そんな態度だったらすぐに分解されて殺されるぞ。


「まぁいい、もう君たちに用はない」


 奴がそう発した瞬間、空から何台ものヘリコプターが突然、姿を現した。ステルス機能を使っていたのか、灰色の機体に赤いマーク、これはJDPA_Dの対薬物使用者用の戦闘車両に付けられる。やっと気づいてくれたか。


 そのヘリコプターから落ちていったのは、翼を展開したショウ。よかった、彼も来てくれたのか。しかし、奴はショウの姿を見逃さなかった。


「小賢しい真似を……!」


 奴は右手を光らせ、飛行するショウのいる空へ向けた。と、同時に……空がオレンジ色に染まった。


 ドンッ!!!


 巨大な衝撃音と共に、空で爆発が起こったのだ。オレンジに燃え盛る炎と真っ黒な煙に包まれたショウはそのまま、森に墜落していった。奴は足場がないところにも爆発を起こせるのか、これは予想外だ。しかも、ステルスモードに戻ったヘリコプターに対しても爆発を加えていく。あそこまで届くのかよ、想定外だな。


「今のうちだ、奴らを殺せ!」


 赤い囚人服を着た神谷は、ハンドガンで俺たちのことを撃ってきた。すぐに盾で防ぎつつ、ハンドガンを持った瀧口さんが応戦。しかし相手は神谷だけじゃない、噴水の近くには奴を護衛する囚人がたくさんいる。森の方にも銃を構えた男たちがいる。


「瀧口さん、森にも敵が!」


 俺は瀧口さんの腰に差してあった警棒を勝手に引っ張り出し、ナイフを持って近づいてきた男の顔面に向かって強く投げた。警棒は地面に当たり、反射して俺の手元に戻ってくる。でも敵は残り46人、森の中に7人で、ここに39人。この調子で戦えば、キリがない。


「ここは私に任せて、星田くんは先に行って!」


 瀧口さんはハンドガンで、迫ってくる男たちの心臓を撃ちながらそう言ってきた。盾を預けたとしても、彼女は格好の的。俺が山崎を含めた46人を倒すのが先か、倒されるのが先か。でも、いくらアドレナリンで能力が強化されているとは言え、一度に奴らを倒せる訳がない。そう上手くはいかない、俺には拳しかないのだから。


「星田くん! 私は貴方のこと信じてるから」


 瀧口さんにそう言われたら、信じるしかないな、自分のことを。さっきも信じてくれたんだ、それに今はアドレナリンもある。悪魔の論文は忘れよう、俺は悪魔とは違う。俺はDream Powderで力を手にした、欲望を望む薬物で、俺はそれに適用した。


 どうやってか、それは分からない。今はどうだっていい。ショウもどうなったか分からない、瀧口さんは俺を信頼している、ならば俺が行こう。


「来い!!」


 俺は盾を置き、噴水の前に出て叫んだ。ハンドガンで瀧口さんのことを狙っていた神谷の狙いは俺に移り、今は俺の心臓に照準を合わせている。それだけじゃない、ほとんどの男たちが俺を囲ってきている。医務室で仲間を蹴散らしたのは俺だ、先に対処すべきなのは俺だ。


 俺は走りながら、柵を蹴破って噴水の中に入った。次々と噴水の中に入ってくる男たち、狙い通りだ。中心から水の噴き出るこの場所で、奴らは足を取られている。水流の激しい場所で戦ったことなんてないだろ、俺もない。


「どこに消えた!」


 激しい水流に紛れながら、俺は次々に人を殴っていく。ビチャビチャと揺れ動く、海のような不安定な場所で、更に俺は噴水の中心部にある金属を破壊し、水流をもっと激しくした。雨のように降り注ぐ水と、波のように荒い足場に気を取られ、目の前に突然現れる俺に奴らは気づかない。


 ボコッ!!


 グギッ!!


 目をつぶって深呼吸、すると辺りの空間で何が起きているのか、どこに誰がいるのか一目瞭然となる。剥奪され押さえつけられてきた能力が解放された、とでも言えばいいのか。反射神経を凌駕した新たな神経だな、視覚以上の情報を得ながら俺は戦っていく。肘で顔面を突き、肩からタックル。


 ベギッ!!

 

 ボグッ!!


 まだまだ敵はいる。飛びかかってきた男の首を掴んで、放り投げる。更にナイフで突いてきた男の手首をねじ曲げ、奪い取ったナイフをある男の足に突き刺す。首を絞めて気絶させ、蹴り飛ばして他の男も巻き込んで倒す。回し蹴りで顔面を蹴り、更に後ろにいた男のパンチを、前にいた別の男の顔面に当てさせる。


 ボギッ!!


 グチャ!!


 こうして、俺は噴水に来た囚人を全員倒した。


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