第76話 クリスマス編4「東京タワー」

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「こちらNEXUS第三部隊、ターゲットは南方面へ進行中。駅は封鎖完了、東京タワー付近は封鎖できず」


 奴の現在位置はNEXUS特殊部隊によって把握されている。駅も封鎖されたようだし、電車を使っての逃亡は困難か……いや、奴のことなら運転士を操って逃げる可能性もある。何せマインドコントロール能力を持っているからな、燃える体を持つ男やカイブツとは訳が違う。


 JDPA_Dの妨害により封鎖できていない東京タワー方面へ徒歩で向かっている時、ショウから無線で連絡が来た。彼は空で戦闘機やヘリコプターを牽制しているはず。


「星田、まずいことになったぞ。奴は民間人を操りながら逃げている」


 やっぱりか、民間人が相手となると戦いにくい。捜査官が相手なら、こっちもそれなりの対応ができた。気絶させる程度に留めておくことも。しかし、奴はそんなに優しい人間じゃない。罪悪感を与えたいのか、俺に。関係ない民間人を殴らせて。お見通しでも、避けられない。


 大通りの先には佐野がいる、だがその道は塞がっている。無実の操られた民間人たちによって。100人を超える、スーツを着た男女やカップルらしき人々が、バッグやマフラーを武器にして、壁を作っている。その佐野はメガホンを持ち、周囲の人々に語りかけていた。


「星田健誠は新型ウイルスの保菌者だ! 奴を殺さなければ、我々は死んでしまう。さぁ、そのマフラーで奴の首を絞めろ。そのバッグで奴の頭を叩き割れ。その携帯を奴の腐り切った口に詰め込め!」


 その瞬間、明かりのついたビルから多くの民間人が姿を現した。手にはマフラーや携帯、奴のマインドコントロールはメガホンを通してでも通用するって訳か。前からも後ろからも、あらゆるビルから手下が、俺を取り囲むようにして現れる。その数、200人を超えている……どうしろって言うんだ。


 雪は降り止み、白く積もった雪は冷たい空気に押し固められている。その中、奴に操られた彼らは俺の方へゆっくりと迫って来る。1歩1歩を踏み締め、足並みを揃えて。俺はどうやって、彼らを止めればいいんだ。そのマフラーは俺の首を絞めるためにあるんじゃない、そのバッグは俺の頭を叩くためにあるんじゃない。


 俺の真上では、ショウが戦闘用のヘリコプターと戦っている。青い星と赤い流星群のマーク、あれはJDPA_Dのヘリコプターで間違いない。奴らはショウに対して追尾型ミサイルを何発も発射するが、彼は翼を駆使してそれを全部避けている。でも反撃はできない、ミサイルを避けるのに精一杯だから。


 ショウには見極めの能力がある、それは罠から1%のミスや穴を瞬時に見つけるというもの。前も立体駐車場から脱出した時に使った。でも、ショウは見極めを使っている暇は無さそうだ。それでいて、俺の能力は剥奪された。残されたのは、攻撃能力だけ。


「来るな」と制しても、意味はない。操られた彼らにあらゆる言葉は通用しない。


 じゃあ、どうすればいいんだ。200人以上の民間人を同時に相手にしたとして、彼らは死に物狂いで向かってくる。「殺さないように」と手加減すると、下手したら俺が死ぬ。さっきよりも多いし、彼らには武器もある。なら、どうにかして避けて突き進むか、無理だ。多すぎる。


「こちらNEXUS第三部隊の隊長、ターゲットはタクシーに乗り込み南下中。第三部隊から第五部隊はJDPA_Dの武装部隊に妨害されており、そちらに向かうことができません」


 新たな助けに期待するのも難しそうだ、やっぱり俺1人でどうにかしないと。そうこうしている間にも、奴はメガホンで民間人を操っている。大通りは300人近い民間人の壁のせいで通れない、壁を破壊する力も調整できない。なら……待て、習ったことを使うチャンスが来たみたい。


 訓練所でエヴァローズさんと学んだ、パルクールの時間だ。俺は真横に立っていた何人かの男を倒し、商社ビルに逃げ込んだ。中には誰もいない、そりゃそうだ、みんな操られて外にいるから。大通りを塞いでいた彼らは、ゆっくりと商社ビルに向かって歩き出していた。


 俺はすぐさまビルのエントランスを、近くに置いてあったロッカーで塞ぎ、入ってこられないようにしてから、屋上に上がった。よかった、ここが都会で。田舎だったら飛び回れるビルも無かった。


 目指すは、封鎖されていない東京タワー。


 俺はビルの屋上から、助走をつけて思いっきり飛んだ。すぐさま隣のビルの屋上に着地し、前転して衝撃を吸収する。強化された体は、適応能力も優れていた。高いビルからコンビニに降り立ち、そこからハシゴを伝ってまた高いビルに登る。操られた彼らに先回るという考えはないようで、みんな商社ビルのエントランス前で待機している。もちろん、ロッカーで塞いだから中には入れない。


 外付けの階段を全速力で駆け抜け、とび箱を跳ぶ要領で屋上に置いてある障害物を乗り越える。次のビルが高すぎて届かない場合は、そのビルの途中の階に窓を突き破って進入し、また窓ガラスを割ってから外に出る。とにかく、東京タワーへ向かって、一直線に駆け抜けた。急がば回れ、とよく言うが、そんなことしてる暇はない。


 途中、空中で宙返りすることで飛距離を調整、ダメージのないように着地してから次のポイントまで向かう。


「星田、そっちにヘリが向かった!」


 ショウの連絡と同時に、俺の目の前にヘリコプターが立ちはだかった。東京タワーまであと少しってところなのに。追尾型ミサイルを搭載したヘリコプターは、俺に照準を合わせたままホバリングしている。嘘だろ、本気かよ。


「星田健誠を発見、攻撃開始」


 奴らはお構い無しにミサイルを、屋上に立っている俺めがけて発射した。急いで物陰に隠れようとしたが、間に合わなかった。ミサイルは屋上に着弾し……大爆発を起こした。


 ドン!!


 鳴り響く爆発音と共に衝撃波が発生し、俺はその衝撃波によって吹き飛ばされてしまった。ここは屋上、それに俺は翼を持っていない。どうやって、立て直せって言うんだよ。吹き飛ばされた俺は何もできずに、ゆっくりと地面に向かって落ちていった。でも、ショウは諦めない。


「何してんだ!」


 ショウは落ちていった俺を翼で持ち上げ、そのまま東京タワーの方面へ運んでいった。彼に空中で引っ張られながらも、ちらっと後ろを見ると……さっきまで彼と戦っていたヘリコプターは地面に墜落していた。中の人は無事、パラシュートで脱出していたから。


「あのヘリコプターを移動手段に使う、言いたいことは分かるな?」


 彼は俺にとある提案をした。何を言いたいのかは分からないが、多分考えていることは俺と同じだ。彼は翼にブーストをかけ最大出力で空を舞い、俺らの近くを飛ぶヘリコプターの運転席を突き破った。


 ガッ!!!


 俺は運転席から後ろの座席に移動し、座っていたJDPA_Dの隊員と戦った。不安定な足場の上で、隊員のヘルメットを叩き割り、無理やりパラシュートを装着させてから落とす。更にもう1人も、腕をひねってからパラシュートを着けて落としておいた。


「何しやがる!」


 運転席に座っていた隊員の首を絞め、気絶させてからショウと一緒に降ろす。パラシュートは必要ないだろう、代わりにショウの翼があるから。俺は運転席に座り、ヘリコプターを操縦した。


 操縦経験はなくとも、何となくは分かる。俺の直属の上司でエースと呼ばれていた男は、10式戦車を操縦していた。自衛隊員でもないのに。これがJDPA_D。俺はエースにお世話になっていた、蒲田の戦闘で失うまでは。ヘリコプターの操縦方法も、何となくだけど横で聞いていた。少しはその時の経験が活きてきたか。


「こちらNEXUS第四部隊、東京タワー付近の大通りにターゲットを確認、至急都庁に封鎖を要請します」


 イヤホンに届いた声と同時に、上からも奴の姿を視認できた。奴はタクシーから降りて、ガリレオの2人と共に大通りのど真ん中を歩いている。JDPA_Dが動けないのなら、NEXUS特殊部隊と俺たちがどうにかするしかない。


 ヘリコプターの詳しい操縦方法は知らない、だから俺はヘリコプターを少しだけ傾け、何も持たずに飛び降りた。パラシュートも必要ない、パラシュートを開くのに必要な高さまで上昇するより、飛び降りた方が早いから。


 バンッ!!


 派手な音と共に展開したシールドを使い、俺は大通り近くのコンビニめがけて落下した。天井を突き破って落ちたが、中の商品がぐちゃぐちゃになるくらいで、人はいなかった。ヘリコプターを傾けておいたお陰で、ちょうどダメージを吸収できる角度から落ちることができた。


 肝心のヘリコプターは大通りに墜落、被害者は確認できなかった。それもそのはず、ここら辺一帯にいた民間人は全員操られているから。ゾンビのように、自我を失ったまま彼らは行進している。彼らの洗脳を解くには、奴の本体を殺すしかない。


 雪の積もった、紅く光る東京タワーの真下に奴はいる。俺は気を引き締めて、崩れたコンビニで水分補給をしてから、東京タワーに向かった。


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