第77話 クリスマス編5「洗脳」

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 東京タワーの近くに、メガホンを手にした男が立っている。隣には特殊部隊の格好をした薬物使用者が2人。奴らは全身が光っており、全身を強化した薬物使用者であることが見受けられる。また、中心に立っている男は口だけが光っており、相手を洗脳させる能力を持つが、俺たちには効かない。でも、民間人には効く。


 情報はこれくらいだ、俺に洗脳が効かないのなら、近づいて倒せばいい。でも洗脳された民間人が厄介だ、ゾンビのように向かってくる彼らに意識はない。捜査官ならまだしも、彼らは無実の身で、殴っただけでも死んでしまう人もいる。いくらか弱くても、洗脳されれば動くしかない。


 早く洗脳を解かないと、彼らは自我を失ったまま罪を犯してしまう。佐野に操られているのか、JDPA_Dはまだ佐野のことを普通の警視総監だと思っている。情報を伝えようにも、彼らは言うことを聞こうとしない。情報を遮断したがっている。


「ようやく来たか、星田くん」


 奴は余裕そうに、手を後ろに回して歩き回っている。というか、何で奴は東京タワーに逃げ込んだんだ。空港か埠頭に行けば、飛行機や船でより遠くに逃げられる。高速道路に行けば、一般車両に擬態して逃げることが可能。分かりやすいシンボルに来たのは何故だ。


 T字型の大通りの、通路の部分を塞ぐようにして操られた民間人たちが立ちはだかる。今度はビルの入り口も路地裏も塞いでいる、よっぽど俺を閉じ込めたいんだな、この人だらけの空間に。


「君には洗脳が効かなかった、何度も試したが」


 奴は急に話し始めた、それもメガホンを通して。やはり奴も俺の洗脳を試していたか、でも能力者には効かなかったんだろ。民間人には効果があるだろうけどな、俺は普通の人間じゃない。


「言っておくが、君に洗脳が効かないのは、君が薬物使用者だからじゃない。勘違いしていそうだから訂正しておく、君は自身を疑ってないから」


 ありがたいな、敵なのに間違っている認識は訂正してくれるなんて。そりゃ、自分を疑う訳がない。何も悪いことなんてしていないのだから。力があるのもそうだけど、濡れ衣を着せられたら、その濡れ衣を燃やして捨てるくらいには、俺の行動には自信が伴っている。というか、お前の行動が間違っている。


「もちろん私も自らの行動に疑いの目など向けていない。当たり前だ。しかし、君に私の洗脳が効かない理由がもう1つあった。それは、特異体質だからだ」


 特異体質って何だ。急に言われても分からない。普通なら遺伝子の検査をした時に判明するんじゃないのか。ちなみに薬物使用者の遺伝子は、普通の人間の遺伝子と変わらない。よって遺伝子調査でも、薬物使用者を摘発することは不可能に近い。だから俺がもしJDPA_D入隊前に薬物を使用していたとしても、自覚が無ければ気づくことはできない。


 俺はそうだった、自分が薬物を使用していたなんて知らなかった。爆発も起こしたことないし。もし爆発なんて起こせばニュースになる。生きていて何度もストレスを感じたこともあるし、何度も怒ったことがある。当たり前だ、人間だし。それでも能力を発動させたことはなかった。初めて使った銀座の強盗の時、その時だけ、無意識だった。


 こんなことを話している間にも、洗脳された民間人らはじわじわと距離を詰めてきている。同時に佐野の周りにも人だかりが出来てきた。屈強で戦闘経験の豊富な捜査官で固めるよりも、か弱い民間人で固めた方が、俺が手出しし辛いと思っているんだろう。そうだ、その通りだ。だからこそ、俺はチャンスを待ち続ける。調子に乗った奴なら、隙を見せる瞬間があるはず。


「ショウ、佐野は俺に任せて。東京タワー周辺を封鎖させて、洗脳が解いた捜査官を保護してから避難するんだ。それと……ジェイソン・プロトコルを頼む」


「……分かった。要請しておく。でも、お前の生体反応が薄くなったらプロトコル関係なしに向かう。絶対に死ぬなよ」


 これで辺りの隊員は干渉しなくなったはず。犠牲者は少ない方がいい。俺はすぐに腰に差しておいたガジェットの残数を確認しておいた。予備のイヤホンが1つ、エアークッションが2つ、スタンガン・チップが1つ、トリック・ワイヤーが2つか。シールドは使い捨て、着地の時に使ったからもう残っていない。


 奴は軍隊を引き連れ、俺の前に来た。横にはガリレオの2人と、大勢の民間人。目から涙がこぼれ落ちている者もいる、洗脳されているだけで意識はあるのか。その方がよっぽど苦しい、意識がある上で罪を犯さなきゃならないから。


「今から君は彼らに殴られる。死ぬまで、永遠に。彼らがどうなろうと私に関係はない、だから好きにしたまえ。何の罪もない一般人を、君は殺せるかな?」と、奴は耳元で俺に問いかける。


 クソ野郎め、倫理的に破綻してやがる。能力を使って警視総監に上り詰め、それでこれか。絶対に殺してやる、彼らをじゃない、お前をだ。だから俺は答えた、彼の望み通りに。


「できません」


「……ようやく声が聞けた。君は優秀だ、厄介な薬物使用者を殺してきたのだから。世間は君を叩いているが、私は君をヒーローだと思っているよ。何故なら、手を汚さずに不必要な人間を消せるから。私の武器に過ぎないのだ、君は。春崎カンナの件も、君の幼馴染の件も、全て私が関与している」


 ……だろうな。


「SoulTの話をしよう。彼らは人類の敵であると同時に、希望だ。彼らは薬物使用者として地球の征服を目標に掲げているが、本質は違う。Dream Powderの限界を超えた5人組……いいや、1人は人間ではない。そこは触れないでおこう、アイデンティティに触れるのは禁忌」


 人間ではないって、他の動物が薬物を使ってSoulTに加入したってことか? そんなこと、有り得るものなのか。いくら人智を超えた薬物とは言えども……分からない。有り得なくもないのが恐ろしい。


「SoulTは、やがて全てを破壊する。しかし妙だとは思わないか、地球の征服を目標に掲げるなんて。政府が嫌いなら政府を叩けばいい、それでも彼らは地球の征服にこだわる。何故だと思う?」


「分かりません」


「たまには考えてくれたまえ。正解は……本人に聞いてみた。SoulTの臣という男に、直接。彼は結成者であり、目標を設定した男らしい。だから尋ねてみた、どうして世界を征服したいのか、と。答えは簡単、『やり直すなら早い方が良い』というものでね。詳しく聞こうとしたら、消えた。それで、君はどう考える?」


 やり直すって、世界を征服して……1から世界の成り立ちを変えるつもりか。民主主義とか社会主義とか、思想も関係なくただ在り続ける社会を形成するのか、世界のリーダーを撤廃して帝国を作りSoulTが帝王として君臨するのか、どちらにせよ世界は奴らの物になる。


「言い忘れていたが、私が何故東京タワーに居座るのか、理由を言っていなかったな。これも答えは簡単、目立つからだ。私の声を世界中に届けるには、これしかない」


 酷い計画だな。電波塔である東京タワーで声を全国に届けようってことか。バカバカしい、でも出来かねないのがDream Powderの恐ろしい点だ。でも奴は直接話した人を洗脳することしかできない、テレビを通して洗脳できているのなら、とっくに全世界をコントロールしているはず。


 どっちでもいい、それより早くプロトコルを実行したい。俺とショウが事前に考えた作戦、詳細は誰にも伝えていない。大っぴらに話すと、奴らに伝わって対策される可能性があったから。


「無駄話はこのくらいに。さぁ、星田健誠を殴れ!」


 奴が発した瞬間、空から大量の液体が降り注いだ。サラサラとした真っ白な液体は無味無臭で、一見害のないように見えるが、実は、ガス状の睡眠薬を液体に近い状態に戻したもの。こうすることで、上空から薬品を降らすことができる。睡眠薬が効くのは民間人のみ、薬物使用者や訓練を受けた者には通用しない。


「こちらJDPA_D作戦本部より通達、ターゲットを星田健誠から佐野克己に変更。洗脳能力のある薬物使用者との報告あり、よって我々は星田健誠のサポートにあたる。洗脳された民間人を保護せよ」


 同時に、何機ものヘリコプターが東京タワー近辺に姿を現した。JDPA_D製のヘリコプターだが、狙っているのは俺じゃなくて佐野克己。よかった、正常に機能したんだな、ジェイソン・プロトコルは。独自ルートで佐野克己の発言をJDPA_Dに聞かせるだけの作戦、でもその作戦が通用したってのは大きい。


 佐野克己のいる東京タワーから物理的に離れていれば、奴の声が耳に入っても操られない。逆に東京タワーに近ければテレビ越しにでも操られてしまうらしい。短時間でここまでの結論が出た、目黒さんにも感謝しなきゃな。


 そう、彼は自衛隊の頭脳班として、秘密裏に佐野克己の能力について調べていた。俺たちが戦っている最中にエヴァローズさんや西山さんたちと共に。この作戦のために多くの人が動いた、課長は友人の助けを借りてNEXUS特殊部隊を作り、瀧口さんは彼らと共に戦った。目黒さんは学者と共に佐野克己の能力を調べ、JDPA_Dに送った。


 お陰で、奴の能力は無力化されたに等しい。操る対象は消えた、全員気絶したから。ヘリコプターに乗っている隊員は全員耳栓をしているのか、操られることなくホバリングしている。「絶対に邪魔しないで見守る」という意思も感じられる。


 さて、ここからは俺の番だ。


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