第75話 クリスマス編3「生き残れ」

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「星田健誠を殴り殺せ」


 その瞬間、拳銃を構えていた全員がそれを床に落とし、素手で向かってきた。殺気にほとばしる目は、俺に疑いをかけている証拠。鎌切さんや真田は止めようと必死に動いているが、それでも彼らは止まらない。


「どうなってんだよ……」


 俺の背後にいる捜査官の山岡は拳銃を持ったまま、もしかしたらマインドコントロールが効いていないのかも。俺に疑いをかけていないのか、元々能力が効かない特異体質なのかは分からないが、助かった。


「山岡、拳銃を持って逃げろ」


「何で指図されなきゃいけないんだよ」


 そう言いつつも、彼は拳銃を腰にしまったまま逃げていった。物分りの良い奴で助かったな、被害者は1人でも減らしておいた方がいい。もちろん、殺しはしない。彼らに罪は無いから。彼らは操られているだけ、でも攻撃されっぱなしじゃ……俺が死ぬ。だからその前に、倒す。


 はあ……はあ……はあ


 深く息を吸って、吐く。


「殺せ!」


 我先にと向かってきた捜査官の顔面を殴り、その隙に右から突っ込んできた男の足を蹴り、転ばす。壁際まで走り、壁を走って宙返り。奴らは命令を極端に解釈することしかできない。「殺せ」と言われれば殺すことしかできない。故に「床に落ちている拳銃で遠くから狙おう」という考えを持つことはできない。


 着地してからすぐに、近くにいた男の腹を殴って吹き飛ばしつつも、バク転しながら背後の男の後頭部を蹴る。殴りかかってきた男の隙を着いて関節を折り、乗り上げて別の捜査官の顔面を蹴る。女性だろうと容赦しない、できない、殺されるから。結婚指輪をつけた手で殴りかかってきた捜査官の攻撃をかわし、背中を押すように蹴って吹っ飛ばす。


 バク転、宙返り。天井を蹴ってすぐに着地し、下から顔面にアッパーを食らわせる。腹を殴って、攻撃を下に避けて、下からパンチ。気絶した男を盾に、鎌切さんのいる場所に突っ込んだ。彼は定年寸前、いくら刑事であっても老化には勝てない。


「鎌切さん、外のみんなを避難させてください。ここは俺と真田と廊下にいる瀧口さんで何とかします」


 彼にそう伝えた瞬間、廊下から銃声が聞こえた。同時にみんなの動きが止まった。廊下の方を見てみると、そこには捜査官に拳銃を頭に当てられている瀧口さんの姿があった。そっちまで声が届いていたとはな。


「それ以上抵抗するのなら、この女を撃つぞ」


 佐野の顔を見ると、奴はニヤリと笑っていた。そしてガリレオの2人と共に地面へ降り立った。2人の体に繋がっているロープ、あれは佐野を部屋から脱出させるものだったのか。豪快に窓を突き破ったのも、搬出を早く行うため。


 瀧口さんに拳銃を押し当てる捜査官は、焦点の合わない目をしている。これがマインドコントロール下にあるという証拠か。これでもし人を殺しても、捕まるのは佐野じゃなくこの男。この男のためにもどうにか阻止しないと。どうすればいい、動かずに瀧口さんを助けるには。




 そう考えていた時、男は倒れた。

 その背後には、見慣れた男性が立っていた。


「遅くなったな」


 そう、山口課長だ。隣には見覚えのある、スーツを着た男が立っていた。山口課長は警視庁庁舎の地下かどこかに潜入していると聞いていたが……間に合ってよかった。


「君たちに救われた人間は、ごまんといる。私もそうだが、渡辺も」


 渡辺さん……ああ分かったぞ。山口課長の親友で、銀座で透明人間の強盗を倒した時に、怪我して動けなくなっていた渡辺さんを俺は助けた。その件があったから俺はSTAGEに加入することになったと聞いた。全ては繋がるんだな。


「星田くん、佐野の悪事は暴かれた。惜しくも私たちは戦えない。だから君にこれを託そう。助けてくれてありがとう、今度は私たちが君を助ける番だ」と、渡辺さんは感謝を述べつつも、ある物を俺に投げた。


 それは、男が腰に差していた警棒と、新型のイヤホン。はめると、色々な捜査官の声が耳に直接入ってきた。


「こちらNEXUS第三部隊、ターゲットは警視庁庁舎から脱出後、南方面に進んでいる模様」

「こちらNEXUS第二部隊、霞が関周辺に薬物使用者の反応ありとJDPA_Dに報告、しかし返答は見られません」

「こちらNEXUS第五部隊、佐野克己容疑者を討伐する"マルカワ作戦"を開始、位置に着け」


 俺とショウのために、みんなが立ち向かっている。俺たちを疑わずに、佐野のマインドコントロールにかかっていない彼らは、NEXUSとして戦っているということか。JDPA_Dは佐野のマインドコントロール下にある、それでも諦めていない。よし、やってやろうじゃねぇか。


 鎌切さんを山口課長のところまで送り、近くで気絶していた捜査官の警棒を奪って真田に渡したところで、奴らはまた動き出した。俺の手には警棒が2本、それだけじゃない。アクロバットやパルクール、戦い方を俺は学んだ。俺に勝てる一般人なんていない。


「来い!!!」


 俺のいる出口に向かって突進してきた奴らに向かって、俺は左手に持っていた警棒を投げつける。そこから残った警棒で近くにいた男の顔面を殴る。余った左手でラリアットしながらなぎ倒していき、空中で跳ね返ってきた警棒をキャッチする。角度、威力、何もかも思いのまま。SoulTはこの能力を剥奪すべきだったな。


 同時に2本の警棒を投げつけ、俺は横にいた捜査官2人を同時に殴った。奴らは学ばない、学べないんだ、命令のせいで。だから仲間が突進して殴られても、学ばずに突進してくる。腕を掴まれたら、腕を引き上げ振り落として気絶させる。噛まれたら後頭部を掴んで、床に叩き付ける。そして、また手元に戻ってきた警棒を2本、同時にキャッチする。


 右にいた男の顔面を警棒で叩き、まだまだ突進してくる男の腹を蹴って、左から警棒をスピンさせて投げる。普通の警棒でも強いのに、身体能力が向上した人間が投げるから、より強化されている。どれくらいかと言うと、触れたら気絶する。目にも止まらぬ速さで回り、奴らをなぎ倒していく警棒は、また俺の手に戻る。


 戦いながらもちらっと真田を見てみると、彼も彼で良い戦いっぷり。俺に向かってくる男たちを引き剥がしながら、冷静に警棒で顔面を殴り気絶させている。膝蹴りを食らわせたり、飛び蹴りを食らわせたりと、戦い方もシンプルにかつ優れている。若いのに捜査官として、独自のルートから手に入れた情報で多くの犯罪者を捕らえた男と聞いた。謎は深いが、凄いな。


 俺も負けてられない。


 コの字型に並べられた、キャスターの付いた白い机の上に乗り、上から奴らを倒していく。手にはスタンガン・チップ。DP由来の武器で、もちろん人間相手にも使える。コイン型の武器だが、中には大量の電気が込められており、投げれば激しく放電し辺りの生物を巻き込む。


 俺はそのスタンガン・チップを集団の足元に投げ込み、すぐに持ち場を離れた。すると、


 バチン!!!


 鼓膜を突き破る程の轟音と、ほとばしる青い電流によって、奴らは気絶して倒れた。たった1枚で30人くらいが倒れたのだ。元は薬物使用者に対して使う武器、威力もその分強いんだろう。残るは、30人。少しだけ疲れてきたな、まだ戦えるが……奴らは疲れた素振りも見せない。


「こちらNEXUS第一部隊、特別大会議室に到着!」


 イヤホンへ通達が来たのと同時に、5人くらいの特殊部隊が部屋へ入ってきた。これがNEXUS部隊か、普通の特殊部隊とは違って青いタオルを腕に巻いている。昔の映画にあったな、赤いタオルを腕に巻いて団結を表すってものが。青は正義の色、とも言うし。


「ここからは僕たちに任せて」と、真田は戦いながらも、俺にそう伝えた。普通の人間なのに、ただの警棒で戦い続ける真田には敵わないな。


「分かった、絶対に生き残れよ」


「終わったら君に話したいことがある、だから君も絶対に生き残るんだ」


 俺はNEXUS特殊部隊が持ってきたロープを繋げ、4階から飛び降りた。壁に沿って歩くように降りていけば無傷で済む。とにかく佐野をどうにかしないと。奴が命令できる対象は広がりつつある、俺たちを疑っている人物って範囲が広すぎるだろ。


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