第74話 クリスマス編2「能力発動」

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「静まれ」


 奴がそう発した瞬間、空気が途切れたかのように一瞬にして静まり返った。みな、口を閉じて警視総監の目を見つめている。拳銃の金属音と、人間の呼吸音と暖房の重い音しか聞こえない空間で、奴は話し始める。


「星田健誠くん、もし私が薬物使用者なら、私はんな能力を持っていると思う?」


 奴は眼鏡を外し、机の上に置いた。白髪混じりの、タバコを嗜んでいるのか歯がガタガタな男は、鋭い目をして俺のことを睨む。どんな能力か、映像では足元と口元が光っていた。足元は魔法陣、だから口に関する能力なんだろう。


 また、今はマスクをしていないが、映像ではしていた。つまり、口を隠せば一般人に擬態できるレベルの能力なんだろう。派手な破壊系の能力ではない、口を使って相手をマインドコントロール下に置くとか、嘘をついても実現するとか、会話系の何かだろう。警視総監なんて、そう簡単に就ける職業じゃない。


「答えは簡単だ、私は能力者ではない」


 渋い声で、奴は答える。なら、あの映像が嘘だって言うのか。確かに映像の送り主は匿名で、佐野が能力を使う瞬間を捉えた映像なんて出来すぎている気はしていた。佐野が薬物使用者だと判明してからすぐに映像が送られてきたからな。NEXUSなんて他の誰も知らないはずなのに。なら、そもそもSoulTの罠だったってことか?


 そう考えていると、またプロジェクターが動き出した。今度は……何を映し出しているんだ。


「どうなっている……」


 映し出されたのは、佐野克己が能力を使う瞬間の映像。それも、20近くある。さっきの映像の別アングルや、別日に明るい場所で能力を使う場面、更にはこの特別大会議室内でこっそりと能力を使う場面も。誰かが隠しカメラで盗撮していたのか、一体誰が。それに、こんなの聞かされていないぞ。


「警視総監が、薬物使用者だと……」


 俺に拳銃を押し当てている捜査官は、あまりの驚きから声を漏らしていた。その拳銃を握る手はさっきよりも震えている。ちらっと振り向いて見ると、捜査官は怯えた表情で汗を流しながらも、真っ直ぐな目で映像を見ている。名前は、山岡というのか。


「……真実を語ろう。星田健誠」


 奴はソファから勢いよく立ち、手を広げたまま大声である言葉を発した。


「……拳銃を取り出し、星田健誠を狙え」


 その瞬間、捜査官たちは一斉に拳銃を取り出し、俺に銃口を向けてきた。潜入していた鎌切さんと、真田と、既に拳銃を当てている山岡以外。機械的な行動すぎるだろ、何かがおかしい。命令だとしても……違和感がある。奴らの心拍数が安定している、これから戦いに発展すると分かっているはずなのに、ここまで冷静なのは何故だ。


 と、突然のことだった。


「……全てを話そう。私は、能力者だ」


 奴の足元には白く光る魔法陣が、半径10mにわたって展開され始めた。これは只者じゃない、長年、DPの苦しみに耐えてきた証拠だ。奴は能力者、それに口も白く光っている。口に関する能力で、一斉に拳銃を抜いたのを見るに……マインドコントロールか?


「私の能力は、意識操作。全ての人間に効く訳じゃあない。疑念を持っていれば、その悪意に漬け込んで操作できる。例えば『あの男は私を殺そうとしている』とか『彼は殺人犯だ』とか」


 疑念を持つ者を操る、それってほとんどの人間に効くだろ。半信半疑という言葉、半分信じて半分疑うという意味があるが、半分だけしか疑わない人間なんて居ない。疑うのなら全て疑う。全てを信じる純粋な人間なんて存在しない。


「私の計画には君たちが不必要でね、君たちを消す方法を模索した。そこで分かった、君たちを全人類の敵に当てはめれば良いと。そうすれば、全人類が君たちを敵と認識し、私は彼らを操ることができるようになる……と。疑惑に漬け込むだけだ、実際に操る訳じゃないから安心したまえ。これは比喩だ、実際は本人の意思で動いている」


 疑惑に漬け込んで行動を促す薬物使用者って訳か。操るとか操ってないとかどっちでもいい、どちらにせよ奴は人を操ることができる。俺に悪意を持たせるために、濡れ衣を着せたということか。国際指名手配犯に仕立てあげたのも、前警視総監を殺したのもそれが目的か。


「悪く思うな。平乃はまだしも、君は必要ない。そもそも君はどうして正義を突き進もうとする? Dream Powderが求めているのは夢じゃない、欲望だ。欲望が無ければ能力を手にすることなど出来ない。私の欲望は『全てを支配下に置く』というものだ。君は何を望む?」


「……人体実験したお前らが言うか」


 つい本能で、声が出てしまった。あの野郎、他人事みたいに話してきやがる。俺に能力を与えたのは政府が極秘に行っていた人体実験のせいで、首謀者は分からなくとも国のトップに位置する奴らだってことくらいは分かる。


「人体実験? 何の話だ」


 シラを切るつもりかよ、もうお前が薬物使用者だってことはバレてんだぞ。


「……あぁ、ヤカトミ実験の話しか」


 ヤカトミ実験、聞いたことはない。でも奴が知ってるのならそれだろ。


「ヤカトミ実験の被験者は全員死んだ、何故君が知っている?」


 ……どうなってんだ。被験者は全員死んだ、って。俺は。俺は生きているぞ。


「そもそも被験者は死刑囚、成功者は1人もいない。極秘事項で、私もつい最近知った。何故、君が知っている?」


 なるほど、嘘だったってことか、あの格闘家に言われたこと自体が。池袋の戦闘で俺は格闘家の男に「お前は実験体だ」と告げられた。薬物使用者を武器として運用するための実験で、俺は記憶を失っているものの能力を手にした、みたいなことを言われた。


 俺はずっと悩んでいた、当たり前だ。運命が仕組まれていたような気がして。同僚も親友も尊敬していた先輩もみんな、薬物使用者に殺された。「薬物使用者を滅ぼしてやる」と願って戦っていたのに、俺自身が薬物使用者だった。ショウが来るまで、ずっと俺は悩んでいた。アイツが来てからは、まだマシになった。それでも、それでも不安定な状態だった。


 格闘家の奴も、言わされていたのかもな。SoulTの奴らに、ブレスレットの脅しとして。納得だ、秘密にしておくべき事柄を簡単に言うわけじゃないけどないもんな。だったら、俺はどこで能力を手に入れたんだ。謎が深まってきた、同時に、この戦いを早く終わらせたいと考えるようになった。


 敵は目の前にいる佐野克己、拳銃を構えている捜査官たち、それだけだ。薬物使用者は1人だけ。


「答えないのなら仕方ない、入れ」


 奴が発した瞬間。


 ガシャン!!!


 奥の窓ガラスを足で突き破って、2人の男が侵入してきた。ここは4階だぞ、よく見たら命綱らしきロープが外から繋がっている。それに特殊部隊の格好をしている、もしかすればガリレオの残りか? ヘルメットで顔は見えないが、警視総監を守る屈強な特殊部隊なんてガリレオしか知らない。


 窓ガラスが割れ、会議室の中には冷たい風が大量に流れ込んできた。それでも捜査官たちは表情ひとつ変えずに、拳銃を構えたまま俺のことを睨み続ける。


 奴は深呼吸し、空気をたくさん吸った後……能力を発動した。


「星田健誠を殴り殺せ」


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