第62話 リライト実験

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「目標地点に到着、自動着陸開始」


 人工知能の計算により、無事に着陸した。辺りは砂漠に囲まれているが、これでも立派な海軍基地である。といっても船はなく戦闘機と戦闘ヘリコプターが多数配置されてあるが、空軍基地ではないらしい。


 周りを飛んでいた監視用のヘリコプターは、もう居なかった。ここはアメリカ、日本の領空でもないため、監視はアメリカの空軍に引き継がれた。薬物使用者の対策法案は日本とアメリカで異なっている。国際連合が決めた法案とも異なる、これが厄介なところ。外国人の薬物使用者が日本に現れた時も、対処が大変だった。


 周りにはアサルトライフルを手に持った戦闘員が何百人もいたが、誰一人として構えていない。目の前にいる、海軍のバッチをたくさん付けた長官が案内してくれる様子。目黒隊員にはヘリコプターの中で待ってもらうことにし、俺はショウと長官の後を着いていった。


 リライト実験の施設は地下にある。だからエレベーターで移動するのだが、秘密の実験であるためエレベーターは隠されている。どこにあるのかと言うと......海軍基地の隅の方に置いてある古びた倉庫の中。電気なんて通ってなさそうな見た目をしているが、スイッチを押すと電気がつき、エレベーターが起動した。


 もちろん普通のエレベーターじゃない、100人以上が一気に乗ることのできるエレベーター......と言えばいいか。とても広く、重量制限も書いていない。車両や武器を運搬する時にも使うんだろう、だとしても倉庫は入り口としては小さすぎるが。


 リライト実験の施設は地下42階にあった。地下42階とか聞いたことない。JDPA_Dの本部で俺が尋問を受けた時も地下に連れて行かれたらしい、その時ですら10階とかだったのに。42階にもなれば、地震とか直に響いてきそうだ。


「こちらへどうぞ」


 流暢な日本語を話す男が、この海軍基地に駐在しているエドワード・オルフィエンス・キャリー大佐。事前にこの基地について調べておいてよかった、どうやら彼は日本に対して深いリスペクトがあるらしい。日本語だけじゃない、この世に存在するほとんどの言語を習得していると聞いた。その大佐が、ここから案内してくれる様子。


「君たちがここに居ると知っているのは、私たちのみ。ご安心を、私たちは君たちを受け入れます。ショウ、おかえりなさい」


 大佐と、リライト実験の責任者がショウを育ててきたのか。同時にショウの親を殺した張本人でもある。大佐を目の前にしてショウは感情が抑えきれなくなったのか、涙を流し始めた。拳を強く握り締め、憎悪を表に現している。だが、大佐は慌てた様子を見せずに、案内を続けた。


「エレベーターが好きなんですね、涙を流して立ち止まるほどに。他のお客さんも使われるので、一旦どきましょう」


 大佐は能力者を目の前にしても皮肉を言うくらいには肝が据わっている。案内に従って奥に進むと......リライト実験の施設があった。大量のモニターの前にはデータを調査するための器具があり、つい最近まで薬物使用者についてを研究していた形跡が見られる。ショウもここに8月までいた、彼にとっては家みたいな場所......だった。


「大変でしたね、嘘の指名手配をされ追いかけ回されるなんて私でもありませんよ。市民を守るのが仕事なのに」


 そう言って、また別の場所へと案内された。次は実験室の中、薬物使用者に関するデータが英語で事細かく書かれてある。熱反応の温度、薬物使用者の耐性、DPが持つ可能性と兵器運用に関しての論文。なるほど、この施設では薬物使用者を兵器として使いたかったのか。国際法に違反するだろ、それって。


 また床に落ちていた論文に目を通してみると、とても奇妙なことが書かれていた。薬物使用者の持つ感情と能力の習得率についての論文だ、複数人の実験者の年齢・性別・生い立ちが細かく書いている。やっぱり、ショウ以外にも実験していたのか。唯一の成功例がショウ、年齢も関係するようで、未熟だが体は大人に近い思春期の少年がベストマッチ......とも書かれてある。


「懐かしい論文ですね。私たちは日本でDPが発見されてからすぐに計画を始動しました。化学の発展には実験がつきもの、なので死刑囚や志願者を使って極秘実験を繰り返しました。しかし、彼らの精神状態は元から異常をきたしていた。そのため、ごく普通の家庭に目をつけた」


 その言葉を聞いた瞬間、ショウは机を拳で思いっきり叩いた。ショウは常時能力行使状態、そのため机は一瞬にして割れてしまった。鉄でできた頑丈な机だったのに。それでも大佐は話すのを止めなかった。


「しかし彼らも普通の人間ではなく、闇を抱えていた。詳しい事情は言えませんが、もうお分かりですね。平乃一家、3人がリライト実験の被検体となりました。結果、父と母は亡くなり、ショウのみが生き残りましたが、DPにより薬物摂取近辺の記憶を無くしました。そこで私たちは嘘の記憶と生き甲斐を与え、実験を続けました」


 ショウは両親を交通事故で失い、お世話になった米軍に恩を感じて自ら実験へ参加したと話していた。しかしそれらも全部、彼らが埋め込んだ偽の記憶。両親と共に実験を受けていたことも、それで両親が亡くなったことも、全て薬物摂取の影響で忘れていた。カイブツとの戦いで、赤い液体を飲むまでは。


「これが全てです。しかしショウは全てを思い出した。後はショウの自由、告発するなり戦い続けるなり泣くなり好きにしてください。無論、告発するのなら私たちも相当の対応を取らせていただきます」


 それを聞いたショウは泣くのを止め、キリッとした目で大佐を睨みつけた。大佐も動じずに、ショウの目を見つめてまた話し始めた。


「今のショウならやるべきことを知っているでしょう。応援していますよ、奥にいる"長官"もね」


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