第63話 偽りの正義心

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 実験室の奥には、長官と呼ばれている人物がいた。しかし、ここには居ない。ホログラムであたかもこの場にいるように見せているだけ、実際はどこにいるんだ。映し出されているのは白髪混じりで長身の男、これが本当に長官の姿なのかすら分からない。アバターみたいなものかもしれない。


「久しぶりだな、ショウ。元気だったか」


 長官は日本語でショウに話しかけている。しかしショウは何も返さずに、長官の目を睨んでいる。長官もまたリライト実験の責任者で、ショウの両親を間接的にとはいえ殺した犯人なんだろう。ただ、大佐と違って名前も知らない。事前に海軍基地を調べた時も長官らしき人物の名前は書いていなかった。


「星田さん、彼はリライト実験の元最高責任者の"アイザック・ウィドウ・ラヴィツトイ"です。元国務副長官でしたが、ここでは長官と親しみを込めて呼んでいます。本日はホログラムで参加しています」


 緊迫した空気を察した大佐が、代わりに俺に教えてくれた。国務副長官なのに長官というあだ名を付けたのか、あまり触れない方が良さそうだな。というか......アメリカでは人間の肌の色まで丁寧にホログラムで投影できるようになっているのか。日本だと一色投影が基本的なのに。


「ここからは監視用の軍隊を外して、私たちだけで話し合いましょう」


 大佐がそう言った瞬間、壁の近くで俺とショウを監視していた兵士が扉からゾロゾロと退出していった。同時に監視カメラがOFFになった。この空間にいるのは俺とショウと大佐、それとホログラムで投影されている長官のみ。


「ショウ、沈黙を貫き通すと後が苦しくなる。拷問の対応訓練は君にはしていないだろ、沈黙は相手を腹立たせるだけだ。私が現地に居れば、今頃君の吐血で床が赤く染まっているところだった......冗談だ、非暴力主義者なのでね」


 何を言われてもショウは言い返さずに黙っている。非暴力主義者の渾身の冗談は笑えず、この場で笑っているのは大佐のみ。こういう時、どうすればいいんだ。気まずいし、怖い。長官はまた話し始める。


「助けを求めに来たのか、恨みを果たしに来たのか。詳しくは分からないが、少しだけなら装備を渡そう。DP由来の武器が必要なのだろう。軍隊を渡せれば良かったが、あいにく君たちは指名手配中でね、この歳になっても国際法に違反したくないのだ」


 薬物使用者に関する実験をしていた時点で国際法スレスレだが。彼らはDP由来の武器と装備をくれるみたい。大佐が持ってきたタブレットには、今までに開発された装備と武器の数量が書かれている。ショウの着けているプロトタイプの翼、昔はプロペラで飛んでいたのか。DP由来のパワードスーツもある。コンパクトに収納できるし…...電車も持ち上げられるのかよ。


 ショウの着ていた昔の特殊スーツなら俺も着れそうだ。普通の人間の身体能力を増強させ、更に防御力も優れている。全体的に青で統一された、アメリカのコミックにありそうなヒーロースーツ。何というか……カッコいい。


 日本に持ち帰る装備や武器について考えていると、ショウがやっと口を開いた。


「何で、生きているんだ?」と。


 その目は大佐ではなく、ホログラムの長官に向いている。逆に俺が聞きたい、ホログラムの人間に対して「何故生きている?」と疑問に思っているのは何でだ。こうやって普通に会話できているだろ。テンプレートでも無さそうだし。


 ショウは更に話し続ける。


「リライト実験の事故で亡くなったと聞いたぞ。俺が初めて能力を手にした時、俺の暴走した力に巻き込まれて。あれから俺は力を制御するようにして戦い続けた。なのに、何で生きているんだ?」


 どういうことだ。ショウの言う通り、事故で亡くなったのなら、何でここで話せているんだ。テンプレートじゃない、確実に受け答えができている。すると長官はニヤリと笑い、話し始めた。


「理由も覚えていたのか、やはり"マザーストーン"の影響か......私は確かに死んだ。ただ死ぬ前に記憶と思考を全て機械に引き継ぎ、新たな生命体として生き返った。これも、DPのおかげだな」


 Dream Powder、魔法の粉。DPを使って願えば、死んだ人間をも生き返らせることができるのか。いいや、違うのか。長官は死んでいる、肉体もない。ただ単に思考と記憶を別のクラウドに移行し、そこにDPの力を加えホログラムとして投影しているのか。DP由来の人間、とでも言うべきか。


「深いことは気にするな。これもリライト実験のうちのひとつ。現に私は日本語の話者ではないが流暢に話せているだろう。理由は簡単、私の記憶と思考を持つ機会が代わりに話している。声も当時と同じだろう」


 こんな恐ろしい技術があったなんて、しかもDP案件だ。Dream Powderは未だに詳しく解明されていないのに、死んだ人間のバックアップを動かす燃料として使われている。全くもって理解できないな、この粉が持つ力は。


「さて、エドワードがお前に渡しただろう。御守りとして持たせた赤い液体を。実際にショウと星田くんは飲んだんだろう、味はどうだったかな。メイプルか、それともグレープフルーツか」


 非暴力主義者の冗談は分かりにくいな。それに味なんて覚えていない、あの時は全身が黒焦げになっていて目すら開かなかったんだから。いや、目すらも焦げてくっついていたと言うのが正しいか。あの液体を飲んでから、俺は新たに能力を得た。異常に全ての感覚が強化されたのだ、聴覚も触覚も視力も何もかも。


 ただSoulTの奴らに剥奪されてからは元に戻った。とは言っても、常時能力行使状態には変わりなかった。赤い液体を飲む前は、能力を使うと魔法陣が現れ体が発光していたのに対して、今は何もない。言葉通り、常に能力を行使している状態になっている。ショウも同じ。


「あの赤い液体の正体は、マザーストーンから採取した"Dream Water"だ。DWの存在を知っているのは我々と、国際連合の後ろに存在する方々のみ。君たちにはヒーローになってほしくてね、死んでは困るから渡しておいた」


 Dream PowderではなくDream Water。文字通り、粉ではなく液体ってことか。となると、赤い液体はDPを液体状にしたもので、俺は力の源をがぶ飲みしたことになる。だから新たな能力を得たのか、それは納得だ。同様にショウは記憶を取り戻し、"見極め"の能力を手にした。


「DWは一般人が摂取すれば、計り知れないエネルギーと共に爆散する。だから君たちに託した。DWはもう採取できない、残りの1本の使い道も君たちに託す。それなりの対応をするのなら、我々もそれなりの対応を取らせてもらう」


 世間には知られていないだけで、この世界には闇がもっとたくさんあるんだろう。Dream Powderも、マザーストーンとかDream Waterとか、聞いたことのない単語がポンポンと会話の中に出てきている。公表しない理由も何となく察せるけどな、だとしても多すぎやしないか。


 第一、マザーストーンって何だ。Dream Waterがマザーストーンから採取した液体なら、Dream Powderはマザーストーンから採取した粉か?


「細かいことはさておき、星田くん。君はDPに手を染めても悪の道に走らなかった。摂取した理由は手順は聞いても仕方ない、ただ正義にこだわり続ける理由は気になる。何故だ、何故薬物使用者と戦い続ける?」


 ホログラムで気味の悪い長官は、俺の目を見て話しかけてきた。摂取した理由なんて無いし、手順も知らない。でも、正義にこだわり続ける理由は言える。それを言おうとした瞬間、ショウが止めてきた。


「お前は何も言うな」と。


 ホログラムで映し出された長官は寂しそうな顔をしながらも、俺の目を見て話してくる。


「それなら別の質問だ。純度の高いDWを飲んで、君は何かを思い出したかね。摂取時の記憶や夢など、何でもいい。DPは人間の根幹にある願いしか聞き取ってくれない、故に偽の正義心を持ったとしても本心を汲み取って拒否する。君を突き動かす心はどっちだ?」


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