第59話 指名手配編11「私の恋人」

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 そう言って、奴はレジの奥に置いてあるタバコを盗み、ライターで火をつけた。しかし奴は仮面を被っているため吸うこともできない。結局、俺の嫌いなタバコの臭いが死体のキツい臭いと伴って空中を漂うだけであった。


「真実って何だ?」と俺が問うと、奴はフフッ……と小さく笑いながら答え始めた。


「まずは私の恋人の話をしよう……昔は私だって普通の人間だった。普通に会社員として生きて、普通に彼女と微笑ましく生きていた。彼女は新聞記者として、日々霞が関のビル群を歩いていた。時には政治家に突撃することもあったが、それこそが彼女のやり甲斐だったらしい。こんなことも言っていた。『人の不幸を追うんじゃなくて、悪魔を追う仕事』と。彼女の仕事に罪は無かった、不倫や脱税をした政治家を追う、とても立派な仕事だと今でも思っている」


 それもそうか、奴が今と名乗る前は普通の人間だった。薬物使用者になる前はただの会社員、当たり前か。奴の話が正しいとして、もし奴が政府に嵌められなければ……今でも普通に生きていられたんだもんな。そこは同情する、ただ殺人については許せない。


「ありがとう、彼女の仕事は立派に思えたが、それは一般市民の私の意見であって、政治家からすればよく思われてなかった。それでも彼女はめげずに戦い続けた。その結果、通り魔に刺されて亡くなった。即死だった、綺麗だった顔には大量のアザができており、胸部は血で染まっていた。私とデートする約束だった、私が呼び出したから刺された……そう自分を憎むしかなかった」


 ……そうだったのか。


「私は彼女の分も生きようとしたが、一方で納得のいかない点があった。通り魔の犯人はその場で現行犯逮捕されたというのに、彼女の持っていたハンドバッグを盗んだらしい。そのハンドバッグの中には記事のデータが入っているとか。そこから独自に調査した結果……私の元に匿名で情報が入ってきてね。『彼女の死は仕組まれた』という文章と、彼女の調べてたであろうデータが封筒に入れられていた」


 ……通り魔事件も仕組まれていたってことか。


「彼女はDPの密輸ルートを調べていた。当時はDPが世に見つかったばかりで、摂取時のデメリットも深く知られていなかった。『飲めば願いが叶う薬』という噂に過ぎなかったが、彼女はそれでも調べ続けた。結果、DPは日本の地下深くで生成されており、とある人物が海外に高値で密輸していたことが判明した」


 ……まさか、何となく想像がついてきた。


「犯人は、佐野克己。当時から警視庁の裏で暗躍しており、押収したDPを海外に流出させていた。そのルートを調べてしまった彼女は、佐野に殺された。通り魔事件の被害者として社会的に殺したんだ。分かったか、全ての元凶は佐野だ」


 ……最悪だ。佐野は権力を握るために無実の人を殺し続けている。今が生まれたのも、俺たちがこうなったのも全て、佐野のせいじゃないか。


「後は簡単だ、私は告発を試みたが叶わず。暗殺未遂事件の犯人に仕立て上げられた。警官に追われていた時、シンに出会った。彼は狂った世界の被害者を集めているらしい。だから私は薬物を使用し、この狂った世界と戦うために抗い続けた。DPを体に適合させるのに何年もかかった、しかし……それしか方法がない」


 サラッと言ったが、臣って誰なんだ。もしかして、SoulTの一員か。池袋の時も4人くらい居たよな、品川で俺の背後に一瞬で移動してきた奴とはまた違うのか。それすらもよく分からない、世界に宣戦布告するとか言ってテレビ局をジャックした時は今しか居なかったから。


「これが真実だ、私も正義のつもりで戦っている。彼女の無念を晴らし、濡れ衣を着せられた被害者を救うために戦い続ける。たとえ行く先が悪夢だろうと、狂った世界を止められるのならそれでいい。私の願いは、それだけだ」


 どっちが正義でどっちが悪か、それは人による。俺は正義を貫き戦っている。薬物使用者という悪を倒すために。同様に悪に堕ちた佐野も倒す、法的に。ただ殺すだけだと、奴は被害者になる。それなら、奴を加害者にしてやる。十分な証拠を集めて。その方が彼女の無念だって晴らされるだろう。


「勝手にしてくれ。ただ、私と星田が睨み合う必要はない。佐野は共通の敵で、私たちは警察に追われている。ここで戦いあっても意味はないのだ、体力を消耗するだけ。私も歳でね、若者のように無駄な行為をする暇はない」


 ……確かに、と納得してしまう自分もいた。ここで今と戦っても何も起こらない。どっちが勝っても絶望的な状況に追いやられるだけ。情報も得られないまま、続けて来た警察官に撃たれて死ぬだろう。それなら、今は睨み合いくらいで済ませておこう。そう、戦う必要なんてない。テレパシー能力なんて厄介だし。


「それでいい。せっかくだ、もうひとつ情報をやろう。SoulTは……5人組だ」


 それだけ言って、奴はタバコの火を消してコンビニを後にした。SoulTは5人組、だとしたら池袋の時に1人は居なかったことになる。何でこの情報を今のタイミングで言ったんだろう、ただ間違いを訂正したかっただけには見えない。5人組、残りの1人は監視役だったのかも。奴らは池袋駅前に配属された200人ほどの捜査官を全員気絶させる能力を持っている、たった5人と侮ってはいけない。


「その通り、侮るな」


 と、突然。今の声が直接、脳内に響いた。近くには誰もいない、となると奴がテレパシーを使って声を直接届けたのか。だったら姿を消す前に話せばいいのに。能力を見せつけたかったのか、そんな子供みたいな真似はやめた方がいい。


「そちらこそ、余裕ぶるのはやめた方がいい。それに理由もある。後ろを見てみろ」


 奴の言う通りに振り返って見ると、そこにはアサルトライフルを構えた特殊部隊がいた。胸のバッジにはJDPA_Dと書かれている、6人で一部隊となると……最悪だ。奴はこれを狙っていたのか。くっそ、俺が奴を少しでも信用しちまったせいで、こんなことになるとは。


「星田健誠、強盗の疑いで殺害命令が出ている。抵抗はよせ」


 奴が俺と話している間にJDPA_Dに通報したんだな。足元にはコンビニ店員と中学生の遺体が転がっており、言い逃れはできない。「SoulTがテレパシーを使って操った」と言っても今の俺なら信じてもらえないだろう。前までなら気配で遠くにいる隊員の位置まで把握できたけど、今は能力を剥奪されたからできない。


 俺はすぐさま商品の飾られた棚に身を隠し、落ちていた瓶を拾い上げ、向かってくる隊員の位置を把握する。能力は剥奪されていてもな、鏡があれば場所は分かるんだよ。SoulTは俺から能力を剥奪するよりも、全世界から鏡を消した方が良かったな。次はそう頼んどけ、そして夢の大きさに潰れて爆発するんだな。


「抵抗の意思あり、攻撃開始」


 隊長と思われる人物がそう発した瞬間、俺は棚から飛び出し、そいつの頭に向かって瓶を投げつけた。いくらヘルメットを被っていたとしても、俺の豪速球には耐えられないだろう。いや、瓶か。どっちでもいい。瓶はバリンと派手な音を立てて豪快に割れ、隊長は衝撃に耐えられずに気絶した。


「山岡隊長ッ」


 指揮を執る者を失った彼らは狼狽えているも、すぐに攻撃を始めた。構えたアサルトライフルでレジの前に立つ俺を撃とうとするが、反射神経の強化された俺に勝てる者はいないだろう。発射された弾を全弾避け、次はビール缶を拾い、自動ドア付近にいた隊員の顔面に投げつけた。


 避けようとしても無意味だ。壁に当て、反射させてから当てることで、避ける隙を与えず変則的に攻撃できる。何度でも言える、能力を剥奪されたとしても俺に元から備わっている能力と、それ以前に戦闘で養った知恵がある。俺を倒したいのなら、全て覚えてこい。


 続いて自動ドアの前にいる隊員の足をスライディングしてから蹴り、転ばせた後に顔面を強く蹴り上げる。更に手を地面に着けてから飛び跳ね、レジに入っている何十枚かの五円玉を手にしてから、また別の隊員の顔面に向かって投げつける。


 瓶じゃなくても、ただの五円玉でも俺の腕にかかれば武器となる。また、変則的に投げることでより強くなる。俺は野球選手並みの豪速球を繰り出し、相手が動けなくなるまで投げ続けた。1枚目でゴーグルを割り、2枚目で顔に傷をつけ、5枚目で血を出し、ちょうど10枚目で彼は抵抗しなくなった。気絶してはいないから、俺の手で顔面を殴り終わらせておいた。


「……化け物め」


 壁にもたれかかってハンドガンを構える隊員に近づき、ヘルメットをかち割ってから顔面を強く殴ると、彼は何も言わなくなった。というよりかは、気絶した。仕方ない、俺だって警察官や捜査官を殴りたくはない。ただ言っても聞かないだろ、俺は犯人じゃないって。


「……クソ野郎め」


 残りの1人はナイフを取り出し、見下したような表情で独り言を発していた。5人の仲間が倒された状況で遠くからでも倒せるアサルトライフルでもなく、ナイフを選んだのは賢明な判断だ。俺も同じようなことを子供の頃に特撮番組で学んだ。遠距離攻撃が得意なブルーはいつも敵に倒されていたが、剣で戦うピンクに鍛えられ、最後は共に剣で倒す。良いストーリーだったから今でも覚えている。


「かかってこいよ」


 俺がそう発した瞬間、彼は突進しナイフを振り下ろしてきた。しかしそう簡単には殺せないぞ、俺は彼の右腕をひねり、がら空きになった顔面に何発もの拳を入れる。更に彼の手からナイフを奪い、その場に捨ててから腹を殴る。レジの向こう側に連れて行き、電子レンジの置かれた場所でも殴り続ける。


「もう俺に構うな」


 それだけ言って、俺は彼の腹を強く蹴り上げた。扉にもたれかかった彼は衝撃に耐えきれずに、扉ごと吹っ飛んでいった。流石にやりすぎた、死なないように調節はしたから大丈夫だろうけど。


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