第56話 指名手配編8「厄介な正義」

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「やめろ、俺たちが何したってんだ!」


 戯言を発しながら逃げ惑う薬物使用者に対して、俺はショットガンを腕に向けて放った。弾は即命中、腕を失った奴は泣き叫びながら助けを求めている。腕が生えていた場所から滝のように流れ出す血は、誰も来ない古びた駐車場の地面を赤黒く染めていく。


「逃げろ、はやくッ」


 腕を失った仲間を置いていこうとした奴らは、ショウの翼の先に付いた刃に足を切られ、叫びながらもがいている。ショウの翼はアップグレードされ、より薬物使用者を正確に殺害できるようになった。もちろん、俺のアクションブーツも。少し踏み込むだけで高く跳び上がることができる。今は天井が低いから使えないな。


「何しやがる……」


 と、ここで駐車場の奥に停められていたワゴン車から屈強な男が現れた。地面には白い魔法陣が映し出されている、つまり奴も薬物使用者か。能力は見ただけでは分からないが、あの筋肉は普通の人間じゃ形として保つことのできない量だ。きっと筋力強化に全てを注いだのだろう。人間の体についている全ての肉が筋肉として膨張した、そんな姿にも見える。


「よくも俺の親友を!」


 奴は低い声で叫びながら、俺に向かって突進してきた。すぐさま車の後ろに隠れたが、奴の筋力は車を破壊するくらいには強化されていた。停められていた廃車を軽々しく持ち上げ、2つに割ってからそれらを思いっきり俺が隠れる車に向かって投げ出した。元野球選手だったのか、というくらいには正確に、変化球も投げながら俺を攻撃してくる。


 この筋力だとショウの翼も破壊されそうだ。だから彼にはサポートに回ってもらい、俺のアクションブーツと彼の特殊能力で立ち回るしかない。彼も赤い液体を飲み、とある特殊能力を手に入れた。俺みたいに感覚が進化するというものではない、"見極め"だ。


 俺はあえて隠れるのをやめ、奴の前に姿を現した。ここは古びた駐車場で、停められてある車はほとんど廃車だ。逆に、俺たちが乗ってきた車と奴らが使った車くらいしか動かないはず。ショウは今、奴の車の近くにいる。そこに隠れておけば問題ない……と思う。


「俺とタイマンで戦うつもりか? いい度胸じゃねぇか」


 奴は自信満々に拳を構えながら、俺に対して声をかけてきた。腕力で車を真っ二つにしたというのに、疲れていないのか心拍の上昇も見られない。別に心臓の音が聞こえなくなったって、疲れてるかどうかは見た目で分かるものだ。俺がやるべきことはただひとつ、ショウが見極めて得た弱点の情報を元に、奴を倒すだけ。


「てめぇの体も真っ二つにしてやろうか」


 そう言って奴は飛び込んできた。すぐさま俺は向かってきた奴の顔面を殴り、裏に回って後ろから尻を蹴り上げる。しかし筋肉量が高いせいで、これらの攻撃も効果があるようには見えない。むしろ俺の足の方が痛みを感じている。


 次に奴の足元に落ちていた車の破片を手にし、奴の眼球めがけて突き刺した。筋肉に覆われていない部分への攻撃は効果的だったようで奴は痛がっているが、それでも致命的ではないようですぐに突進してきた。奴の振るう拳ひとつひとつが、俺にとっては致命傷となる。宙返り、スライディング、廃車の上を飛び回ったとしても、いつかは体力の限界が来る。その前に倒さないと。


「爆弾を奴の口に突っ込め」


 攻撃を避けるのに体力の大半を消費していた時、ショウの声が聞こえた。頭に対しての攻撃も効かないが、眼球など筋肉に覆われていない部分への攻撃は効果的であった。口内なら筋肉も少ないだろうし、それなら奴の口内に爆弾を固定するだけだな。それが難しいのだが。


 しかし偶然にも、俺らは爆弾を2つ持っている。固定するための拘束具も作ろうと思えば作れる。何せ材料はそこら辺に落ちているからな。これも偶然、奴が車を割って作ってくれたもの。駐車場の周辺は空き地だらけ、政府が買い取った土地が多いというのも特徴。


「爆弾だと、そんなもので俺を倒せる訳がないだろ」


 変なことをほざいている奴に向かって、落ちていた廃車の破片を奴の胸に突き刺したものの、通らずに折れてしまった。これは知っていた、奴も余裕そうに構えていたし。しかしそんな簡単には終わらない、更に近くに落ちていた破片を今度は奴の眼球にまた突き刺した。


「あああああぐああああぐ」


 既にえぐられた傷を更にえぐられた奴は目を押さえるも、血は止まらない。それだけじゃ終わらない、俺は新たに破片を拾い、奴の鼻の穴に突き刺した。まだまだ足りない、次は叫んで空いている奴の口の中に。更に服を破って奴の肛門に。ありとあらゆる穴に破片を突き刺してから、爆弾を起動した。


 そう、爆弾というのは薬物使用者のこと。ショウにさっきの2人を殺してもらい、1分後に爆弾する時限爆弾を作ってもらった。ほぼ全ての穴に破片が刺さっている奴を起こし車に乗せてから、駐車場の壁を破壊し大穴を開ける。アクセルを思いっきり踏み、脱出。


 こうすれば……奴を乗せた車は高速で走り出し、空中を綺麗に舞う。そして数十秒後には大爆発を起こした。駐車場に被害はない、薬物使用者の爆発に巻き込まれて死なない奴は居ないだろう。この高さじゃ死体の確認はできないが、流石の奴でも死んでいるはず。


 さて、大規模な爆発が起これば次に起きること。それは……ヒーロー気取りの誤った到着だ。


「指名手配犯を発見、ただちに殺害せよ」


 そう、JDPA_Dだ。奴らは薬物使用者を倒した俺たちを殺そうとしてきた。この駐車場の中に何人いるんだ、少なくとも目の前には11人の特殊戦闘員が見える。赤いバッチをしているから、戦闘班と狙撃班を混合させた構成なんだろう。武器もショットガンとかバズーカとか、目標を駆除するための武器だ。捕獲案とか考えていないんだな。


 爆発した車から帰ってきたショウは、辺りを見渡してまた見極める。人間の弱点を知りたいんじゃない、作戦の抜け穴を知りたいだけ。それに俺たちは捜査官を殺したいんじゃない、不正を暴いて平和に過ごしたいだけなんだ。だから今すべきことは……奴らから逃げる。


「発射!」


 バズーカから発射された弾はお構い無しに俺たちめがけて飛んでくる。ここは立体駐車場の中だ、こんなにバズーカを撃てば彼らごと瓦礫に押し潰されて死んでしまうというのに、目標を殺すためか戸惑いが見られない。というか、対戦車用の武器を軽々しく人間に対して使うな。


 俺は左に、ショウは右に避け、たくさん配置されてある廃車の陰に隠れる。バズーカ弾は爆発し、古びた立体駐車場を揺らしていく。耐久性には優れていないだろう、よりによってJDPA_D製の武器だ、もう何発か爆発すれば崩壊するだろう。なら、奴らを黙らせるしかない。


 車の側を足音も立てずに移動しながら、俺は手にアクション・グローブをはめた。そう、アクション・グローブとは、少しの力でも怪力に変換されるDP製の武器。黒と白が織り交ぜられたデザインになっていて、とてもヒーローっぽい。奴らが被っているヘルメットには温度差から敵の位置を特定する機能が搭載されているが、起動には時間がかかる。


「周囲を警戒せよ!」


 奴らの声が聞こえた瞬間、俺は近くの廃車のドアを引きちぎって、思いっきり奴らめがけて放り投げた。バズーカを構えていた隊員は飛んできたドアを避けることも出来ずに吹き飛ばされ、反対にショットガンを構えた隊員はその反射神経で回避していた。しかし、それだけじゃ終わらない。


「今だ!」


 俺の掛け声と同時に、ショウが廃車の裏から現れ、翼を展開して後ろから隊員の背中を蹴り上げる。高速で飛んできた男の蹴りを奴らは避けることはできずに、廃車に頭をぶつけ気絶した。ヘルメットがあるから死んではないだろう。残りは3人、奴らはアサルトライフルを構えているが、俺には無意味だ。


 腰に差していたナイフを取り出し、それを1人の隊員の手に向かって投げる。奴はグローブを着けているから傷つけることはない、ただ痛みでアサルトライフルを離してしまうだろう。武器を失った隊員は素手で立ち向かおうとしたが、また背後からショウに蹴られて吹っ飛んだ。残り、2人。


「この薬物使用者め……」


 奴らも正義のために戦い続ける隊員だ、ただ対象が違うだけ。俺も正義のために戦っているつもり。悪事を働く奴を倒すために、俺たちは戦っている。ナイフを持って立ち向かってきた1人の隊員の腹に拳を入れ、手首を折ってから蹴りで吹き飛ばす。更に素手で戦おうとした隊員の顔面には回し蹴りを入れる。ヘルメットがあろうとも、俺の攻撃の前では無意味な兜。


「星田、外に何百人もの隊員が待機している。おそらく数分後には突入するだろう。戦うか、逃げるか、それはお前が決めろ」


 ……厄介だな、正義って。


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