第57話 指名手配編9「見極め」
----------
結局、俺たちは遠くに逃げた。
ショウが新たに手に入れた能力の正体は、空間把握能力というものだった。対象物の守られていないであろう部分とか、空いている場所を見ただけて把握することができる。さっき戦ったマッチョの薬物使用者の弱点が分かったのも、対象物の弱点を見極めたから。それを使い、俺たちは立体駐車場の地下に延びている水路から脱出した。
例え99%包囲されていたとしても、1%は必ず空いている。100%包囲するなんて不可能に近い、どんなに優れた作戦だとしても何も無い空間は必ず存在してしまう。ショウはそれを発見する能力を手に入れたという訳だ。恐ろしい、敵に回せば一瞬でやられてしまう。
で、ワゴン車は置いてきた。流石に水路を通ることはできなかった。まぁ大丈夫だろう、中には何も入っていない、ほとんどの荷物は廃墟都市の中に置いてきたから。食糧もないし武器もない、移動手段を失ったのは痛いが、捕まらなくてよかった。
廃墟都市に戻った俺たちは急いで荷物を整理し、また新たな土地に向かった。念には念を、常に転々としておくのがベストだろう。しかし行く場所は限られている。人がいない、廃墟で誰もいない場所。顔認証機能がついていない田舎が良いかもしれないが、それだと証拠を集められないし、薬物使用者を倒すことができない。
だから俺たちは廃れたボウリング場に来た。数十年前はボウリングブームで何十店舗ものボウリング施設が建てられたが、流行はすぐに廃れ施設は次々に潰れていった。土地代も高いため、ここは買い取られることもなくそのまま廃墟と化した……という訳か。掲示板には数十年前当時のボウリング大会のポスターが貼られている。
本来ならこういう広大な土地は政府が買い取っていくのだが、最近は薬物使用者のせいで細かいところまで手が回らなかった。薬物使用者はこういうところにも影響を与えているんだな、としみじみ思う。奴らが存在していなければ、もっと平和な世界で暮らせたはずなのに。
散乱したボウリングの球を片付け、倒れたピンを元に戻してから、俺たちは横になった。最近は精神的にも参っているのか、戦うとすぐに疲れてしまう。生い茂った固いベンチ、普通ならチクチクしていて眠れないだろうが、そんなこと疲れている俺たちには関係なく、すぐにぐっすりと眠ってしまった。
次に起きた時には、既に朝日が昇っていた。久々に何十時間も寝れたな。廃墟は風通しもよくて寒かったけど、ここは異様にも草や木に囲まれていて温度を保っている。まるでボウリングに熱狂した人々の熱をこの時のために保存していたかのように。お腹が空いていたとしても、食べるものはない。だから落ちたボウリングの球を見て、適当に気を紛らわすしかなかった。
「……これからどうするつもりだ?」と、ショウは翼の手入れをしながら、俺に問いかけてきた。
「証拠集め」
「どうやって?」
「NEXUSか真田に頼る。それ以外に道は無い」
そう答えたものの、具体的な案は思いつかなかった。NEXUSに頼ろうにも、下手したら彼らまで捕まってしまう。真田に頼ろうにも彼にも仕事がある。どちらにせよ俺たちは犯罪者扱いで、これといった証拠もない。弁明しようにも、捕まれば即座に殺されるだろう。ここに法律なんて物はない、奴らは法律を超越して俺たちを殺そうとしてくるし。
奴らを倒すには、より力が必要になってくる。法律に頼ることができないのなら、力で倒すしかない。それが正しいかは分からない。でもたった数人の薬物使用者と十人程度の隊員と戦っただけでここまで疲れていたら、次は負けてしまうかも。JDPA_Dには何千人もの隊員がいる、自衛隊を含めれば万を超える。
何万人もの隊員が一堂に会したとしても勝てるような、それくらいの力が欲しい。
「まぁいい、今は休もう。それより、ドアを引きちぎるなんて凄いな。俺じゃできない技だ」
ショウは諦め気味なのか、疲れ果てた顔で俺に話しかけた。翼の手入れは終わったようで、俺の履いていたアクション・ブーツとグローブの手入れを始めている。そう、彼も何も出来ないのだ。特別な証拠が見つかれば動けるけど、何も無ければ何も無い。強いて言うなら、薬物使用者が暴れたら出動できる。
そういや、俺の力って結局何なんだ。ショウは"飛行能力の補強"と明確に示されているのに対して、俺は分からない。実験で得た能力だとして、俺は誰にも何も言われていないから。跳躍力や攻撃力、体力といったほとんどの能力は上昇しており、さっきは車のドアを引きちぎって放り投げた。集中すれば傷も速く治すことができる。
「俺だったら怪力スーツでも着ないと無理だな、昔はよく着て実験していたが」
「怪力スーツ?」
俺はすぐに聞き返した。怪力スーツなんてものが存在していたのか。それにショウは何度も着て実験していたのか。昔となると、米軍の元で実験していた時のことか。
「……あぁ。DP由来のな。ただ昔の話だ、今は持っていない」
もしショウの言う通り怪力スーツが今でも残っていたとしたら、俺は欲していた力を手に入れることができる。しかもDream Powder由来の武器、そんな昔から存在していたのか。JDPA_Dはつい最近開発したばかりだぞ。何で米軍はDP由来の武器を隠していたんだ。
「まぁ深く聞くな。機密事項なんだ、"リライト実験"は。俺は星田だから言っている、だから他人には漏らすなよ」
リライト実験、聞いたこともない。機密事項だからそれもそうか、恐らくショウが受けてきた薬物使用者の実験なんだろう。そこで飛行能力の補強をしたと。能力者となったショウは実験の成功例だったが、彼の両親は実験で亡くなった。彼からすれば実験は力の源でもあり、悪夢の根源でもある。
でも、リライト実験が行われていた場所に行けば、怪力スーツとか残っているんじゃないか。実験は凍結されたのではなく、成功した。凍結されていたなら実験施設も潰されているだろうが、成功したのならまだ残されているはず。俺のように隠蔽する必要も無いし、最近知った新事実以外は。
ここで、俺は悪魔の提案をした。
「ショウ、アメリカへ行こう。リライト実験の施設に行って、武器を補給して戦おう」
もし俺が「両親を奪った奴らに協力してもらおう」なんて他人から誘われたら、どんなに信用している人でも嫌いになる気がする。そういうことをそのまま、俺はショウにしている。悪魔の提案だ、彼からすればトラウマの土地。以前ならそうではなかっただろう、しかし今は知ってしまっている。両親の交通事故の正体を。
「……何言ってる」
もちろん、ショウは拒んだ。それだけじゃない。彼は整備の手を止め、横になっている俺の顔を睨みつけている。その目には明らかに殺意を超えた憎悪が込められている。いくら俺だろうとも関係ない。殺意を抑える力が無ければ殺されるだろう、そのくらいに強く鋭い目をしている。
それでも俺は続けて話す、立ち上がって、彼と目線を合わせてから。
「向こうにはスーツも武器もある。それを使えば、奴らに勝てる。こんなに苦戦して疲れる必要なんてない。そりゃ徒歩では行けないけど、それ以上の価値がある。それに---」
「ダメだッ」
ショウは整備していた俺のグローブを強く地面に叩きつけ、大きな声でそう発した。鋭い目をしたショウは俺を睨みつけたまま、拳を握り締めている。もちろん、彼の気持ちも充分に理解している。というか、俺がさっきから言っていることは悪魔の発想。
俺の両親はどこかへ消えた。本当かどうかは分からないが、研究不正をして雲隠れしたって噂を聞いた。父も母も研究者だったせいで、俺は親の愛情を受けずにここまで育った。だからと言って、ショウの気持ちが分からない訳じゃない、これ以上の方法が思いつかないんだ。
もしも俺の両親が何者かに殺されていたとして、その殺した犯人に会えと提案されたら……もちろん俺だって拒む。だから俺は矛盾した提案をしている。矛盾してるってのは分かっている。でも、何もしなければ何も起こらない。このまま明確な手段もなく生きていれば、いつか奴らに追われて捕まる。それなら、悪魔に賭けたい。
「……俺の両親を殺した奴らだぞ。俺の両親だ! お前は失ってないから分からないだろ。でもな、アイツらは俺の親を殺したんだ。交通事故と隠蔽して俺に実験させやがった。信じていたのに、小さな俺を弄んで、薬物使用者にさせた。後悔はしていない、だが恨みはある。怒りもな」
彼は荒々しく、怒鳴り続ける。今まで外に出すことのできなかった感情を精一杯吐き出すかのように。
「俺だってこの状況を打開したいさ、それでもアメリカには行けない。奴らは俺の人生を狂わせた。他人の運命を勝手に作り上げた。中学生の俺に希望を与えてくれた、でもそれは偽りだった。結局……俺はお前と同じなんだよ。政府の実験に巻き込まれて能力を持たされ、切り捨てられた。そんな存在……」
彼は涙目になりながらも、必死に俺に訴えかけた。そして地面に叩きつけたグローブを拾い上げ、俺に渡してきた。ああ、俺はなんて酷い提案をしたんだろう。ショウがここまで取り乱すところなんて見たことない。自信がある、周りに厳しく、世間が見えていない青年だと思っていたけど、それ以上に闇を抱えていた。正確に言えば、闇は最近思い出した。
「分かった、絶対にアメリカには行かない」
それだけ伝えて、俺はボウリング場を後にした。
----------
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます