第16話 夢を配る団体

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 池袋駅前の広場に着いたが、誰もいない。一般の市民もいない。今回の作戦は極秘に行われているため、一般人には知られていない。そのため逆に誰もいないのは、有り得ないことである。


 それに無線、何も聞こえない。

 池袋駅前に着くまで走ってきたため、少し時間がかかった。その間、何回かは無線が聞こえたが、今は止んでいる。俺が無線を送っても、返事がない。これに至っては通信エラーが起こっていない限り、有り得ないことだ。


 駅前の広場を、身体を白く発光させたまま走り回る。もう俺のことを携帯で撮る市民もいない。空間には俺しか残されていない。

 乗り捨てられた車、人通りのない地下鉄の入り口、電気も消えている百貨店。いつもは栄えている街も、人が居なくなるだけでこんなにも虚しくなるとは。


 交番の中にも、百貨店の中にも、地下鉄の駅にも、どこにも人がいない。不自然に乗り捨てられた車にはキーがかかっており、先程まで誰かが乗っていたような、シートに人の温もりを感じた。


「こちら第四部隊、君の後ろにいるよ」


 突如、無線から声が聞こえた。第四部隊となると、池袋駅付近で待機していたチームか、首都高速線上を周回するチームに分かれていたはずだ。口調が少々気になるが、人が居た……という事実にほっとし、安心した。


 振り返ると、後ろには仮面を被った人間が立っていた。それも4人、部隊にしては少ない人数。

4人とも黒いローブを羽織っており、拳銃といった武器は持っていない。俺が問いかける前に、奴らはフードを取った。


 緑の仮面を着けた1人は髪がなく、青い仮面を着けた1人は女性のように髪が長く、赤と白の仮面を着けた他の2人は、ニット帽で髪を隠している。

 どちらにせよ仮面を被っているため、顔は確認できないが……どう見ても、JDPA_D・警察・自衛隊のどれでもないのが分かる。


「誰だ?」


 俺の問いかけに対して、緑の仮面を着けた髪のない奴は正直に答え始めた。


「我らは……SoulT《ソルト》、夢を配る団体だ」


 奴らの被っている仮面をよく見てみると、学生が被っていた仮面に似ていることが判明した。もしや、奴らが……ボクサーにも学生にも鎌倉の武士にも薬物を与えた、例の団体か。


「如何にも、彼との試合は楽しかったかい? 彼は元ボクサー、流石の君でも敵わない相手だっただろう」


 赤仮面の奴は、俺に問いかける。俺たちの戦闘を見ていたのか、そんな物言いだ。勝負は引き分けってことになる、最後はブレスレットによる電気ショックで死んだから。


 待てよ、ブレスレットを彼に着けさせたのは……粉を配った”彼ら”。粉を配った団体は目の前にいる。となると、自爆させたのは……お前らの仕業か。


「よく辿り着いた。そうだ、私たちが彼を殺した。組織の内情を喋り過ぎた。口の軽いヤツは必要ない。まぁ、彼も誰かに頼りたかったんだろうな」


 俺はまだ能力を使ったままだ。今ここで奴らを殴ることはできるが、一旦冷静になって考え直そう。つまり、奴らは仲間であるはずの彼を殺した。恐ろしい、人間を道具のように捨てるのか。


「どうして薬物を配るようなことをする? 犯罪だって分かっていて、どうして? テロ行為がしたいだけか、それとも政----」


「答えるか、君たちには分からないだろう! 愛する人を失った気持ちも、親を殺された気持ちもな! 国を変えるためには、力が必要。力が欲しけりゃ……夢が必要だ」


 赤仮面の奴は俺の言葉を遮るように返した。

いや、俺でも分かる。愛する人……とは少し違うが、大切な人を。幼馴染は入隊してから2回目の戦闘で亡くなった。


 それもこれも、薬物使用者のせいでだ。


 俺は怒りの感情に包まれた。愛する人を失ったから、親を殺されたから、じゃあ国を変えよう。国を変えるには、薬物使用者に暴れてもらう。そういう考えに至るのか。俺は大切な人をそれで失った。大切な人を失わないために国を変える奴らが、大切な人を奪ってどうする。


 ふざけるなよ。

 俺は奴らに向かって、思いっきり殴りかかった。


「抵抗しても無駄だよ。今日は休め」


 緑の仮面を着けた奴が何かを言っているが、気にせず奴らの元に突っ込む。


「無駄だって言ってるのに」


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 目覚めると、俺はベッドの上で寝ていた。白い壁に囲まれている上、無機質な香りも漂っている。つまり……ここは病室か。

 カーテンを開けると、光が差し込んでくる。


 あれから記憶が無い。黒いローブを着た4人組に出会い、奴らを殴ろうとして突っ込んだが……返り討ちにあったのかもしれないな。


 ふと、ベッドの横に無造作に置かれてあった新聞に目を通してみた。「8月24日」と書かれてある。池袋の合同捜査は昨日、23日にあったことだから、昨日の今日であるのは改めて確認できたが、ある物を発見し……俺は目を疑った。


『SoulT、世界に宣戦布告か』


 新聞の一面に大きくそう書かれていたのだ。SoulT……昨日の4人組の奴らか。画像も載っている。奴らがカメラの前に立ち、宣戦布告をしている様子が映っていた。モノクロで判別しにくいが、昨日通り仮面も着いている。


 よく見ると、日付の横に「号外」や「速報」と書かれていた。


『今日未明、SoulTと名乗る団体が〇〇放送局を----世界に対し、宣戦布告を----池袋駅での戦闘と深く関係----なお、犠牲者は3......』


「起きたみたいだね、早速だけど急いで着替えて。コンビニでおにぎり買って来たから、車の中で食べて」


 新聞を読むのに熱中していた時、背後から声が聞こえた。振り返ると、病室の扉付近に瀧口さんが立っていた。


「ごめん、お疲れだろうけど。3分だけ待つから、急いで着替えて。ベッドの下に収納されているはずだから」


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