第15話 使い捨てられた道具

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 炎に巻かれ、どんどん手の感触が失われていく。

 火傷して肌が爛れる、喉が焼け散る、目や髪からは水分が蒸発して破裂していく。そんな感覚も消えていくのだ。痛いなんてものも消えた。でも、俺は生きている。


 そう、薬物使用者だから。

 俺は普通の使用者じゃない。スーパーヒーローのような、強靭の力と体力を持っている。


 紅炎の中から、白く発光した俺が復活する。生まれ変わった訳ではない、自前の体力で無理矢理復活させた。黒焦げだった身体も少しずつ修復されていき、目も耳も元通りになった。


 バイクで逃げようとしていた彼は驚いた様子で、下にいる俺を覗き込む。


 この機を逃すな、そう自分に語りかける。

 俺は瓦礫の山から高く飛び跳ね、彼の顔面にに向かって拳を素早く振るった。


 ドンッ


 激しい衝撃波と共に、彼は吹き飛んだ。

 彼の頬は赤く腫れ上がる。それもそのはず、俺の手は先程まで炎に巻かれていた。それに俺は格闘技を覚えた。炎と格闘技のコンボは、彼てもできない。


 それに追い討ちをかけるように、吹き飛んだ彼の元に跳び、地面に向かって顔面をかち割るように鉄槌打ちを繰り出す。彼の顔面が割れることはなかったが、鼻は折れたようで血を噴き出しながらも、彼は立ち上がった。


「聞かないならそれでいい、俺は彼らを信じる。娘を失った俺に『失った娘の憎しみを晴らさないか』と言い粉を渡した、彼らを。彼らは何でも知っている、神のような存在だ」


 彼は肩を鳴らし、拳を構えた。


 神の存在か。俺は信じないが、彼が言っているのは……また別の話だ。テレパシーでも使えるのか、彼らは?


 まぁいい。今は戦闘に集中しよう。

 彼はボクシングの技を使って倒しに来るのなら、同じボクシングの技を使っても勝てっこない。なら、俺は……練習の成果を見せよう。


 俺が見せられたDVDの中で1番興味があったのは……中国拳法だった。何も持たずに、拳のみで敵を翻弄する姿は圧巻で、どこか憧れた。ヒーローのように剣を使うわけでもなく、華麗な腕捌きで敵を倒す。敵も血を噴き出して倒れる訳でなく、美しく静かに命を落とす。


 できるかどうかは分からないが、見よう見まねでやってみよう。


 左手は握り、右手は開いて前に構える。

 彼も俺の不恰好な構えを見て、笑い始める。


「ははは、下手な真似事はよせ、怪我をするぞ。俺のようにな。それでもいいなら来い!」


 彼はその言葉と共に走り出す。

 繰り出される拳を避けつつ、俺は確実に仕留めるため、みぞおちに向かって拳をねじ入れる。横隔膜を破り切るように力を込め、時には下の玉を狙う等して、彼の攻撃を封じ込めた。


 実際、不恰好であることに変わりはない。DVDで見ただけ、やったことも目の前で見たこともない。それなのに、できた。合っているかは分からないが、見よう見まねでも何とかなった。これも能力のお陰か? それとも、元から備わっていた……特技か。


「楽しいなぁ、久々に試合ができた。俺も変わっちまった、アンと和子を失ってから、ずっと恨みの感情ばかり溜まっていった。汚い日本の役人は俺をテロ犯と見なし、世間もそれに釣られて……俺の人生は終わるかと思った。でも彼らが俺を助けてくれたんだ」


 俺は彼の主張を黙って聞く。

 目の前に倒れている彼にトドメを刺すこともなく、ただ見守る。


「悪いがお前に何を言われようとも、俺は生きる。生きなきゃならない、アンと和子のためにも、俺のためにも、他の被害者のためにもだ。だから、逃がしてくれ」


 逃がしてくれ……か。

 無理なお願いだ。俺が逃がしても、他の誰かが彼のことを殺すだろう。それに、俺までもが国に狙われる立場となる。


 逃がす……ではなく、俺が彼に倒されたことにするか。俺は立てなくなって、彼を追うのを諦めた。この設定ならまだ……いやダメだ。俺はいつ処分されるかも分からない存在、薬物使用者を倒せる存在とも言えるが、日本はどうするか分からない。


「俺はお前を殺さなきゃならないし、お前も俺を殺さなきゃならない。八百長なんて起こりえない。どうしても逃がせないというなら、もう一度拳で勝負しようか。次は、死ぬ気でだ」


 彼はそう言うと俺から距離を取り、また拳を構えた。しかし、今回はオーラが違う。手加減もない、本気で俺の事を殺しにかかろうとしているのは、姿からでも判別できた。


 俺も深呼吸をし、拳を構える。


 これで勝負が決まる。西洋映画によくある、早撃ちのように。

 お互いに走り出し、相手の顔面に向かって、身体を低く捻りながら、一発の拳を振るう。


 ドンッ


 爆音と共に衝撃波が発生し、どちらとも吹き飛んだ。


 俺は慌てて頬を押さえるも、目立った怪我はなかった。吹き飛ばされた彼の頬を見ると、先とは違った新たな傷ができていた。歯も折れ、血とヨダレが混ざった桃色の液体が、彼の口から溢れ出る。


 俺の拳では感覚がなかったが、どうやら当たったらしい。これで、俺の勝ちだ。


 彼は顔を押さえながら俺の所まで歩いた後、手を差し伸べてこう言った。


「お前の腕も良い。だが忠告はしておく、お前は実験体で、日本にこき使われているだけ。これ以上の真実は自分で探せ。あと一つ、お前に親はいるか? 親は愛せ、会えなくなってからでは遅い。親も子供を愛しているからな」


 俺は、彼の差し伸べた手をしっかりと握った。


 俺には親がいない。両親共々、逃げた。

元から帰りが遅かったが、深夜になっても帰って来ない。警察が来て、色々な説明をされたが、イマイチ理解ができなかった。何を言われたか覚えていない程。


 それゆえ、親とは既に会えなくなっている。でも考えは少し変わった。夜逃げした親のことを、昔は憎んでいた。親が逃げたせいで北海道に送られ、大変な目にあった。親戚からの目もよろしいものではなかった。


 ピピピ……


 それだからこそ……ちょっと待て。

 彼の手首にブレスレットが巻いてあった。さっきから着けてはいたが、そこまで気に障ることはなかった。それが今、ブレスレットから点滅音が聞こえる。それどころか徐々に赤く光り出した。彼は何も知らなかった様子、手も震えていた。


 彼は急いでブレスレットを外そうにも、何故か外れなかった。


「ブレスレットは誰から貰った?」


「彼らだよ、薬物中毒によって起こる爆発を抑えるために着けさせられた。でも、外せない……どうしたらいい……!」


 よく見ると、ブレスレットには小さな液晶が付いており、ここが赤く光っているだけであった。しかし……液晶には「DEATH」と書かれていた。その事を彼に伝えようとした瞬間。


 バチッ


 ブレスレットから火花が散った。

彼はその場で倒れた。心臓も動いていない、脈を測っても……逆に死を感じただけ。白目を向いて、泡を吹き出して、手首を押さえた状態で彼は亡くなった。自ら命を絶ったようには見えなかった、彼もこのシステムを知らなかったんだろう。火花が散ったとなると、電気ショックでも加えられたか?


 衝撃的な出来事で、ショックのあまり俺はその場から動けなかった。1分経つと、彼の亡骸は爆発を起こす。それを知っていても、この場から動けなかった。


「第二部隊に告ぐ。池袋駅前にて発光現象を確認。”H”は直ちに池袋駅に戻れ」


 無線と共に、爆発音が鳴った。

 向こうでも何かがあったみたいだ。ここで立ち止まっていても何も起こらない。真実の追求のためにも、俺が動かなくてどうする。


 彼の亡骸の目の前に立ち、感謝の言葉を述べてから、この場を去った。新しい厄介事の方が先だ。こうしてグズグズしている場合じゃないんだ。俺しかできないものだってあるから。


 背後の高速道路で爆発が起きた。彼の爆発だろう。彼の言葉通り、俺は親を愛していく。これからは。


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