第17話 SoulT

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 俺は彼女の言う通り直ぐに着替え、病院を急いで出た。どうやらJDPA_D管轄の病院に運ばれていたらしく、医療費等を払う必要はなかった。


 彼女の運転する車の中で、小さなおにぎりを食いつつ彼女の話を聞く。助手席ではないため、足を伸ばしてリラックスすることができた。


「SoulT《ソルト》のキョウが世界に宣戦布告した。新聞読んでたと思うけど、放送局をジャックして、全世界に向けての反抗の意思を示した。『日本に全てを奪われた、報復として世界を征服する』なんて言ってた」


 おかか味とツナマヨ味のおにぎりを食べ終えてもなお、話は続く。


「更に『薬物を配布し、様々な爆破事件を起こしたのも我々だ』なんて言ってた。その後、放送終了と同時に放送局スタッフの血しぶきと悲鳴が地上波で流れた。世界を征服したいなんて、SoulTの目的が分からない。要求をする訳でもなく、宣戦布告しただけ。ここからどうするかも分からない」


 一応食事中なのだが、残虐な話を彼女は聞かせてくる。職業柄、仕方ないけども。


「自衛隊は昨日の戦闘の処理に駆り出されている。警察は事件性を調査中……ってしか言えない。前代未聞の出来事だからね。それでJDPA_DがSoulTの居場所を追っている。STAGEは君の回収と強化を任せられた」


 高速道路は昨日の戦闘で一部が破壊されたため、殆どが通れなくなっている。何とかナビを駆使して向かおうとしていたが、それでも時間はかかる。川崎方面にある病院から恵比寿にある本部まで、長い時間をかけて彼女は車を運転した。


 ある程度彼女が話すと、沈黙の空気が流れた。俺も何も返せない。もう何も食べるものはないが、話せることなんてない。

 昨日の今日。複雑なんだ、心が。


 昨日、俺は「実験体」と言われた。湘南百貨店で起きた爆発事件の実験体だとか。元ボクサーの男がどうして知っているのか、と思ったが……SoulTから薬を渡されていた人間だったからか。


 実験体というのは真実でないのかもしれない、それは俺にも分からないが。これらの事を全て彼女に話してしまっていいのだろうか。彼女も一応は警察とJDPA_D側の人間。他人に簡単に言えるような内容でも無ければ、相手もまた……言えない。信用できないって訳じゃない、怖いだけ。


「ラジオつけるね」と彼女は一言。


 ラジオからは音楽ではなく、ニュース速報が流れてきた。音声だけだが、男性アナウンサーの緊張している姿が目に見えた。音声スタッフの慌ただしい声も少しだけ聴こえる。それだけ緊急事態ということか。


「ここで速報です。午前11時すぎ、木谷法務大臣が何者かに連れ去られました。調べ----ただいま、新たな情報が入りました。木谷法務大臣を拐ったのはSoulTであると、犯行を仄めかす文書が----」


「SoulTかよ」と俺は反応してしまった。彼女も反応を示した。


「そう、早速しでかして来たわね。後ろにタブレットが入ってるから、ニュース見てみて」


 彼女に言われた通りに、紙袋に入っていたタブレットを立ち上げてニュースサイトを覗くと、既にある映像が出回っていた。


 翼の生えた太った男性が、また別の中年男性を抱きかかえるようにして空を飛んでいた。一般市民は映像を撮ることしかできない。警察も銃を向けるも、法務大臣が捕らえられているため何も手出しができない状況だった。


 最初はフェイク映像を疑ったが、違う。薬物使用者が翼を生やし、誰にも届かない領域に連れて行った。ヘリなら届くけども、奴の腕の中には法務大臣がいる。彼を巻き添えにする訳にはいかない。


 となると、そうなるよな。


「君には鳥人間の駆除をお願いしたい。もちろん、先生には傷一つ付けないように。最悪の事態は避けろ、先生を無事に帰してくれればそれで良い」


 恵比寿のSTAGE本部に到着してすぐ、JDPA_Dの幹部から電話で命令が下された。内容はその通り、傷一つ付けないようにして、鳥人間を駆除するといった……無茶なものだった。電話で一方通行だったため、答える余地なく切られた。


 まず、俺は空が飛べない。普通だ。普通の人間は飛べない。俺は身体能力が全体的にプラスされているだけで、根本的な体のつくりは変わっていない。もちろん、翼が生えるようなことも、口から炎を出すこともない。跳躍力はあっても、飛行能力はない。


 それに、命令だ。断るなんていう選択肢すら存在しない。存在したとしても許されないだろうが。


 戦闘続きで身体は骨が折れたようにボキボキと鳴るが、動かせないことはない。まずは、作戦を考えよう。


「ムササビスーツは?」


 STAGEに所属していて、かつ技術者である西山さんが口を開いた。彼女は薬物をどうにか科学に利用できないかと研究を進めているらしい。人智を超えた薬物を、人間の手で制御できるように。


「ウイングスーツで滑空しながら木村法務大臣のの保護を行う。保護さえ行えれば、後はヘリでも戦闘機でも何でも撃墜可能になる」


 その名の通り、ムササビのように滑空できるスーツ。あくまでも滑空だ、自由気ままに飛べる訳じゃない。失敗すれば、また上までどうにかして行かなきゃならない。その分がタイムロスになる。


「自衛隊ならアメリカから購入した無人航空機があったはずだ」


 基本、STAGEはJDPA_Dと警察の隊員で構成されているが、研究者や技術者といった外部の人もいる。自衛隊員兼STAGE隊員の春山さんが口を開いた。


「無人航空機、いや装着式小型航空機も使えるか。もしくはドローンだ。何にせよ空中にいられるのはまずい。目標を拘束し安全に地上に降ろしてからの対応が求められる」


 そう、空を飛ぶ薬物使用者など今まで見たことがないのだ。夢のレベルが大きければ、その分体への負担は大きくなり、爆発へ繋がる。「空を飛ぶ」なんて大きな夢、それはほとんどの者が叶えられなかった夢。だから今までは目撃されなかった。


「報告が入った。ムササビスーツの案を採用する。自衛隊にドローンと無人航空機の要請を、警察には落下予測地点一帯に警戒要請を、我々は星田のサポートを行う。決定事項だ」


 奥のモニターの前で座っていた山口課長が口を開いた。作戦会議には参加していなかった。突然口を開いたと思えば、決定事項としてそれらを伝えてきたのだ。


「待ってください。その作戦には未来が見えません。もう少し煮詰めませんか?」


 瀧口さんが課長の前で立ち塞がるようにして抗議を行った。しかし彼は彼女を見下ろしたまま、耳から小型のイヤホンを外し、それについているボタンを何回かタップした。


「----ムササビで決定だ----薬物使用者に特攻させ----でもいいが」


 イヤホンなので耳に入れないと聞こえないはずだが、このイヤホンは特別なのかタップするだけでスピーカーへと早変わりした。小型のスピーカーからは、老いた男性の声が聞こえる。


「JDPA_D及び警察上層部の決定だ。我々がどう抗おうとも、決定には従うしかない。今すぐ準備に取り掛かれ、目標の現在位置はJDPA_Dが知らせる」


 彼の顔を見ると、紫がかった唇は小さく震え、目も彼女の方を見ることなく泳いでいた。それらを気にする暇もなく、俺たちは半ば強制的に移動させられた。


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 目標は、現在神奈川県西部・小田原市の上空。俺の故郷だ。海の上に奴はいるため、絶対に落としてはいけない。


 俺たちは今、飛行機の中にいる。スカイダイビング用の小型飛行機で、俺とJDPA_Dの隊員が何人か。実際に奴の元に行くのはウィングスーツを纏った俺だけ。


「Go」


 隊員の掛け声と共に、俺は飛行機から勢いよく飛び立った。ビュン……と、風を切り裂くような激しい音が発生しつつも目標を捉えた。能力も使ったため、体が白く光り始める。


 奴を倒して、彼を保護する。それだけでいいが……どうやって倒せばいいんだ。


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