第12話 Heroの素質

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「これを着ろ」


 スーツケースの中に入っていたのは、関節部分に白い玉が付いている、真っ黒なピチピチのスーツだった。映画のメイキングでよく見られる、モーションキャプチャ用のスーツだろうか。


「これで君の戦闘力を試す。目黒、用意を」


 目黒さんは10人程の自衛隊隊員に何かをお願いしている。何かを言い終えたと思ったら、隊員が全員俺の方を向き、警棒を構えた。


「君の”Hero”の素質を調べたい、力を使わずに、耐えよ」


 エヴァローズさんの言葉と共に、13人の自衛隊隊員が一斉に俺に向かって警棒を振り下ろしかかってきた。

 俺は言われた通りに力を使わずに、腕で警棒を防ごうとした。しかし構えようとした俺の、がら空きになった脇腹に向かって、隊員が警棒をねじ込んできた。


「痛てぇ……」


 情けない声が溢れたのと同時に、別の隊員の警棒をモロに両脇に食らい、痺れて腕が上がらない位の攻撃を受けた。

 ここでエヴァローズさんがストップをかけた。


「ここにいる隊員は戦闘のスペシャリスト、君の今の力じゃ到底敵わない。次は力を使い、反抗しろ」


 能力を使えば、恐ろしいことになるぞ。舐められているようで若干イラッときた俺は……言葉通り、へそに力を込めて能力を使う。

 足元には魔法陣ができ、身体も白く発光する。身体中に力がみなぎるような、不思議な感触を味わいつつも、警棒を構える隊員に向かって突進をする。


 結果は散々だった。

 まず警棒を構える何人かの隊員に向かって突進したはずだが躱され、背後から首に向かって警棒をねじ込まれた。反撃しようと振り返ったものの、また裏から攻撃される。俺の攻撃は、彼らのバク転によって避けられ、跳ね起きによる蹴りで吹き飛ばされる。力を使っているはずなのに、惨敗だ。


 人間が相手ということから、意識的に能力をセーブしていたのも関係があるかもしれない。が、それ以上に、彼らには戦闘能力が元から備わっている。俺には戦闘能力が、ほぼ無い。


「その通り、素質を磨かなければ、薬物を使った素人相手には勝てても、プロには勝てない。どうする、プロの格闘家が薬物を使用して暴れていたら? 対処できるのは、君しかいないぞ」


 彼は俺を励ますように、そう語りかける。

 JDPA_Dに入隊するにあたって、戦闘用の訓練を受けた。しかし、大体は射撃訓練だった。近接戦闘は薬物使用者相手には通用しない。そのため、今の俺には近接武器等の使用に慣れていない。言っても、義務教育程度だろう。


「ここに過去のデータがある。2週間で仕上げるぞ」


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 場面は変わって、やや固めのマットの上。目黒基地内の体育館にて訓練を行う。もう夕暮れ時で、自衛隊の隊員はいない、俺とエヴァローズさんと目黒さんだけだ。


 やることは簡単。力を使った状態で、動きを真似する。

 俺は銀座での戦闘の際に、無意識のうちに”コルバタ”や”フランケンシュタイナー”といったプロセス技をかけていた。これらを練習したことなんて無い。能力が、俺を進化させる。


 何十体ものマネキンに向かって技を繰り出す。俺は能力を使用しているため、最初の方は簡単に割っていたが、途中から材質の変わった特別なマネキンを用意したようで、全く割れなくなっていた。疲れもあるからか、とりあえず蹴りを何発も繰り出す。


「それらのマネキンを10体割れたら休憩だそうです」


 目黒さんは大きな声で俺に呼びかける。

 鉄以上に硬い金属でできた、特殊なマネキン。気合を入れ、能力も使い直したが、結局1体しか割れずにそのまま休憩した。


「あれは耐久テストだ。君の足と、装備、どっちが早く割れるかのな。今までは基本編だったが、次は応用編だ。本格的な技を見るには、これに限る」


 エヴァローズさんはそう言うと、4枚程のDVDを取り出した。

 ディスクには『格闘大全集500』と書かれてあった。もしや……と思ったりもしたが、予想通りのことを彼は話し始めた。


「格闘家を呼ぼうとしたが、スケジュールが取れなくてね。私のコレクションだ、傷はつけないように扱ってくれ。目黒基地の一部屋を借りた、今日はここで泊まるんだ」


 彼はDVDをケースにしまい、スーツケースを俺に預け、基地内の廊下を歩き始めた。ここで寝泊まりだって? 冗談じゃない……とはならなかったが、家に帰れないのはしんどい。休んだところで気休め程度にしかならない。


 結局、言い返すこともできずに、彼について行った。何も飾られていない無機質な廊下を歩みつつ、どう攻略するかを考えていた。


 その晩、休憩がてらDVDの試合を鑑賞することになった。格闘技といえば……ボクシングにムエタイ、柔道・レスリング・空手・少林寺拳法・合気道など……色々ある。DVDにはこれらの技がほぼ全て入っているらしい。


 借りた一部屋に辿り着いたものの、どうみても男3人が入れるようなスペースは無い。4畳分か、しかし機材も置かれているため、どちらにしろ空間はない。この言い方は失礼だろうが、エヴァローズさんの体型は少し大きめだ。どうやっても入らない。

 これらの文句を彼に伝えると、彼のとった行動は部屋を広くするようお願いすることなく、俺を家に帰らせることもなく、目黒さんのみを帰らせた。


「後は私が引き受けた。これなら入れるだろう。最悪、廊下で寝れば良い。毛布も借りた」


 彼は、毛布とは言えない程の布切れを手に持っていた。


 夕食も基地の中でとることになっていたが、映像を見るため自室での食事となった。2人入るのもやっとなのに……と、中々不便な生活であった。


 それに格闘技のDVD、実際に試合の映像が使われている場面もあるが、基本は技の説明である。界隈では有名なのか、全く知らない専門家が、ボソボソとした声で、あまり知られていない単語を多用しながら説明していた。


 映像に熱中しようにも、画面に映し出されるのは、知らない専門家が描いた若干下手な絵である。著作権とか、使用料が高いんだろうな……と半ば制作会社に同情しつつも、首を傾げながら食事をとった。


 で、寝るのは廊下。エヴァローズさん1人と謎の機材で部屋は埋まる。俺の居場所は廊下しかなかった。俺は優遇とかされていない、普通の隊員として扱われている。能力を持っているから〜とかはない。単純に酒を飲み酔っ払った、太った技術者に部屋を譲らなければならない。別にいいが。


 薄い毛布に何とか包まり、色々と考える。

 俺はどうしたらいいんだろうと、不安に駆られることもある。一応は薬物使用者、いつ処分されてもおかしくない存在だ。


 吸った記憶なんてないのに……一体いつだ。

 何者かが俺の身体に注入したのかもな。そう他人のせいにすることで、俺は生き延びられる。


 そうこうしているうちに、寒さと疲れから風邪を引き、次の日は丸々休むことになった。

 能力持ちは風邪を引かない……なんてことはない。普通に風邪を引くし、普通にくしゃみや咳が出る。情けないが、今は治すのに集中しよう。


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