第11話 ヒーロー物・頭脳班

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 あの少年の名前は、谷町学たにまちまなぶ。高校3年生で受験を控えていた夏休みに犯行に及んだ。彼は爆発したために死体は残らず、遺族の元に死体を譲渡することはできなかった。


 一連の流れを説明しようとしたのだが、彼の母親は世間の目を気にしたのか、我々との面会を断固拒否。また彼の父親も霞ヶ関で働く人間なので、彼が犯人というのは公表しないようにと上から通達が来た。

 今はSNS社会、我々が彼を犯人扱いしないように報道させても、どこからか情報は漏れだす気もするが。


 結局、犯人は身元不明の男性。学生を襲った理由は『誘拐して身代金を要求したかったから』になった。また奴の爆発で生徒1人が巻き込まれて死亡した……という設定へと変わった。報道も全てこうなる。


 事実を知っているのは彼と彼の家族、現場にいたJDPA_D隊員と警察の方々と本部の人間。そして警視庁違法薬物取締課の人間だけ。気絶させられた生徒も、奴が仮面を被っていたことから直接顔は見えていない。


 この判断が正しいとは言えないが、そうしなければ前には進めない。


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「お疲れ、ネットニュース見た?」

 恵比寿の本部に着くや否や彼女に話しかけられた。


 先に述べた通り、世間は私立高校の事件のことばかり取り上げている。無実の生徒を巻き込んだ犯人を叩く者、その生徒を助けられなかった警察やJDPA_Dを叩く者、はたまた警察が隠蔽工作をしていると疑う者。真実に辿り着く者はいなかったが、JDPA_Dに対する風当たりは強い。


「JDPA_Dが解体されなかっただけマシですよ……」と俺は答えた。


 警察と自衛隊だけでは市民を守りきれないと思っている。通常の事件を取り扱わないといけないのに、その上特殊な薬物使用者の事件も取り扱うとなると、警察たちの負担は大きくなる。

警察たちのためにも、市民のためにも……JDPA_Dは必要だ。


 恵比寿の本部には既に全ての関係者が揃っていた。技術者の西山さんや、捜査一課の鎌切さん、違法薬物に詳しい学者のエヴァローズさんもいらした。


「君があの”Hero”か、話は聞いているよ」


 彼は俺に手を差し出した。その手を強く握りながら軽く挨拶をしておく。実際会ってみたら気さくな方だった。長い髭を生やし、筋肉質な肉体を有しつつも腹はボテっと出ている。

 彼女曰くイギリス出身らしいが、日本語はマスターしている。




「我々警視庁違法薬物取締課……STAGEが結成されてから早2ヶ月。最初は風当たりも強かったけど、彼が来てくれたことによってある程度活動範囲も広がった」


 彼女は本部の真ん中に立って、皆の前で話し始める。彼女は課長ではないが、実質ここをまとめているリーダー的な存在だ。


「そこで警視庁からあるデータが届いた、タブレットを見て」


 支給された薄型タブレットに、ある情報が送られてきた。池袋駅前の地図と発光現象の起こった位置がまとめられた物。ここ数日で、同時に発光現象が起きていたらしい。特に悪事を働く訳でもない、発光して終わるだけ。


 奴らの顔写真も映し出される。モヒカン頭の人もいれば、眼鏡をかけた真面目そうな人もいる。

薬物使用自体が違反だが、彼らは何の目的のために使用しているのか。快感を得るためだけか? それならもっと人目につかない所で吸うはずだが。


「彼らの目的も意図も何も分からない。だから池袋駅付近の、警視庁・自衛隊・JDPA_Dの合同捜索が3日後に予定されているの。我々ももちろん参加する。我々が今すべきことは、彼の強化よ」


 彼女は俺を指差しながらこう言った。


「幸い、彼が能力保持者と知っている人は限られている。目撃情報がないから、世間には知られていないし、警察内でも知らない人がほとんど。外に情報が漏れたら、彼の命を狙う輩が現れるに違いない。だからこそ今のうちに、彼を強化させよう」


 基本的には顔も隠さずに、ありのままの姿で戦闘を行っているが、一般市民の目撃情報は無い。あるかもしれないが、口は出せないだろう。事情を知らない人から見れば、俺も薬物使用者も同じ、大差は無い。


 警察内部にもあまり知られていない。

 これは単純だ、知ってるのはSTAGEのメンバーと、JDPA_Dの上層部、それと現場にいた隊員と警察官のみ。後者に至っては、半分以上が……もういない。


 それにしても、強化させるとはどうやるのか。


「池袋駅での合同調査の件は私たちでやっておくから、目黒とエヴァローズさんと一緒に訓練を受けてきて」


 俺の目の前で、彼女はそう言った。

 彼女の隣には、目黒……さんという男が立っていた。エヴァローズさんは分かるが、目黒さんは新入りなのにも関わらず、俺の訓練に付き添うことになっていた。彼にも隠された……格闘技術でもあるのだろうか。


「直ぐに訓練に向かえ」という指示だったため、3人で目黒基地に向かった。用途はよく分からないが、謎の機械が入った、重たいスーツケースを彼女に幾つか渡された。これは一体何に使うのだろう。


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「キッカケは何でも良い、俺は”ジャッキーチェン”に憧れ、格闘家を目指していた。夢を追い続けたが諦め、色々とあって学者となった。専門的な知識は無くとも、直感は働く。経験とキッカケが全てだ」


 彼……エヴァローズさんは炭酸飲料をズズズと、音を立てながら豪快に飲み干した。

 目黒基地内の待合室で休憩しつつ、どうしてSTAGEに入ることになったのかを皆で話しているのだ。


「僕は”ヒーロー物”が好きで……ヒーローになりたくて、入りました。JDPA_Dに入隊したものの、体力テストに引っかかり……という所で、STAGEに入れさせてもらいました。あくまでも”頭脳班”という立ち位置で」


 目黒さんは俯きつつ、申し訳なさそうに話す。


 もしや、彼が俺の訓練に同行させられた理由というのは……ヒーローが好きだからなのか。馬鹿げてる理由のようで、もしかしたら天才的な発想を持っているのかもしれない。


「お時間です、こちらへ」


 自身の話をしようとした所で、目黒基地の係員に呼ばれた。訓練の時間だ。重たいスーツケースを持ち、基地内の飛行場に向かった。


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