第10話 薬物を使用した学生

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「お前、ここの学生だろ?中学生か高校生か知らないが」

 俺はもう一度、奴の目を見て尋ねた。


 薬物使用者は小柄という情報が入った時から、薄々感じてはいた。

 ここは私服登校が可能な学校。それを分かっていて、また顔を隠すためにもパーカーで来たのだろう。仮面が取れた奴は、子供の顔。思春期男子でニキビだらけ、顔から見るに高校生といったところか。


 奴は図星を突かれたように目を泳がせその場から逃げ出そうとしたが、俺が咄嗟にフードを掴んだため、子供なりに逃げようと暴れ回っている。


「何故こんなことをした? 犯罪だぞ、それに人を気絶させて何がしたいんだ?」


「うるさい! 1位を取らなきゃいけないんだよ!」


 仮面が外れた奴の声は加工されておらず、声変わりしたての低い声でそう返してきた。

 しかも奴はこの期に及んで”1位”を気にしていた。学生だから、1位というのは期末試験とかの順位の話だろう。


「頼むから、ボクを逃がしてくれ!」


 奴は俺の頭を両手で掴み、また気絶させようとしてきた。脳に大量の情報が流れ込む。

 源氏物語、シグマの公式、日本史の年号、化学式、英単語。この情報量で相手の脳をパンクさせて気絶させるつもりなのは分かるが、相手を間違えている。俺は能力で、自我を保ち続けることに成功した。


 更に奴は小さくて脆い、少しの張り手でも吹き飛ぶ。能力で強化されている面もあるだろうが。


「もう一度聞く。何故こんなことをする? 返答によってはここから逃がす」

 一応は奴が答えやすいように質問した。奴もそれを汲み取ったのか、まんまと答えた。


「言うよ、ボクの親は成績に厳しいんだ。1位を取らなきゃ晩ご飯すら食べられない。家の外に放置される。そんな悪循環の中で成績が良くなるはずもない」


 何処にでも毒親というのは存在する。俺の両親も、ご飯は食べさせてくれたが、家には殆ど帰ってこなかった。研究に没頭するあまり、育児放棄。

 奴の親は、1位を取らなきゃウチの子じゃありませんよ……と言わんばかりの行動をしている。あくまで俺の持論だが、そんなことをしたところで人の成績が上がる訳がない。それで上がったとしても一時的すぎる。

 だから奴は馬鹿という言葉に反応していたのか。日頃から馬鹿と罵られているのかもしれない。


「ボクの能力は、人の記憶の一部を奪い取る物だ。この能力さえあれば、テストで1位になれるんだよ……!」


 哀れな人間だ。テストという学生生活において一時的な行事に囚われ、犯罪に手を染めるとは。それも親を殺すとかいう能力でもなく、あくまでテストで1位を取るための能力。最後の最後まで囚われている。今も、だ。


「なるほどな、能力は分かった。もうひとつ質問しよう、この仮面はどこで手に入れた?」


 俺は落ちていた赤い画面を手に取り質問した。

 鎌倉駅前の事件の時も、甲冑を着た男は仮面を被っていた。その上、この仮面にはボイスチェンジャーが搭載されている。形状も前回の甲冑男と似ている。顔を隠すためだけに仮面を被っている訳ではないと推測できた。


「それは言えない、ある組織の方々から粉と一緒に受け取った。『これで世界を救おう』とかいう胡散臭い言葉と共に」


 奴は殆ど答えを言ってくれた。甲冑男も俺を団体に加入させようとしていた。薬物使用者だけの団体があるのは分かったが、無償で粉を配布している組織があるのか。


 ここまで親に束縛されている奴だ、お金を持ち出せるようなことは恐らくできないだろう。粉の売買には到底参加できないほど、粉の値段は高い。吸えば願いは叶うし、快感も得られる。それを生業として生きている人間もそう少なくはない。


「分かった、ここから逃げろ。周りには警察がいるから俺が裏口まで案内する。まずはこっちに来い」と穏やかな口調で奴を呼び寄せる。

 奴もまんまと引っかかり、俺の元に駆け寄る。


 俺はすかさずズボンのホルダーからバイト・スタンガンを取りだし、奴の首元に軽く当てた。


 ジジジジ……と大きな音を立てて起動したスタンガンは奴の首元で強い電流を放つ。奴は自分が騙されたということを自覚し、悔しい表情のまま気絶していった。


「こちら星田。薬物使用者気絶、校門付近まで運ぶため救護班要請頼む。繰り返す……」


 俺は奴を両手で抱え、校門へ向かう。


 奴は大人に対する恨みが強いだろう。実の親には半分育児放棄され、信用しかけた俺にはスタンガンで気絶させられる。

 が、仕方がない。薬物を使用していて、俺に見つかったのが運の尽き。


 それにしても、甲冑男もこの少年も、バックに謎の団体がいる。粉を配って世界を転覆させようとしているのか、どちらにせよ俺たちの敵だ。彼にも話が聞きたい、まずは治療して薬物と人間を離そう。まぁ、薬物使用者で生き残った例は稀なのだが。殆どが気絶という段階に行けないからな。


「星田、こっちだ!」

 課長や瀧口さんが校門付近に立っていた。救護班の特殊車両も、俺を拘束していたあの器具もある。


 これで一件落着だ。






「殺してやる」

 気絶していたはずの奴が目覚め、俺の耳元でそう囁いた。更に奴は暴れ出し、俺の腕から飛び出した。


「完全に気絶していないじゃないか……!」と周りの隊員含め俺を責め立てるが、それより俺は彼のことが気がかりだ、何をしでかすつもりだ。


「許さない、殺す……」

 奴は小さなナイフを靴下から取り出し、俺に向けて構えた。それを見た隊員も奴を円形に取り囲み銃を構える。


「やめろ、構えるな」と両者に対して言うが、もちろん両者とも構えたまま。奴も俺に向けるのは構わないが、他の人間を襲う可能性もある。

隊員も、このままでは奴を刺激するだけだ。


「死ね!」

 奴は叫んだ後、自身の喉を切り裂いた。奴は甲冑男と同じ結末を迎えることとなった。


「またかよ……」

 俺はその場にしゃがみこむが、落ち込んでいる場合じゃない。奴が本当に死んだなら爆発が起きる。学生の大半は避難させたが、まだ校内に残っている可能性もある。


「野球場がある、子供なら爆発の範囲もある程度狭まるはずだ!」


 課長が俺に言った。俺もまだ能力を使えるはずだ。奴を両手で抱えたまま野球場に向かって跳んだ。幸い、生徒は居ない。


 少年を野球場の真ん中に放置し、校門にいた隊員を少し遠くに避難させる。

 子供の薬物使用者は初めて担当する。だからどれくらいの爆発が起きるか分からない。が、1分の間にできることは何でもやろう。


 激しい爆発音と共に、野球場が黒い煙に包まれた。


 甲冑男も少年も自害という道を選んだ。若い芽が刈り取られるように。


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