第9話 天才コンプレックス
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またワゴン車に乗ることとなった。
実験はあの場ではできない、ホテルの真下を借りている状況らしく、実験が失敗して爆発したとなればホテル側に迷惑がかかる。そうすればこの課も自動的に排除される。
代わりに自衛隊にはコネがあるからと、目黒基地の一部を借りているらしい。
確かに、この力には不明点が多すぎる。どうすれば能力が発揮できるのかも、そもそも俺がいつこの粉を吸ったのかも、ほぼ何も分かっていない。いつ爆発するかも分からないからな。
「着いたよ、荷物を持ってもらえると嬉しいな」と彼女がまた言うので、搭載してあった荷物をまた持つ。今回搭載しているのは謎の機械。見ただけでは何の機械か一切予測ができない。
他の方々は別の車で来ていた。皆ワゴン車で、大量の荷物を抱えて降りてきた。
「まずは星田くん、これを着て」
渡されたのは、何やら大量のコードが繋げられた緑色のベスト。弔う会でスーツを着ての参加だった故、夏本番で暑いのにも関わらず、謎の機械に接続されているベストを着せられた。
「君がどのようなタイミングで能力を発揮できるのか、この機械でチェックするから。とりあえず魔法陣出せる?」
言われた通りに全身に力を込めるも、鎌倉の海岸の時のように何も起きない。息切れする程力を込めても、だ。
「まぁできないか。次は……このナイフで自傷行為をしてみて」と彼女からナイフを手渡された。
確かに過去の戦闘時、俺は怪我をしていた。銀座の時は左手と脳、鎌倉の時は右肩といったように。だが、それが繋がっているとは思えないが、実験をしなければ断ち切れないのも事実。
あまり痛みが出ないように、かと言って中途半端だと実験の意味が無い。左の手のひらにナイフを入れ、バッテンを描くようにザクザクと切り裂いた。
「どうだ?」
「力がみなぎったか?」
左手からは大量の血が溢れるだけ、力も溢れずにただただ自らの手に激痛が走る。
痛い、痛すぎて声も出せない。周りの人間も驚いたまま、迂闊に手を出せない。このまま爆発する可能性だってあるからか、皆近づけない。
一定時間が経ち、草原を丸々血で染めようとしたところで、課のメンバーの誰かが救急セットを持って来てくれたため、何とか九死に一生を得た。
「自傷行為ではないです、絶対に」
息を切らしながら、俺は彼女らに伝える。血は止まらない、応急処置として包帯でぐるぐる巻きにしただけ。
涙目で訴えたこともあってか、実験は一旦中止になった。
が、また始まった。
「港区の私立男子高校に薬物使用者の出現との通報あり、直ちに私たちも現場に急行せよ……とのことだ」
薬物使用者は如何なる時でも現れる、それも全国に。最近は首都圏での目撃情報が相次いでいるが、少し前までは地方でも出没していた。
それに今回の現場は私立高校。夏休みとは言えども、中には部活で学校にいる生徒もいるだろう。もし薬物使用者がその中にいるとなると、生徒を人質に取ってくる可能性が高い。
「星田、行けるか?」と課長に問われる。
行くしかない。左手がどんなにズタボロでも、助けを求めている人間がいる。
「行きます」
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「薬物使用者は、触れた相手を気絶させる能力を保持している可能性大。現場には150名程度の生徒が取り残されている模様。特徴は黒いパーカーに、赤い仮面。小柄で--」
俺たちは目黒基地からそのまま来た。そのため特殊な装備は持っていない。手元にあるのはスーツと予備の拳銃のみ、車に積んでいたはずの特殊装備は基地に置いてきたらしい。
かつ、今回は生徒が取り残されている。市民を傷つけては、最悪の場合全てが1からになる。市民を薬物使用者から守るために設立された組織が、市民を巻き込んで戦闘をするなど言語道断の事態である。
事前情報として知っているのは、今回の現場の私立高校は私服での登校が認められているらしい。警備の人間を能力で気絶させてしまえば、入り込んだ先では暴れ回り放題だ。夏に黒い長袖パーカーは少し不自然に感じるがな。
さて、中に生徒がいるから、迂闊に武力行使で突入なんてことはできない。薬物使用者を説得させようにも、手段がない。さらに仮面を被っており顔の特定すらできていない。どうにかこの状況を打破する策はないのか。
「本部から連絡が入った。星田、君1人を現場に突入させよ……とのことだ」と課長から告げられる。
俺1人を……突入させる?無茶な作戦を本部は思いつくな。能力があるから入れ、でも犠牲者は出すな、そういう意図があるのは目に見える。
だが、この場で立ち止まっていても仕方がない。謎めいた緑色のベストとジャケットをその場に脱ぎ捨て、予備の拳銃とバイト・スタンガンをズボンのホルダーに隠し持ちつつ、ほぼ無防備な格好で突入することにした。
薬物使用者の位置は本部からイヤホンで伝えられる。そのため、俺はそこに向かう。教師陣から借りた地図を見つつ、犯人がいるとされる音楽室に辿り着いた。
「来たのか、お前1人か?」
薬物使用者の声は加工されているかのように、ドスの効いた声で俺に問いかけた。
「あぁ、俺だけだ。それより、何故こんなことをする?」
「答える訳が無いだろ、馬鹿か。お前みたいな馬鹿はとっとと家に帰れ、馬鹿が」
奴は馬鹿という言葉を分かりやすいくらいに連呼した。馬鹿という言葉にコンプレックスでもあるのか、というくらいに。
「仮面を取れ、取らないなら撃つぞ」
俺はそう言いつつ、予備の拳銃を構える。
「黙れ馬鹿野郎、誰がお前の要求に応じるか」と奴はえらく反抗的な態度である。
しかし俺が奴の対応をしている隙に、警察やJDPA_D隊員は、人質に取られている生徒を解放しているはずだ。奴との話が長引けば長引くほど、助かる生徒が増える。
ここで撃つことも可能だが、奴の能力が”触れた相手を気絶させる”だけということは無いはずだ。無闇に手を出しては返り討ちにあう可能性だってある。俺は拳銃を構えたまま様子を見ることにした。
「お前は要らないが、この世に存在しても厄介なだけだ。消えろ」
奴はそう言うと、俺に飛びかかってきた。俺を気絶させる気だろうな。
拳銃をしまい、廊下に出て逃げようとするも、既に奴の手が俺の背中に触れていた。一気に脳内に色々な情報が流れ込んでくる。
古典単語、日本史の用語集、数学の公式、英単語のイディオム等、一気に流れ込んでくるためか脳がパンクしそうだ。この攻撃で他の生徒たちは気絶していったのか。
が、俺は能力を使える方の人間だ。
振り返って奴の腕を掴み、その状態のまま能力を解放した。白い魔法陣が足元に現れた上に、脳内を埋めつくしていた何かも完全にリセットされた。力もみなぎり、左手の怪我も修復された。
俺は奴の仮面を取り、投げ飛ばした。廊下の端から端まで投げ飛ばされた奴はその場でうずくまった。立てないのか、顔を隠しているのか。奴の細い腕を持ち、無理矢理顔を見ることにした。
これで繋がった。
「お前、ここの学生だろ?」
俺は奴にそう尋ねた。
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