第8話 STAGEの本部

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 鎌倉駅前の事件から2日が経った。

新宿区で行われた犠牲者を弔う会に出席した後、警視庁違法薬物取締課の本部に向かうこととなっていた。

 まぁ、まずはこの会の説明から始めなければ。この会は年に4回、薬物使用者が関わる事件で命を落とした方々を弔うための会である。基本はJDPA_Dの隊員、自衛隊、警察官が参加するが、市民が巻き込まれることもあるため、その時は少数の市民が参加する。


「何で私の息子を見捨てたのよ!」


 女性の泣き叫ぶ声が聞こえる。母親らしき人間が、警察の集まりに向かってそう叫んでいる。息子が巻き込まれたのだろう。息子が市民か警察側の人間かはこの様子からは分からないが、関係ない人間に泣きつくのは……精神的に追いやられているからしょうがないか。警察の集まりは彼女の存在を無視し、身内の会話をしている。逆にここまで無視できるのも恐ろしいが。


「やっぱり居たんだ」


 誰かから急に話しかけられた。振り向くと、そこには瀧口さんが立っていた。


「先日はお疲れ様、よく寝れた?」


「まぁ、ぼちぼちですね。流石に駅前の光景がまだ……忘れられなくて」


 鎌倉駅前、能力使用時はあまり気にならなかったのに、能力を解除した後一気に気持ちが悪くなった。吐き気も催す上に、トラウマになりかけた。今まで何度も同じような光景を見てきたはずなのに、今回だけ異様に心に残っている。


 彼女も俺の返答から察したように肩をすくめた後、また質問をした。


「今日は車で来たの? 電車なら、一緒に本部に行こっか」


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 本部があると説明されたのは恵比寿駅付近のビル。詳しく説明はされず、恵比寿駅集合となっていた。だから少し戸惑っていたのだが、彼女と行けるなら一安心だ。


 彼女の車は、一般的なワゴン車。後ろには何時でも薬物使用者を捕まえられるようにと装備を大量に積んである。


「そういえば星田くんは何年生まれ?」

「俺は、2004年の4月生まれです」

「じゃあ、私の一つ下だね」


 彼女が俺の先輩というのは薄々感じていたが、1歳しか変わらないとは驚きだ。落ち着いた雰囲気もあってかもっと歳上にも見えるのに。


「そういえば、君の生まれはどこなの?」


「神奈川県です。小田原市っていう、西の方の……」


「分かる分かる、提灯とかおでんとか有名な所だよね」


 生まれは神奈川県小田原市、でも小学校に上がるくらいからはもう小田原には住んでいない。それくらいの年齢から、俺は児童養護施設で暮らしていた。

 理由は両親が俺を残して失踪し、親戚が誰も俺を引き取ろうとしなかったからだ。高校受験前になってやっと引き取り先が見つかったが、それもまた遠方の親戚で、結局北海道で暮らすことになった。その後、大学生になってから上京してまた戻ってきた。


 複雑な流れだが、両親とも何かの研究者だったらしい。何を研究しているかは俺に伝えてくれず、俺も分からないまま親が帰ってくるのを待っていた。結果、研究者の道を優先したのか帰ってこなかった。


 今考えれば、ただの育児放棄だよな。


「あ、着いたよ」


 車のドアを開け、周りを見渡すと……目の前に大きなホテルが建っていた。


「ここですか?」

 俺は大きなホテルを見上げながら、彼女に聞いた。


「そう、ここよ」

 彼女はワゴン車から何故か降りずに返事をした。


「星田くん、本部はここだけど……ここじゃないの。まだ車に乗っててね」と何故か引き戻す。ここだけど、ここじゃない。言葉の意味は分からないが、そのままもう一度車に乗る。


 ワゴン車はホテルの地下駐車場に入っていく。奥の方に警備の人間がいたが、彼女の顔パスで難なく通れた。

 やがてワゴン車は地下駐車場の奥のトンネルを通過し、数台しか停められない小さな駐車場に車を停めた。


「まだ降りないでね」という彼女は忠告する。


 ゴゴゴゴ……


 どこからか巨大な音が鳴り響いた。音と共に、俺たちの乗る車が徐々に下がっていく。車を運ぶエレベーターらしいが、もしやホテルの地下駐車場の更に下に本部があるのか。


 フロントガラスから周りの様子を確認していたが、暗闇に包まれていた車内が一気に明るくなる。着いたのか。

 白い壁に囲まれたSTAGEの本部。大量のPCや巨大なモニターもある、何もかも揃っている。奥の方には専用のバイクも何台かある。


「もう降りていいよ、できたら荷物も持ってほしいかな」


 彼女の言葉通り、ワゴン車に搭載してあった特殊な荷物を取り出し、彼女の元に持っていった。既に科学者も警察官も彼女の近くにおり、俺を待っているようだった。


「彼が”例の薬物使用者”……まぁ、私たちの味方だけど、ほら……ね」と彼女は言葉を濁す。


 どうやら警視庁違法薬物取締課内では俺のことを”例の薬物使用者”と呼称していたらしいが、本人の目の前でその呼称は使えないと自覚したのか、どう呼ぼうか考えたものの思いつかなかったやつか。


「俺は星田健誠です。今は25歳で……そうです。鎌倉駅前の事件の”アレ”です」と俺も自己紹介しつつ、含みのある言い方をして誤魔化すことにした。


「君が渡辺を救ってくれたのか、私はここの課長の山口涼平やまぐちりょうへいだ。宜しく」


 彼が言う渡辺……という人物は特に聞いたこともないが、彼に差し出された手を強く握るように握手をした。渡辺という人物を知らない俺を助けるように、彼女が渡辺という男を説明した。


「あの、銀座の事件の時に1人の隊員を助けたよね? その時の人が渡辺さんだよ」


 銀座での事件の映像を後から見て知ったのだが、俺は1人の隊員を守っていた。その人物は無事だったらしく、今は入院しているとの事らしい。その男と目の前にいる課長が昔からの知り合いで、俺がこの課に入れたのも、俺があの隊員を守ったから、その恩として受け入れたらしい。


 ありがとう、あの時の無意識の俺。もしも渡辺という男を助けていなかったら、俺の首は飛んでいた。


「他にも……技術者の西山咲にしやまさくらさんだったり、警視庁捜査一課の鎌切栄光かまきりえいこうさんや、ここには居ないけどウール・エヴァローズさんっていう学者さんもいるわ」


 課の紹介をされつつ、薄いタブレットを渡された。そこには課にいるメンバーの名前と職業がデータとしてまとめられている。メンバーの合計は20人ほどで、半分が警察官だが、中にはJDPA_Dから来た技術者もいる。警察とJDPA_Dが協力して設立された課なのがよく分かる。


「じゃあ、自己紹介は程々にして、早速移動しようか」


「え、何処にですか?」と思わず聞き返した。


「航空自衛隊目黒基地の一部を貸してもらってるの、君の実験のためにね」


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