第37話 ゲオーニ

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「もう少しで着く、場所は変わっていなかった」


 ドラゴンは俺たちにそう言った。徐々に降下していく、雲を抜けた先は暗く、大量の塔が並んで建っていた。何百本はある、しかも均等に同じ高さで並べられている。技術が素晴らしい、人間が作ったものなら尚更。


 さらによく目を凝らして見てみると、ドラゴンと思われる生物が大量にいた。俺たちが乗っているのは赤いドラゴンだが、他のドラゴンは緑だったり青だったりと種類が豊富であることが分かった。シアンさんの研究でも、ここまでのドラゴンは見たことないだろう、そのくらいのドラゴンがここにいる。


「ドラァァァアア!!」

「グロォォォォオオ!!」


 地面の何百本も建っている塔から十数匹のドラゴンの威嚇の鳴き声が聞こえる。鋭い目と牙を持つヤツらが、鋭い声で鳴く。ドラゴンというのは目がいいはず、となると上空にいる俺たちが見えているのか。それともこの赤いコイツに対して威嚇しているのか。


 しかし、このままでは着陸できない。赤いコイツも上空を飛ぶだけ。この状況じゃ仕方ないのかもしれない、流石に俺でも怯える。


「悪い、旧友を見つけた。そこに着陸する」


 赤いコイツが向かった先は、他の塔とは違って少し高く、所々に赤い龍の模様が描かれている。向かった先にいたドラゴンも赤いが、コイツとは違ってガッシリとした身体をしている。


 ズッシシシ……


 派手な音を立てて着陸した。その瞬間、周りで威嚇していた他のドラゴンもこの塔目がけてやって来る。そのくらい赤いコイツは信頼されていないのか。


「久しぶりだな、ゲオーニ。捨てた故郷が恋しくなったか」


 立派な身体を持った赤いドラゴンは、俺たちを睨みつけながらそう言った。また、赤いコイツを煽っているのも感じ取れる。


「こちらこそ、愛する故郷に用事ができた。この男の傷を治してほしい」とヤツは言い、ガイアさんの身体をゆっくりと持ち上げて、他のドラゴンの前に差し出す。


 が、赤いドラゴンは空を見上げ、怒りを込めた声で叱り始めた。


「ゲオーニ、お前は守るべき塔を捨て、穢れた人間と共に歩む道を決めた。それも独断で、私たちに相談することもなく。これらは立派な裏切りだ、のこのこと帰って来たお前を許す奴がいると思うか?」


 周りのドラゴンも「そうだ、そうだ」と言わんばかりに、一斉に鳴き出す。


「私は人間と共に暮らしたい、しかし皆は人間を嫌っている。何故だ、何故この美しく尊い生物を嫌う? 例えモンスターだとしても、この感情を押し殺す訳にはいかない」


 コイツの意見をまとめると、人間は尊い生物だから人間と共に暮らしたい。でも周りのドラゴンは人間を嫌っているから、そのことを言い出せないまま人間の住む村に向かった、ということか。


「お前は結果的に汚い人間に裏切られた、だからちっぽけなあの塔に他のモンスターと共に閉じこもったんだろう。あの塔のボスになったんだろ、気分はどうだったか? 尊く汚い人間に嫌われた気分はどうだったか?」


 リーダー格の赤いドラゴンは煽りを入れつつも、怒りを込めた表情でヤツに尋ねる。尋ねる、なんて優しい表現を使っていいのか分からない。顔からいつか炎も出るのではないか、そのくらい怒っている様子が見える。


「あの、人間は洗脳されています。ドラゴン様やモンスターを憎むようにと洗脳されているだけです」


 突然、ロックが口を開いた。この状況で話に割り込める彼の度胸も素晴らしいが。


「何処かで見たことがあるな。悪いが人間の意見は聞いてない、この太りきったなり損ないの龍の話を聞いている」と彼は軽くあしらわれた。


 が、そこで怖気付くのも彼ではない。


「私は過去に貴方に助けられました、絶対にそうです。目の上に傷痕が見えます」


 傷が治っていて見えにくかったが、確かに瞬きをする度に薄らと傷の痕が見えていた。

 強大な精神力を持った彼は、更に続ける。


「私は以前、ゴブリンに村を襲われた時に赤いドラゴン様に助けられました。それは絶対に貴方です。何で穢れて汚れた人間を助けたのですか?」


 彼は核心を突くような問いを投げかけた。

 周りのドラゴンも驚いた顔をして、リーダー格の赤いドラゴンを見上げる。逆に言われた本人はズッシリと構え、何の表情の変化もない。


「人間を助けたのではない、ゴブリンの悪業を止めたのだ。奴らは突然狂ったように人間を襲い始めた、いつか他の生物にも影響を与える、それを止めたかっただけ」


 そのゴブリンも、人間に洗脳されているだけ。洗脳されている者同士が争った、胸糞悪い出来事に過ぎない。


「まぁ、了解した。この男の傷を治してやってもいいが、何か対価交換でもしよう。このままでは私たちが不利ではないか?」とリーダー格のドラゴンは言う。


 俺たちは戦闘が終わった直後、真新しいものどころか、ほぼ何も持っていない。ドラゴン自体何を欲しているのか分からないこともあり、何も渡せる物はない。


 リーダー格の赤いドラゴンは、動けない俺たちを睨みつけた後にこう言った。


「何もできないのなら帰れ、帰らないなら力ずくであの世界に送ってやろうか」


 やはりドラゴンを信頼してはいけなかった。周りのヤツらは、もう火を噴く準備を始めている。あの世界とは天国とか地獄とかの括りか、どちらにしろ”死ね”ということじゃないか。


 こうなっては仕方がない、こっちの太ったドラゴンは戦闘に向いているかというと微妙だ。ここは俺が戦うしかない。如何せん、やる気と殺気には満ち溢れている。力が追いついているかどうかは関係ない、いや関係はあるが。


 俺はガイアさんの背負っていた剣を抜いた後、両手で構えた。それを見たロックとヘイトリッドは止めるように俺を掴むが、それくらいの力で怯む人間ではない。


 と、リーダー格のドラゴンは、周りのドラゴンに攻撃を止めるように伝え始めた。俺が剣を構えたからか、いや違うか。


「私の目が正しければ、お前の身体は半分濁っている。実に興味深い」


 お前というのは俺か、俺の身体が半分濁っている? 意味が分からない。が、攻撃を止めてくれたのはありがたい。


 ロックがポケットから指輪を取り出し、それをドラゴンに渡した。


「この指輪についている宝石は、人間界でも貴重な物です。どうかこれで、男の傷を治してください」


 これはドラゴンの背中でも出していた指輪、恐らく彼の奥さんとの大事な結婚指輪なのだろうと予想したのだが、それを軽々しくドラゴンに差し出した。軽々しく、ではなく、覚悟を決めたのか。


「この指輪と、この男の傷を治す。対価交換で行こう」


 ドラゴンはそう言うと、ゆっくりとガイアさんの身体に手をかざした。

緑色の光が、塔を包む。光で見えにくいが、彼の身体の傷が徐々に治っていくのが分かる。


「さぁ、終わった。半日で目覚める。荷物をまとめて帰れ」


 その言葉通りに、塔を後にした。


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