第36話 終わらせる

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 ガイアさんは前に言った通り、全身はモンスターの血で赤く染まり、爆発を直で受けたのか息をしていない。


 ヘイトリッドはガイアさんの元にすぐ駆け寄ったが、ロックはドラゴンの方に駆け寄った。


「ドラゴン様……」と彼はドラゴンの死を優先して哀れんでいる様子。モンスターと人間の死を比較するわけではないが、ヤツはもう完全に息を引き取っている。どうやっても生き返る術はない。


「もう諦めろ」

 俺が声をかけるも、彼は無視。それどころか、何かを探している様子だ。


「私はドラゴンの治療薬を持っている」

 彼は1本の瓶を高く掲げた。そして蓋を開け、ヤツの口の中に治療薬と思われる液体を放り込んだ。ヤツの青白く硬直していたはずの身体は、徐々に紅くなっていく。それどころか、目に輝きを取り戻した。


 ドラゴンに対する彼の態度は以前から気にしてはいた。何故ここまでドラゴンに”様”を付けるのか、そして何故ドラゴンの治療薬を持っているのか。偶然、で済まされる事象ではない。


「その話は後でしよう」

 俺の独り言が聞こえていたのか、まぁいい。


 ドラゴンはみるみる回復した。傷も消え、目に輝きを取り戻し、紅い身体が復活を遂げた。


「私は……どうして」とヤツ自身驚いていた。


 何とかヤツに状況を説明する。巨人に殺されたが、ロックが治療薬で治したこと。逆にガイアさんが奴の爆発に巻き込まれて、息をしていないこと。巨人は謎の雷で敗れたこと。

 ヤツは上半身裸の俺を見るなりこう言った。


「服はどこいった?」と。呑気だな、服くらいどうだっていい。下半身じゃないだけいいだろう。


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 皆、ガイアさんの所に駆け寄った。

 爆発が起きてから10分は経ったか、ここにいる皆は、彼がもう助かる見込みがないことを何となく察していた。

 助けられるなら助けたいが、モンスターの爆発に巻き込まれた、モンスターの仕組みがよく理解できない以上、どう助けられるかなんてのも分からない。


 と、ここでドラゴンがあることを言った。


「他のダンジョンに……私以外のドラゴンが居る。そこに行けば、人間を復活させられる薬があるかもしれない」と。


 装備を探した時にも、他のドラゴンの存在を仄めかしていた。色々とあって、何百年以上会っていない……ということも言っていたな。


 しかし何百年以上経っているとなると、そのダンジョンの位置もある程度変わっている予感もするが……。

 とは言っても、ここで立ち止まっていても仕方がない。行動を起こすしかない。


「飛べるか?」

「何とかなるさ……」


 一応ヤツも先程まで死んでいた。ロックの治療薬で復活を遂げたのだが、それでもある程度の支障は出るだろう。

 それにしても、治療薬で死から復活できるのか? 蘇生とかではなく、治療で。


「背中に乗れ、6時間で着くはずだ」


 単純計算で、俺たちの現在暮らす村からこの城までの距離の2倍はある。しかも俺は上半身裸のまま、このままでは凍えて……かもしれない……。


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 ヒュウオオオオオオ……

 風を切る音がずっと聞こえる。今は何時だろう。


 ヤツは俺たちを振り落とさないように、安心安全の飛行で運んでいた。俺たちもヤツの身体にしがみつく。だが、俺はこのドラゴンの背中に乗って移動するという行為に慣れてきていた。6時間、何も話さないのは退屈だ。


「ロック、どうしてドラゴンの薬を持っていた? 治療薬もだ」


 これらの話は今のうちに聞いておこう。彼の過去について、少々興味がある。


「長い話になるが……いいな?」

「あぁ……」


 それしか言いようがない。暇つぶしにはちょうどいい、つまらなければ話を切るが。


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「私は30年前、この世に生まれた。普通の家庭で、普通の教育を受けた……と言ったが、実は違う。幼い頃から対モンスターの訓練を受けていた」


 彼は戦闘を避けているように感じた。城内での戦闘の時は「君ならやれる」とか言い、俺を前に押し出した。戦闘に不慣れならまだしも、できるのなら俺を押し出した意味は何だったんだ。


「私が暮らしていた村は、モンスターに対して良い印象を抱いていなかった。そういう環境で育った私は、モンスターを殲滅させる”勇者”になることを誓った。今では幼い人間の戯言だがな。それに、私は戦闘の訓練を休みがちだった。そこまでやる気もなく、言われるがままに訓練に参加していた自分が嫌になってきた」


 勇者……勇ましい者。意味は討伐者とほぼ同じだろう。どちらも、国や政府の奴らに踊らされていただけに過ぎない存在だったが。


「普通の村とは言ったが、特殊な要素がひとつだけ存在する。それはドラゴンを神として崇める宗教団体の人間が村長と知り合いで、私たちもドラゴンに様をつけて崇拝していた。見たことも聞いたこともない生物を崇拝しろと言われた幼い私は、意味が分からないままずっと赤い龍を崇めていた」


「話が脱線したな。私は訓練を受けなかったが、実際に勇者になった。女性とも婚約した。守る人ができた、尚更モンスターからこの人たちを守らなければ……という熱い気持ちに駆られて、真剣に活動を始めた」


 彼はポケットから指輪を取り出し、それを優しく撫でながら、また話を進めた。


「幸せは長くは続かない。それは嵐の過ぎ去った日の夜、突如ゴブリンが私の住む村を襲った。寝静まった村、夜警の人間も既に殺されており、気づいた頃には村全体が囲まれていた。妻もだ、彼女も巻き込まれた。次は私が殺される番となった時に、来た」


 撫でていた指輪をポケットに戻し、代わりにドラゴンの背中に優しく触れた。


「目の上に傷痕があるドラゴン様が私を助けてくださった。本当にドラゴン様は存在していたのだという驚きと、モンスターの括りでもある彼が何故私を助けてくださったのか、助かった後もずっと考えていた」


 今になって、彼がドラゴンに”様”を付ける理由が分かった。実際に崇拝しており、しかも助けられたのか。命の恩人の上に、神として崇めていたのなら。

 しかし、このドラゴンには目の上に傷の痕など存在しない。治ったなら別だが。


「その後、様々な施設を転々とした後にグリーランという対モンスターの戦闘専用施設で彼と出会い話し合う内に、モンスターを”保護する”考えに至った」


 彼……はヘイトリッドのことだろう。彼を指しながら、まだ話は続く。


「戦闘能力を極めていく内に、モンスターの位置を特定する能力が芽生えた。これがあれば村は救えたのにと過去の自分の努力の少なさを惜しんだが、これを未来の子供たちに使うことに決めた」


「これは能力ではないのかもしれないが、私は人の目で物事を判断することが得意だ。例えば……君は戦いに飢えている。強さを持つが故に戦いに飢えている……と思う」


 戦いに飢えている……か。返す言葉も特にない。俺はその言葉を、褒め言葉として受け止めることにした。


「私は妻を目の前で失った。この憎しみは次の世代に引き継ぎたくはない。この世代で終わらせる」


 彼の強い言葉が、何もない空に響き渡る。この言葉でガイアさんが目覚めてくれればいいのだが。確か……接吻で目覚めた姫もいたはずだ。


「記憶にないな、その……助けたドラゴンというのは私ではないだろうな」


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