第9話 ドラゴン

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 俺が失踪した……とされてから2週間が経過した。傷はほとんど治り、包帯も外された。まだ訓練には支障をきたすが、何とかついていける位まで回復した。


「お前が休息をとっている間、仲間と共にあの森に入ったが……巣は見つからなかった。代わりに、森の奥から血腥い臭いがしたがな……」


 そうだった。都市のお偉いさんとやらに命令されて、強制的に白蛇の巣を探索していたのだった。

 森の奥から血腥い臭いとは……妙なことも起きていたのか、俺が休んでいる間に。


「それで……お前の怪我さえ治れば、もう一度森の中に探しに行こうと思ってな。もちろん、無理にとは言わない。お前にもトラウマとかいうやつがあるかもしれんしな」


 俺は……行きたい。谷底まで落下し、その過程で大怪我を負っているが、それでも俺は行ってみたい。森の中にある何かに魅力を感じているのか。


 森の中で自分自身がどう行動したか記憶していないが、この怪我を負ってでも、森の中に行かないという選択肢はない。特に躊躇いなどなく、”野生の勘”ってものが「行け」と言っている。


「俺は……行きます」

 意を決して俺はそう発言した。


「あぁ……そうか」と彼はそう呟いた。誰にも聞こえないように呟いたのか、はたまた無意識に発した言葉なのか、これは俺には分からないが。


「まぁ……行けるのなら行くか。お前のその怪我が完治したらの話だが……」


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 2日後、俺の怪我は完全に治った。


「お前……治るの早すぎるな」

身体には自信がある彼でも驚いていたが、それどころではない。

 早く、早く森の中に行きたいのだ。もはや怖いくらいである。何故そこまで森に行きたいのか、俺も分からないが。


 ドタドタ……と足音が響く。


「大変だ、クリムさん!」

 ある村人が焦りながら家に入り、彼に助けを求めた。その村人は焦りを通り越して、恐怖を目の前で体感してきたような顔をしていた。


「ステラ村にドラゴンが出現した! 早く行かないと……被害が……」


 ドラゴンと言ったな。ドラゴンは……本の中に登場していたはずだ。仮想の生物で……龍のような見た目をしているとか。

 俺はこのドラゴンとやらが気になって仕方がない。


「クリムさん、行きましょう」

 俺は自分からそう話しかけていた。


「あぁ、そうだな」

 彼もすぐさま討伐の支度を始めた。


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 隣の村と言えども、距離は結構離れている。幸いなことに馬が使えるが、その馬でも20分はかかるだろう。

 前回の白蛇の時のような荷馬車でもなく、馬に直接乗るような形である。乗馬の訓練も重ねたため、振り落とされることも無い。


 そして、隣の荷馬車には彼女……シアンさんとキミカさんが乗っている。シアンさんの彼氏さん……アイさんがこの村にまだ居るとのことだ。


 しかし、ここ一帯は平原だ。平らな野原がずっと広がっている。時々、木が数本だけ存在するが、基本的には平らな土地である。

 そのため、この距離が離れた地でもドラゴンを観測することができる。


 霧がかっており、正確に視認することはできないが、爬虫類のような見た目をしている。

 鱗に覆われた真紅の身体に、鋭い爪、ところどころに黒いヒレ、巨大な翼、そして口からは灼熱の炎を吐いている。


 蛇が翼を持ったような生物と思っていたが、違った。大きな腕も足もあり、丸みを帯びた腹をしている。その腹の中には何が詰まっているのだろうか。


「アイ……生きてて」


 彼女の呟く声が、馬の足音にかき消されつつも聞こえた。


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「グゴワァァァァ!!」


 ドラゴンの咆哮が響き渡る。村の大半は破壊され、村人もまた息をしている者はほとんどいない。ドラゴンの炎が村を焼き尽くし、真緑であった平原も、真っ赤に染まり始めていた。


 いや、村人の死体などひとつも無い。既に避難しているのか、悲鳴など一切聞こえず、ただドラゴンの咆哮のみが響き渡っている。

 炎があるため思うように近づけないが、村の周りからでも分かる。村人がいないということを。


「どうなってるんだ……?」

 討伐者の彼も驚愕している。そのドラゴンは、俺たちの真上を飛ぶだけである。攻撃も何もせず、まるで俺たちを待っていたかのように。


「アイは……どこ?」

 彼女も村に近づきたいが、なかなか難しい。遠くから見つめる他ままならない。


「あの……真上のドラゴンは……?」


 俺たちの村……ストラート村の村人がそう言った。ヤツはどうするべきだろうか。弓矢を持つ村人もいるが、ここから届くかというと……それはまた微妙な高さである。


 俺たちは馬から降りて、広がる草原の周りを探索し始めた。周りに居るであろう村人の捜索を開始したが、それよりも真上で飛び続けているドラゴンのことが気になっている。






 次の瞬間、その上空にいたドラゴンは俺たちの方へ真っ逆さまに落ちてきた。


「避けろ!」

 彼の叫びも届かず、ほとんどの者がドラゴンの下敷きになりそうであった。




 そう、実際に下敷きにはなっていない。直前でドラゴンが止まった。そして、そのまま飛び去っていった。

 衝撃波で吹き飛ばされた者も何人かいるが、直撃した者や大怪我を負う者は誰もいなかった。馬も無事である。


 いや、また俺たちの方に向かって突っ込んできた。


「まただ、避けろ!」


 その叫びも彼が発したのだが、またドラゴンは直前で真上に飛んでいった。俺たちを傷つける意思は無いのか、それとも俺たちで遊んでいるのか。全く理解ができない動きをしている。


「アイツ……何がしたいのかさっぱり分からんな……」

「どうしたらいいんだ……?」


 村人たちが話し合っている隙にも、またヤツは俺たちに向かって飛んでくる。で、また空高く上に飛んでゆく。

 このままでは埒が明かない。


「ガイアさん、村人たちを避難させましょう」

 と、俺は彼にそう言った。


 彼も納得し、すぐに村人たちを消火作業という体で、燃え盛る村の周りに円状に散らせるよう命令した。こうすれば、ドラゴンが誰を狙っているのかが確かなものとなる。


「来たぞ!」

 あのドラゴンは、俺とガイアさん所に向かって飛んできた。狙いは俺たちなのだろう。

 先も寸止めで飛び行くあたり、ある程度の知能はヤツの中に存在する。細かな物を見分ける”目”も持っている。


「ガイアさん、馬に乗りましょう!」と彼に言うが、時既に遅し。ヤツは既に俺の真上にいた。その近さ、おそらくだが10mもないだろう。

 ヤツの腹を真下から覗くことができるくらいの近さである。疑問に思っていたあの大きな腹も間近で見ることができるが、今それどころではない。


 だが、ヤツは俺の真上で空中停止しているままである。そのままヤツが真下に降りてくれば、俺たちは間違いなく押し潰されるだろう。馬に乗ることができたとしても、ヤツの翼に扇がれれば俺たちはどこか遠くまで飛ばされてしまうだろう。それくらい……大地を包み込むような大きな翼を持っている。


 何故だ。ヤツはずっと空中停止している。何もせず、そのままの状態である。何故だ、何故。


「スカイ、村からドラゴンを遠ざけるぞ!」


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