第6話 君になら見られてもいいから
----------
1人いなくなった。雲の中にワープした後、強く実感した。
僕がリーゼさんと出会ってから……まだ2ヶ月も経っていない。でも、レッドさんたちはもっと昔からの付き合いだ。僕以上に悲しんでいるに違いない。
僕を心配させないように、あえてリーゼさんの死を前にしても悲しむ素振りを見せなかったのかもしれない。
身体は15歳でも、精神的には大人の彼らに着いていこうと心から決めた。
----------
ところで、雲の中は便利だ。この2ヶ月足らずで一気に変わった。どこかの廃村の家を改築させた後ワープさせ、ここに持ってきたらしい。だからこそ食卓もあれば、お風呂だってある。寝室もあれば、トイレだって。
水道とかは……レッドさんの魔法でどうにかしているみたいだ。あの人は……創造魔法以外にもたくさんの魔法を持っている。
血の臭いは……なかなか落ちない。
そう思いながら、シャワーを浴びていると……何故か背後にレッドさんが立っていた。
「……僕まだ入って……」なんて僕が言い終わる前に、レッドさんが風呂に入ってきた。
「独りじゃ……心細いからそれに、仲間を失ったのは……2回目だし」と言うが、ここは風呂。お互い生まれたままの姿である。
僕は目を瞑りながら話を聞いた。
レッドさんもそれを分かっていたかのよう、僕に向かって「目を開けて」と言ってきた。
「出来ません」と……僕が言っても聞かない。
「いいよ……目を開けて」
このやり取りが……5回は続いた。
「君になら見られてもいいから」なんて言われてしまったら……。僕は目を開けて……前を隠しながら、そのまま振り向いた。
そこには、本当に素の姿のレッドさんが立っていた。まずい、見てしまった。見てはいいとは言われたものの、僕は純粋無垢な15歳。慌てて僕は目を瞑った。
「なんで服を着ていないんですか……」と聞くが、彼女は僕の質問を無視して続ける。
「もう一度見て……見ていいから」
そこまで言われたら……と思い、またおそるおそる目を見開いた。
身体の成長は、お互いに15歳で止まっている。周りから見たら……少し大人びた15歳くらいの男女に見えるだろう。実際には違う。片方は15歳の男……もう片方は、25歳くらいの女性だ。
ふと、レッドさんの胸が気になった。いや……大きいとか……小さいとかの話ではない。明らかに人に切られた傷が残っている。
「この……傷ってなんですか?」と聞くが、彼女は見当違いなことを言う。
「そんなに胸が気になるならさ、触ってみる?」と。
「いや……いいです!」と大きな声を出してしまった。15歳の反応としては1番正しい反応かもしれないが、彼女は不貞腐れたような顔をして……唐突に、レッドさんが僕の手首を掴んで……無理矢理胸に押し付けてきた。胸じゃない……その下の傷に。
辺りが白い光に包まれていく。
----------
ここは……どこだ?
森の中で……何も着ていない、素の僕が1人。
遠くの方に、見たことのある建物があった。
あれは……王の住む城だ。しかし、外装が少し新しい。これは昔の風景なのか。あの……レッドさんと強い接触により見せられている過去なのか。
そして見たことのある少女がいた。レッドさんだ。
「レッドさん……?」と話しかけてみるが、何も聞こえていないみたいで、無視されてしまった。
彼女がどこに行くのか気になったため、とりあえず着いていくことにした。
が、後ろから不気味な音が聞こえる。
カチャカチャ……
カチャッ……
「誰?」とそこにいた少女……レッドさんが声を上げた。
僕も少女も後ろを振り向くと、そこには槍や剣を持った兵士が……5人ほどいた。
そしていつの間にか……前にもいた。僕とレッドさんを……10人ほどの兵士が取り囲んでいる。
「貴様の名前は何だ?」とリーダー格の兵士が問う。
「私の名前はレッドです……」とレッドさんが言うと、何故か兵士たちは笑う。
「貴様が、レッドか……やるぞ」
10人ほどの兵士が、同時に剣や槍を構え……レッドさんに向かって走り出した。
「助けて!」とレッドさんが叫ぶが、助ける者は誰もいない。
僕も助けたいが、何故か身体が動かない。勇気がないからではない、身体が動くことを拒んでいる。足も手も何も動かない。少し前までは口も動かせていたのに。
兵士も弱る少女を一思いに殺そうとせず、衣服を引き剥がしたり、ナイフで軽く傷を付け始めた。あの胸の傷はこの時に付けられたものだろう。兵士は笑いながら、目の前にいる少女の身ぐるみを剥いでいく。
突然、全てが止まった。
兵士の手の動きも……逃げるレッドさんも……空を飛んでいる鳥も全てが止まった。風景もモノクロになり、色が失われた。その代わりか逆に僕が動けるようになった、周りは全員止まっているのにも関わらず。
そしていつの間にか、真横にレッドさんが居た。素のレッドさん。何も着ていないが、白い光に包まれている。
「あの傷はこの時のよ。そして私はその後に殺された……ということになっている」と彼女は説明を加えた。殺されたことになっている……あくまでも殺されてはいない。
彼女が指を鳴らすと、また時が動き始めた。
「貴様は死ぬ運命なんだよ!」と言いながら、ほぼ裸の少女に向かって兵士は剣を振り下ろした。
ブシャッ……
何かが潰れたような音がした。兵士に囲まれている方の……レッドさんが白い光に包まれている。辺りの兵士もその光に巻き込まれたが、何も無かったかのように出てきた。
兵士に囲まれていたはずのレッドさんは消え、代わりに少女の死体と血が残っていた。その少女の死体は……明らかにレッドさんではない。直視できないというのもあるが、チラッとみただけでも明らかに顔が違う。
「やったか?」
「少女は……死んだ」
「これでこの国は安泰だ」
兵士の動きも止まり、背景がモノクロになった。また時が止まった。
「私はこの時にワープを覚えた。そのお陰で助かったし、死を偽装できた」
素の姿のレッドさんはそう説明する。
彼女は僕と同じように本気で命を狙われた。それも何人の兵士に取り囲まれ、ナイフで刺されかけた。
そう納得しているうちにも、意識が遠のいていく。
----------
いつの間にか、僕はベッドの上にいた。
さっきまでシャワーを浴びていたはず……いや、レッドさんの記憶を……あれ?さっきまで何をしていたのか覚えていない。記憶を見ていた……はず。
「レッドが! 読めた!」と甲高い声が雲中に響き渡る。
「レッドが! 神本を解読できたみたい!」
この声の主はトートさんだった。彼女の甲高い声で、僕は完全に目覚めた。ベッドの中で……急いで服を着る。
「みんな集まったようね。何とか解読できたわ。これもリーゼの犠牲のもとに……」
レッドさんの話によると、この世界のどこかに”時の石”という緑色の石があるらしい。その石と、この本を組み合わせることさえできれば……この世界の歴史を操ることができる。ランク制を無くすこともできれば、人類の進化の歴史も変えることができる。
「この石を手に入れたら……未来の被害者は居なくなる上に……過去の被害者も帰ってくるの。リーゼも……君の幼馴染も」
石がどこにあるかは誰も分からない。神本と違って、王の城の中にあるとは限らない。もしかすれば、ランセル王国以外の国にあるのかもしれない。長い……長い旅になりそう。
----------
「神本が盗られました……」と報告する中年の男。王がその失態をそれを許すわけもない。
「ソルト・ルクセンバンクを呼べ」と一言、王は発した。
報告した中年の男の行方は誰も知らない。
----------
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます