第3話 この国の未来を変えられるはず

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 次の日から、雲の中で訓練が始まった。

 クリムさん曰く「お前のガリガリな身体なら魔法すら使いこなせない」とのこと。


「ボサーっとしてないで、さっさと素振りだ! あと50回!」


 魔法って習得するだけでも大変なんだな……。魔法と筋力が関係あるのかと問うも、彼は無視。熱血な一面もあるが、このような質問には無視を貫くこともある。


 そのクリムさんも成長が15歳で止まっている。精神的には子供とは言い難い歳だが、体力も力も何もかもに限界がある。だからこそ、魔法に頼りっぱなしなのはやめろ……ということらしい。


「クリム、初日から痛めすぎちゃダメ。少しは優しくしないと」


 背後からレッドさんの声が聞こえた。いつの間にか彼女は僕の背後にいた。彼女らは気配を消すのが上手。


 訓練は一旦中断になった。彼女によると、今さっき判明したとてつもなく大事な情報を共有するとのこと。


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「君たちが訓練している間、私とリーゼとトートの3人で王の城に潜入していたの」


「えっ」と僕のみが驚いた。

 僕が知らなかっただけで、彼女らはそのくらいの能力を有しているらしい。


 例えばリーゼさんは《透明魔法》を使える上に、ある一定の範囲の者に《テレパシー能力》で状況を伝えることも可能らしい。

 他にもトートさんは《火炎魔法》の使用者で、周りのあらゆる物を燃やし尽くす……とのこと。どんなに燃えない物質であっても消せるほどの。

 クリムさんがどのような魔法を使えるかはよく分からないが、魔法ではなく物理的な戦闘を得意とする……と本人は語っている。


 今回はリーゼさんの《透明魔法》と《テレパシー能力》を駆使して神本の位置の特定をしたらしい。神本は鑑定の時に使われた、アルファベットが浮かび上がる本。


「実はあの本、本当は”未来を見る本”なの」とレッドさんは静かに語り始める。


「えっ」と僕のみが驚いた。他の3人は知っていた素振りを見せている。


 リーゼさんが口を開いた。テレパシー能力を有するが、何故かそのテレパシーは僕には効かない。周りの人間もある程度のテレパシー能力を持っていないと効かないとのこと。そのため彼はここで使わず、口で説明を始めた。


「本は無かった……んですけど……鑑定師が……”地下室にある例の……本”と言って……いたので……」と。普段はテレパシーの力で話さずに済んでいるからか、いざ話すとなるとたどたどしい口調となっている。


「それが当たっていれば、私の”とある能力”と合わせて、この国の未来を変えられるはずなの」とレッドさんはまた話す。


 とある能力って何だろう……と疑問に思い、後で個人的に聞いてみた。が、「今言ってしまったら、未来が変わるかもしれないし……」とはぐらかされた。


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 訓練開始……僕がこの人たちと一緒に行動し始めてから1ヶ月が経過した。1ヶ月間、ずっと訓練のみを行ってきた。逆に、1ヶ月間ずっと彼らと共に生活をしていた。親には一切会えていない、会いたいと何回も言ったが「国に気づかれたらどうするの?」と返される。


 この間、リーゼさんからは潜伏用の透明魔法、トートさんからは戦闘用の火炎魔法、クリムさんからは……魔法とか関係なしに《剣術》を習った。

 レッドさんからは、将来役に立つ《創造魔法》を習った。創造できるとは言っても、レッドさんのように雲を創造することはできない。あくまで模倣品を創造することができる。


 今日は神本を王が住む城から盗む……ではなく、少しお借りする日。

 これさえあれば……ドンみたいな人な理不尽にもこの世から消されてしまう運命の人々も救われる。全員が救われる世界になる……という彼女の言葉を信じて、城に向かう。


「作戦は……まずはリーゼとエストくんがペアになって潜入する、残りの3人で2人を護衛し……本を奪取する」


 言われた通り、この作戦にはリーゼさんと僕にかかっている。失敗しないように……と言うが、僕だって一応は15歳になりたての少年。責任が重すぎて、成功しなかった時のことを考えてしまう。怖い、怖すぎる、失敗したらどう、どう切り抜けよう。


「大丈……夫、安し……んして……」

 リーゼさんの方から初めて話しかけられた。


 僕は気持ちが楽になった。


「それ……より……レッ……こと……どこま……知ってい……る?」

 彼は僕に聞くが、正直ほとんど聞き取れなかった。


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「リーゼ……エストくん……行ってきなさい」


 城の裏側の森まで来た。これ以上は透明魔法なしでは近づけない。ここで3人とは一旦別行動となる。

 僕とリーゼさんは同時に透明魔法を使った。お互いに姿は見えない。その上現場では声も出せない。更に僕にはリーゼさんのテレパシー能力が効かないため、お互いの伝達能力は失われていると言っても過言ではない。


 声も出せない上に足音すら出せない。ゆっくり……ゆっくり……ゆっくり歩いていくしかない。ナマケモノのように……あるいはカメのように……あるいはカタツムリのように……。足音を立てないように歩く。


 神本はどうやら地下室にあるらしい。金庫のような大切な物を保管する場所にある訳でもなく。


 地下室に着くまでの過程が長い。入り口は1つしかないため、堂々と門から潜入し、地下室までの長い通路を気づかれないように歩かなければならない。透明魔法がなければ、すぐさま警備の人間に取り押さえられてしまうのは誰でも分かる。ここで透明が解けてしまったら一巻の終わりだ。


 ぐがああああああ


 ぐがああああああ


 地下室に続く最後の階段。地下室に人がいる様子だが、机に突っ伏して寝ている。いびきがここまで響いている、大切な本を守るための門番なのに……死んだようにぐっすり寝ていた。近くには酒の瓶もある。これなら簡単には起きないだろう。


 リーゼさんが地下室鍵を取ってきた。鍵が浮いて見えるが、そこには彼がいる。


 カチャ……


 あっさりと地下室の扉が開いた。物置き場のようだ。蜘蛛の巣もかかっており、清掃が行き届いていない様子。

 広すぎるが故に、どこに神本があるのか分からない。手当り次第……それも門番に見つからないように探すしかない。


【ランセル王国史 後編】


【西洋見聞基本書】


【ランセル王国の鑑定方法について】


 ……ない。惜しいのはいくつかあるが、お目当ての神本はない。つい1ヶ月前に見た本だから、表紙の模様も何となく記憶している。神らしき人物がおり、周りには3つの石が描かれていた。


 探し始めて5分になる。いつ、あの門番が起きるかも分からない。手当り次第探すとは言ったが、2人で探しても出てこない……。ここじゃないのか……?


「あっ」


 透明魔法が解けてしまった。幸い、門番は気づいてはいないが……まずい、気づかれたら全てが終わる。どうすればいいのか。リーゼさんも僕の状況に気づいたらしく、すぐ行動に移した。


 ササッ……と、砂のような粉が零れ落ちる音がした。リーゼさんが、粉で文字を書いている。


 ほんはない ここはきょうこうとっぱでいく


 強行突破……? 

 と、口に出してしまいそうな、その時。


 ゴゴゴ……

 背後から、山が崩れたような大きな音が響いた。振り返ると、明るい……。天井に大きな穴がぽっかりと開いていた。確か……この地下室の上はちょうどあの庭があるはず。


「誰だ!」

門番が起きてしまった。まずい、門番は僕の姿を凝視している。地下室の机の横に置いてあった剣を構えるものの、その剣は既に錆びきっている。


「急いで私に掴まって!」

レッドさんの声が頭の中で響き渡る。


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 気がついたら、僕は雲の中にいた。

どうやらレッドさんがワープ魔法を使い、地下室ごと雲の中にワープしたらしい。


「探したけど……本は無かった。多分別のところに移されたのかな……とりあえず、お疲れ様……」


 真っ白な世界に、4000冊は軽く超えるだろう……本がある。1日1冊読んでも……10年以上はかかる。この国の役所に就きたい人間がいるなら寄付したいほどのゴミが散らかっている。


透明魔法に限らず、全ての魔法は体力を消耗する。特に長時間使うこととなる透明魔法は1番体力を消耗しやすい。僕は無意識にそのまま眠りについた。


「おかしいな……計画と違……け」


 何かレッドさんが呟いていたが、よく聞こえな……。


「お前……よ……くも」


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「おい……何故だ! なぜ本と……壁も天井も消えている?」


「分かりません……。私も門番としてずっとここに居ましたが……」


「本ではなく”地下室が消える”こと自体おかしいことだ! 神本を……金庫の中に置いていたのが幸いだが……」


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