第2話 王の存在だけは許さない

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 真っ白な空間の中で、僕は目覚めた。周りを見渡すと、大きな鏡と、いくつかの家具らしき何かが無造作に配置されてあった。

 

 ここはどこか、分からない。


 その前に……僕は何故生きている?


 目の前の大きな鏡を見ると、そのまんまの僕が映っていた。薄くサラサラな茶髪で、黒い目をしている少年、うん、僕だ。


 じゃあ、ここはどこだろう。いや、ここは天国か。天国だろう。こんな真っ白な空間なんて、僕が今まで生きてきた中で見たことない。無事に死ねたんだ、よかったよかった。来世ではCランクで平凡に生きたい。いや、ランクが存在しない世界が----


 後ろを振り向くと、見たこともない少女が立っていた。少し細めの体型をしていて、髪は金髪で腰まで伸びていて、城の門番が着ていた鎧を、何故か彼女は着ていた。この人はもしや、天使----


「もう少し安静にしていた方がいいわ。ここは安全よ……」


 そう言うと、彼女は温かいスープを僕に渡した。緑色の、ごろごろと野菜が入った、人の心並みに温かいスープ。


 ここは……天国ということでいい。最後の晩餐も取らせてくれるのは良心的だ。ゆっくりスープを飲み干すと、彼女は僕に話しかけた。


「……私の名前はレッド。よろしくね」と。


 僕は改めて辺りを見渡すが、ここは本当に真っ白な空間。白、白、白。どこまでも白い。まるで周りの全ての色が抜けたかのように、白い。鏡と家具らしき何かしかない上、この空間は無限に広がっているようにも見える。


「……ここは天国ですか?」と彼女に質問してみると、笑いながら返事がきた。


「いいえ、れっきとした現実世界よ。……そしてここは雲の中……」

彼女は僕の身体を触りながらそう答えた。


「えっ?」と思わず声が出る。現実世界?


「そりゃ驚くよね……。ここは雲の中……だけど、魔法で水蒸気を……外から見えないようにし……原理はともかくここは安全、君は生きている」


 生きている、と言われたところで、生きている実感なんてなかった。身体はあるし、付いている物も付いている。

 その代わり、頭が変にモヤモヤする。何か規制線でも貼られているかのように、脳が深く考えることを拒否しているように。


「納得してないようね……じゃ、ごめんね」


 いきなりだった。レッドさんは僕にその唇を押しつける。あまりの勢いに僕は、そのまま後ろに倒れた。


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 ヒュゥゥ……


 ボヨヨンッと派手な音を立てて着地する。地面が柔らかいおかげで助かった。

 ここはどこだろう。僕は考えたが、すぐに答えは分かった。

 さっきの崖だ。犬のような鋭い牙を持つ怪物に追いかけ回され、そのまま落ちた ”あの崖”だ。


 はぁっ……はぁっ……


 息を切らしながら走る少年がいた。服装を見るに……”僕”だ。顔面はヨダレまみれ、直視できないくらいに汚れきっている。ズボンも液体で濡れきっている。

 その”僕”は崖に向かって一直線に走っている。やはり崖なんて見えてないようだ。


「止まれ!」と僕は走る”彼”に叫ぶが、彼に声は届いていない様子。一向に止まる気配はない。


 その時だった、彼女がどこからともなく現れた。彼女がその少年に触れると、白い光に包まれて……2人ともどこかに消えた。


「これはワープ魔法。対象を私と共に遠くまで飛ばすことができるの」


 僕の背後には彼女がいた。


「何でここにいるんですか? というかさっきの……は僕で……」

「あとは起きてから説明するよ--」


 僕の話を遮るようにして彼女が話した後、また意識が朦朧としてきた。


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 目覚めると、また真っ白な空間の中にいた。


「夢……?」と呟く僕に対して、彼女はゆっくり語りかけた。


「さっき見せたのは過去。私と”強い接触”をすれば、私と接触した相手の過去を見ることが出来る……そういう魔法なの」


 過去を見せたと言われても信用できるはずがない。が、妙に脳が働いていない。


「そういえば、王に【Sランクの少女】の話をされたよね?」


 何か言われたような気もするが、先から言うように脳が働いていない。意識も朦朧としている上に、脳が考えることを規制している気もする。


「そう、それが私。私が……私も【Sランク】の人間よ……」と彼女が言う。


「えっ……あなたが……? でも10年前の話って……?」


「【Sランク】って大変なのよ。成長が止まるから……」


 彼女は9年前に国から処分された【Sランクの少女】で間違いないみたいだ。その上【Sランク】は身体の成長が止まるみたいで、彼女の見た目は15歳の少女のままである。


 説明はまだ続く。


「私は鑑定されたあと、ワープ魔法を自力で身につけたの。その後そこから逃げ出して……独学で大量の魔法を覚えた。例えば……火炎魔法とか、この雲だってそうね」

 彼女が指どうしを擦り合わせると、彼女の細い指から小さな火種が生まれた。


「まるで……魔法だ」と無意識に呟いていた。彼女は照れながら「魔法だよ」とツっこむ。ついさっきまで命を狙われていたとは思えないほど、僕は急に笑いが込み上げてきた。


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「ところで、君は王さんのことってどう思う?」


 王は僕の命を無茶苦茶な理由で奪おうとしてきた人。

 何があっても、何らかの事情があったとしても……許せない。


「分かるよ、その気持ち。私だって……でも、み……がゆ--」


 ……ダッダッダッ……


 雲は誰もが想像する通り、地面は柔らかい。その雲の中なのに、足音が聞こえる。それも徐々に近づいてくる。


「誰か来ますけど……?」


 足音だけでも、複数人いることが分かる。彼女に助けを求めようとしたが、足音が止んだ。いや、もう既に僕の背後にいるんだ。


「誰だ、そのガキは」


 振り返るとそこには、ガタイのいい男の人と……レッドさんと同じくらいの身長の女の人……そして、身長が2m近くある男の人がいた。


「だ……誰ですか?」と僕が質問すると、代わりに彼女が答えた。


「ごめんね、まだ説明してなかったけど、【Sランク】と鑑定された人は、私と君以外にも3人いるの。ほら、自己紹介しなよ」


「エストです。【Sランク】と鑑定されました」

 とりあえず自己紹介をした。僕に向けられた言葉なのか、3人に向けられた言葉なのか分からないが、自己紹介をするに越したことはないだろう。


「エストか……名前からして【S】だな」とガタイのいい男に笑われた。何か言い返してやろうかと思ったが、さすがに初対面なので聞き逃したことにしておく。


「7年前に【S】になった……トート・クリア! よろしくね!」と小柄な少女。


「5年前くらい……に【S】と鑑定された、クリム・コールだ」と筋肉質な男。


「つい……3年前に【Sランク】になった……リーゼ・アリファーン……です」と、ずば抜けて身長が高い少年。


 つまり、ここにいる全員が【Sランク】ということか。こんなに【S】の人間っていたっけな。


「全員集まったことだし、エストくんにも分かるように説明するね」


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「王さんは洗脳魔法が効かない人々を、全員裏で消してきたの。私たちも魔法が効かないから殺されかけた……。私たちが今やるべき事は……これ以上被害者を増やさないこと。みんな……救わないといけない」


「だから……私たちがこの国を……変えよう。この国のこの制度を……変えよう」


 彼女は息を切らしながらそう発した。雲の中、誰一人この中に人間が暮らしているなんて気がつきやしない。そのため、雲中に響くくらいの大きな声で彼女は僕たちに訴えかけた。


「いいぞ、レッド! そこのガリガリ新入りも分かったか?」


「は……はい」


 勢いに押され、そのまま返事をしてしまった。

 理不尽にもこの世から消されてしまった過去の人間、これから低ランクと鑑定されて消される人間、そしてドンのような人間を救うために僕たちがいる。これが僕の生きる意義だ。


 絶対に許さない、王の存在だけは許さない。


 絶対に許さない、絶対に。


 ところで、何が重要なことを忘れている気がする。じけんとかかぞくとかあ……あれ?

 ぼくはなんでころさ……。


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