第10話代償ノ清算
「チキータ、アイツノ様子ハドウダ?」
「まだ反動が出てないからヤバいね。今はミケにごまかしてもらってる」
初めて人を殺めてから一週間、俺は日に二人のペースで殺しを行っていた。まだ半人前以下なので囚人や拷問を受けた人、つまりは抵抗できない人しか殺せていない。それも一応は仕事の内に入るので僅かばかりの報酬は貰えるが、使い道がない俺は全額を自分の口座にしまい込んだ。妹の治療費もここから引き落とされる。現状の残高では数か月は賄えるが、いつまで治療が必要になるか分からない。早く一人前になってバリバリ働かなくては。
そう焦る気持ちとは裏腹に、殺しのストレスによって俺の精神はズタボロだった。殺し屋として自我を保つのに重要な『反動』が表れないからだ。こればっかりは他人がどうこうできる問題ではなく、自分自身で開発していくしかない。だけど、この重圧から逃れる術なんてどうやって見つけるんだよ。俺のメンタルは沈んでいく一方だった。
そんな俺を見かねてか、先輩である『ミケ』という少女が俺の世話を焼いてくれた。毒殺を得意とする東欧系の女の子で、歳は俺より少し上だ。彼女は俺に、大麻とLSDを教えてくれた。俺には薬物の経験などもちろんなく、同年代の子がシンナーやガスパン遊びをしているのを軽蔑していたくらいだ。しかし一度手を出してみると、悪い事ばかりではないのが分かる。大麻とLSDは俺をリラックスさせるのに充分役に立ってくれた。
だが、それはその場しのぎでしかなく、根本の解決には至っていない。ちょっと気を抜くと、手を掛けた人の断末魔や死に様がフラッシュバックする。俺は自分が人を殺した事をちゃんと咀嚼できていないのだ。チキータやアミーゴはそれが普通だと言ってくれた。殺しに慣れる必要はないと。
何も思わず殺しができるのは快楽殺人犯くらいで、この組織の殺し屋たちにはそんな人物など誰一人として存在しない。みんな根は優しい人たちなのだ。それでも生きていく為に殺しをやる。殺す事で自分や組織の人が生きていける。そういう自己暗示にも似たロジックで殺しを正当化している。
「どんな綺麗事で言い繕っても、やっぱり殺しは良くない事だからね。心の歪みはどうしても生じちゃうの。早くゼータも反動を発散できるようになるといいね」
そう優しく語りかけてくれるミケに巻いてもらったジョイントに火を着けると、アミーゴが頭を掻きながら申し訳なさそうに近づいてきた。何でも、俺が初めて見たチキータの仕事で殺された暴走族から何台かのバイクを押収していて、その内の一台が金になりそうだから移送して欲しいんだとか。そんな事、殺し屋の領分ではないが、時間と人手がなく俺に頼みたいらしい。
「そもそも俺中坊だし、バイクなんか乗れないって」
と、必死に訴えたが、アミーゴが頭を下げているんだから聞いてやれと先輩たちに言われ、そのバイクに乗っていたのは俺と同い年の少年だとかの理由で、不本意にも引き受ける事になった。全然納得できないんだけど。正直言えば、まだ事務所でブリッていたい…。
半ば強引にバイクのキーとヘルメットを渡された俺は、1階の駐輪場に行くよう指示された。そこにあったバイクはアメリカ製の物で、排気量は1200ccの大型だった。なおさらこんなもん運転できるかッ、と憤りを感じずにはいられなかったが、それ以上にこのバイクのヴィジュアルにドキドキしてしまった。ちょっとカッコイイ……。
キーを差し込みセルを回すと、とてつもない爆音と振動に襲われた。こんなモンスターを乗り回せるのだろうか。直前にアミーゴが口頭で教えてくれたバイクの動かし方を試すべく、クラッチを握りギアを1速に入れたが、怖くてクラッチが繋げられない。っていうか、このクラッチ固すぎるッ!耐えきれずレバーを離してしまった俺は、急発進に驚きエンストを起こした。何とか立ちゴケは免れたが、先が思いやられるわ。
何で俺がこんな事しなきゃならんのだっていう思いはあったが、上手く乗れない自分に苛立ったのも確かで、何度か試みている間に発進ができる様になった。そのままタワーマンションの周りを流していると、ギアチェンジや旋回も問題なく行えた。もしかしたらバイクの才能があるのかも知れない。
バイクの移送先は市の港で、一応地図も受け取っていたが、この街で育った俺には必要なかった。親父と良くドライブで走り回っていたからな。行先さえ分かっていれば自分でルートを構築できる。主要幹線道路まで出た俺は、都市高速を使う事にした。下道だともしかしたら警察に捕まる可能性もあったから。
律儀にも料金所でお金を払うと、一旦脇に逸れて財布をポケットにしまい直した。ついでだからと思い、俺はミケから貰った紙(LSD)を口に放り込んだ。夜の高速は眺めがいいからな、このお使いを少しでも楽しいものにしようという魂胆だ。一人前の殺し屋になる前に、ジャンキーになりそう。
俺の思惑通り、過ぎ去っていく街灯や車のテールランプは上等なアトラクションとなり、身体で受ける風はまるで天国に誘っているかの様だった。それに加え、アクセルを開ける程に伝わる振動が俺の気分を高揚させる。
「これ、クセになりそう…」
フルフェイスのヘルメットの中で、俺は恍惚の表情を浮かべていた。下手したらヨダレも垂れていただろう。こんな時間がいつまでも続けば…、そう思った時、俺にはこのバイクが不可欠なのだと理解した。
夜の高速でバイクをかっ飛ばす、こんなに楽しい事があってたまるか。気持ちの中で渦巻いていたモヤモヤがどんどん解けていくのを実感した俺は、お使いそっちのけで環状線を何周もした。その内お使い自体が頭からスッポリと抜け落ちて、届けるはずのバイクでタワーマンションまで帰ってきてしまった。
アミーゴにはこってりと叱られたけど、俺の心は晴れやかだった。そして事情を話し、このバイクを買い取りたいと申し出ると、取引先との違約金に50万かかると説明された。俺の口座残高なら払える額だが、これは妹の治療費だ。この金は使えない。だから俺は決意した。
「アミーゴ…、俺に仕事回してくれないかな……?」
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