第11話初メテノ仕事

 俺のワガママを聞いてくれたアミーゴは、上層部に連絡をして仕事を回してもらった。丁度依頼も立て込んでいて、ナイスタイミングだったらしい。ターゲットは大企業の重役三人で、この街にとっては目の上のたんこぶの様な存在なのだとか。詳しい情景を知る必要は殺し屋にはないと言われ、それ以上の詮索はしなかった。

 実行場所は市内でもトップクラスのホテルで、我が組織BLACK MARKETはそのフロア一つを所有している。そこで行われているのは違法売春で、12~17歳の少女が客を取っている。彼女たちは『クイーンズ』と呼ばれていて、ある一定層以上の富豪しか利用する事はできない。それを利用する者の顧客情報も、立派な商材になる。今回の標的もクイーンズのお得意さんだ。

 とにかく俺は、決められた日時に決められた場所で決められたターゲットを殺せばいい。そう言ってくれたアミーゴはいつになく真剣な顔をしている。初めての仕事をする俺を心配しているのだろう。でも大丈夫、必ずやり遂げてみせるよ。そう固く心に誓いながら、俺は仕事の準備を始めた。


 標的は三人と言えど、何が起こるか分からない。俺は手持ちのマガジン三つ全てに弾をフル充填した。92Fの装弾数は15発なので、計45発だ。チキータに分けて貰った弾はもう僅かばかりなので、この仕事が終わったら自腹で買わないとな。あと忘れちゃいけないのはサプレッサーだ。これがないと、銃声が他のフロアにまで届いてしまう。それからカランビットナイフ、あれほど持っておいた方がいいと言われて購入したんだから、持っていかない手はない。

 それら全てを小さ目のリュックにしまっていると、チキータが傍まで寄ってきた。何だろう?と、気にかけた俺に、彼女は一組のグローブを差し出した。どうやら餞別らしく、軍人が使う代物だとか。それを渡すチキータの表情は、笑みと憂いが混じり合った様な複雑なものだった。


「ゼータ…、がんばってね」


 殺し屋の仕事は一人で行うのが基本で、いくらチキータが心配してくれようと、彼女が手を貸す事は不可能だ。せめてもの手向けとしてプレゼントしてくれたグローブには、彼女の気持ちが一杯詰まっていた。これは尚更失敗できない。

 内なる闘志と気概を秘めた俺は、とうとう初めての仕事の日を迎えた―――。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――


 指定のホテルまでバイクで駆け付けると、従業員として紛れ込んでいる組織の人間がエスコートしてくれた。一般の客が入れない裏口から屋内に案内されると、三枚のカードキーを渡された。それぞれの部屋でターゲットがお楽しみの最中だと言う。そこに乗り込んでいくのはちょっと気が引けるなぁ。

 清掃員用のエレベーターで目的のフロアまで向かう途中に、俺はリュックから銃を取り出した。マズルにサプレッサーを装着し、マガジンを込めてスライドを引く。チャンバーに初弾が装填されたのを確認してセフティを掛けた。予備のマガジンを一つ左のポケットに突っ込み、ナイフは右のポケットに忍ばせて準備完了だ。

 エレベーターを降り、奥の部屋から順番に片付けていこうと考えた俺は、廊下の突き当たりまで進んだ。その間にカードキーと部屋を照らし合わせ、なるべく無駄のないようプランを立てた。そして、いよいよ最初の部屋のドアを開ける直前、一度大きく深呼吸をして心を落ち着かせた。

 キーを差し込みロックが解除されると忍び足で進み、ベッドを視認できる位置で歩みを止めた。壁に隠れながら恐る恐る覗くと、作戦の一環なのかターゲットが目隠しをされて全身リップを受けていた。物音を立てずに自身の存在を知らせるべく手を振ると、クイーンズの女の子が小さく手招いてくれた。

 いとも簡単にターゲットの目の前まで迫ったが、このおじさん俺の事に全く気付いていない。銃のセフティを外し脳天に照準を合わせた俺は、躊躇なく引き金を二回引いた。あっと言う間に一人目終了だ。


「お疲れ様。コレ持ってったら?お駄賃くらいにはなるよ」


 落ちた薬莢を拾っていると、クイーンズの女の子がおじさんの物であろう時計と眼鏡を渡してきた。どちらも金で出来ていて、確かに換金すれば報酬の足しになりそうだ。ありがたくボーナスを受け取り部屋を出た俺は、二人目も同じ様に殺す事ができた。しかし、三人目で問題が発生した。

 標的の枕元に立ったまでは良かったが、引き金に指を掛けた途端、ターゲットに存在を気付かれてしまった。目隠ししてるのに何でッ!?ってかヤバいッ――!!

 虚を突かれた俺は咄嗟に何発か発砲したが尽く外れ、二回りほど大きなガタイのおじさんに組み伏せられた。


「なんだ、このクソガキィッ!!元自衛隊なめんなよォッ!!」


 そんな情報聞いてねぇよッ!おじさんは熱々のサプレッサーを素手で鷲掴みにし、右手で俺の首根っこを床に押し付けた。腕力では絶対に勝てない。そう悟った俺は、窒息で気を失ってしまう前に銃を手放し、ポケットに忍ばせたナイフに手を伸ばした。

 マウントを解こうとする力を、ナイフの刃を出す為に駆使し、逆手に持ち直しておじさんの右肩にブッ刺した。そのまま肘まで切り裂くと流石に痛みに耐えきれなかったか、拘束から逃れる事ができた。急いで床に転がった銃を拾い上げると、『バチチチッ!』という音と共におじさんが絶叫を上げた。何が起こったかは分からなかったが、これを絶好のチャンスと見据えた俺は、倒れたおじさんの顔面に必要以上の銃弾を浴びせた。

 息を切らし何とか殺せたと安堵していると、スタンガンを持つ女の子の姿が目に入った。そうか、俺はこの子に助けられたのか…。


「きみ、使えないね。下手したら私も危なかったんだよ?仕事するならちゃんとして」


 彼女は裸体にバスタオルを巻きながら、冷たい視線を突き付けてそう言い放った。同年代の女の子の裸が見れるのは本来ムフフな状況のはずだが、ぐうの音も出ないほどの正論に俺は泣きそうだった。危うく失敗しかけたのも、彼女を危険に晒したのも事実だ。俺は自分の未熟さに、言い表せない憤りを覚えた。


 意気消沈で背中を丸めつつ裏口から出た俺は、ミケから貰った大麻に火を着けた。『仕事終わりの一服は美味しいよッ』と聞かされていたのに、言うほど美味しくないじゃないか…。

 じんわりと滲む涙を煙のせいにして、バイクに跨ろうとすると、脇からひょっこりチキータが現れた。もしかして迎えにきてくれたのかな?だとしても今は優しくしないでッ!泣きそうだからッ!!


「ゼータ、お疲れさま。よくがんばったね…」


 あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!

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