第5話組織ノ恐ロシサト心得
俺のたどたどしい挨拶を聞いた殺し屋少年の面々は、一頻りの関心を示した後はそれ以上興味を向けてくれなかった。少し寂しい思いを感じていると、そんな事にはお構いなしのチキータが俺の手を引き、キッチンまで誘導した。とにかく今は早いとこニワトリの処理を片付けよう。
チキータが用意してくれた熱湯入りの鍋に潰したニワトリを放り込み、暫く煮てから羽を毟ろうとすると、『わたしもやるー』と、チキータが手伝いを買って出てくれた。二人で楽しく羽毛をプチプチと抜いている内に、俺は僅かな悲壮感を抱いてしまった。妹とは、こういう風に何かを一緒にやった試しがなかったので、何不自由なく生まれていてくれれば、もっと同じ時間を共有できたかも知れない…。そんな事を考えずにはいられないのだ。
細かい毛を火で炙った後は、腹を開き内臓を取り出す。もうこの時点でニワトリは、動物ではなく食材にしか見えない。こうなれば一つの命を奪った事への罪悪感は、かなり軽減される。だけど、もしこれが人間だとしたら…?もちろん俺にはカニバリズムの趣味など皆無なので、食べられない人間を殺したとすれば、一体どう供養すればいいのだろう…。
そんな事を思いながら解体作業に没頭している内に、各部位ごとに切り分けるまで捌き終えていた。それを背後から見守ってくれていたアミーゴは、俺とチキータがバラした鶏肉を使って料理を作ってくれると言い出した。もう晩飯を済ましたっていうのに、コイツはまだ食べさせる気なのか。
「ゼータ、ソノ間ニオマエハ『頭領』ト面会シテオケ。奥ノ部屋デテレビ電話デキルカラ」
アミーゴは組織の中で幹部の一人だが、殺し部門を切盛りする中間管理役に過ぎない。組織全体の指揮を取っているのは、頭領と呼ばれている『ボス』で、新入りは頭領との面会が義務付けられている。アミーゴに促されてフロアの奥にある個室に入ると、大きなモニターとそれに向かい合う椅子が置かれていた。
椅子に座らされアミーゴが部屋を出ると、モニターに一人の人物が映し出された。それを見て俺は、顎が外れそうなくらい驚いた。モニター越しに表れたのは、紛れもないこの街の『市長』だったのだ。
《初めまして、ゼータくん。君は殺し屋さんの新顔だね。テストは3分以内で終了、選んだのはニワトリ、理由は食べられるから…。うんうん、いいじゃない!》
市長の皮を被った悪の権化は、俺が自己紹介をするまでもなくテストの結果まで把握していた。このタワーマンションに入ってからの一挙手一投足は全て監視されていたのだ。頭領は俺の素質を認めながら、組織についてのアレやコレやを教えてくれた。
この組織は元々、地元の暴力団から外国人を守るという目的で結成された。この街にある数多くの企業が外国から労働者を雇い始め、外国人向けの飲食店や娯楽施設が賑わうと、その恩恵に与ろうとヤクザが出しゃばって来た。それに抵抗すべく外国人たちは武器を手に取り、知恵を使い、力を合わせ、ヤクザを蹴散らした。そうして自分たちの立場を確立していったのだ。さらに、面目を潰されたヤクザも只では転ばず、組織に加わる事で多国籍都市となったこの街で何とか生き長らえた。
そうして出来上がったのが、この『BLACK MARKET』という組織だ。
《まぁ、ゼータくんくらいの子なら私の顔も知ってると思うけど、お察しの通りこの街…『シティNO.052』は我々なしでは機能しない。表にも裏にも根深く関わっているからね》
今日だけでも知らない事をかなり知り過ぎてしまった俺は、ちょっと理解が追いつかなかった。聞いた事もない極悪集団が裏で暗躍し、その組織を操っているのがこの街の市長ときた。それだけでも腹一杯なのに、俺にはまだまだ分からない事だらけだ。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、頭領は質疑応答の時間を設けてくれた。
何でも聞いていいとの許しを得ていたので、俺はこの目で見たチキータの仕事について尋ねる事にした。彼女のターゲットだったのは悪行が目立つ暴走族だったが、ヤツらは殺されなければならない程の何をしたのか。依頼者は誰か。報酬の単価はどれほどか。あれほど大勢を殺しても問題にならないのは何故か…。差し当たっての質問を重ねると、頭領は一つ息を置いてから口を開いた。
まず依頼者はこの街に住む東南アジア系のコミュニティで、事の発端は暴走族の連中が彼らと揉め事を起こし、その一人をリンチした挙句に殺してしまったのが原因だった。しかも犠牲者は人違いをされていて、全く関係ない別人だったと言う。さらに不運なのがこの街の特色だ。日本人が外国人に対して行った犯罪については、有耶無耶にされる事が多々ある。公的機関に頼る事ができない彼らは、組織に敵討ちを依頼したのだ。
驚くのは、その依頼額だ。何とアジア系の彼らは、暴走族の殲滅に1億もの金を積んだ。その殆どは隠蔽工作などの諸経費に使われ、殺した人数の一人頭10万という金額が報酬として実行した殺し屋に支払われる。残ったのが組織の利益になる。
さらにおっかないのは、組織が行う隠蔽だ。日本政府や警察はもちろん、マスコミ各社までに手を回し、問題が明るみに出る事を防いでいる。もし仮に、組織が働いた悪事を報道しようものなら、次の日にはその会社は跡形もなく消される。
この街の闇とこの組織の恐ろしさを垣間見せられた俺は、膝小僧がカタカタ笑っているのに気付いた。これは恐怖か、それとも武者震いか…。今の俺には分からない。
《じゃあ最後に心に留めておいて欲しい事があるから伝えるね。第一に、自分を大切にしなさい。第二に、仲間を大切にしなさい。第三に、組織を売ってでもその二つを厳守しなさい。
以上です。君が立派な殺し屋さんになる事を応援していますよッ》
こうして頭領との面会は終わった。この数分の間に衝撃の事実を放り込みすぎて頭がクラクラする。覚束ない足取りで部屋を出ると、アミーゴが笑顔で出迎えてくれた。彼の優しさで気が楽になったのも束の間、このイカれたイラン人はとんでもない物を二つ俺に差し出した。
「コレガゼータノ新シイ顔ダッ!ソレト…、コッチハ入団祝イダ。遠慮ナク取ットケ!」
テーブルの上に無造作に置かれたのは、俺と同い年くらいの切断された少年の頭部と、金ピカの時計だった。
さっきチキータから顔を変えられるって聞いたけど、他人の顔面を移植すんのかよッ!!気持ち悪ぃわッ!!でも、良く見ると結構男前じゃん。どうせ変えられるなら見てくれは良いに越した事はない。それよりこの悪趣味な時計は何だ?こんなモン貰っても嬉しくねーぞ。と、時計を手に取ってみて理解した。
「こ…、これ…、俺が殺そうとしたおじさんの………」
直前に済ませていたアミーゴの野暮用とは、チキータが殺した暴走族メンバーから一つ頭部を持ち去る事と、俺が狙っていたサラリーマンから高価な時計を奪ってくる事だった。こんな横暴が許されるのか…?いや…、許されるからこんな横暴ができるんだ…。
俺が感じた組織の恐ろしさは、まだまだつま先程度なのかも知れない。
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