第6話殺シ屋ヘノ道
金ピカの時計はともかく、人間の生首が転がっている状況で騒ぎ立てる者はここにはおらず、皆平気な顔してアミーゴが焼いた鳥の串焼きに舌鼓を打っていた。腹も減っていないし、物を食べる気なんか全く起きない俺は、チキータの姿が見当たらない事に気付いた。せっかく彼女の為にニワトリを犠牲にしたっていうのに何処行ったんだろ。
「チキータナラモウ自室デ寝テルゾ」
そう言えば明日朝から漢字テストだって話してたっけ。時間は零時を過ぎていたので、いくら殺し屋といえど流石に小学生が起きているには辛いか。
このタワーマンションは各フロアがそれぞれの部署になっていて、殺し部門であるこの13階には事務所と殺し屋少年たちの個人的な部屋が割り当てられている。もちろん俺にも部屋が与えられると言うのだが、その前に乗り越えなければならない関門がある。顔面の移植だ。それが終わるまでは、同僚になるこの殺し屋少年たちは俺の事を認めてはくれない。
手術はもうすぐ始められるらしく、生首を持って組織の医者部門である2階へアミーゴと共に向かった。
「ヤブ、オ疲レサン。コノ子頼ムナ」
案内された医者フロアは本当に病院みたいなナリをしていて、負傷した組織のメンバーを治療したり、殺された者から使える臓器を抜き取ったりしているらしい。さらに、大学や政府の医療機関では出来ない実験や研究をしているので、世間一般の医療技術よりも十数年先を行っていると言う。
それは結構なんだけど、俺を執刀してくれる医者のおっさんが『ヤブ』って呼ばれてるのがすげぇ気になる。大丈夫なんだよね?信頼していいんだよね??あまり医者に掛かった事がない俺は、手術という物を初めて受ける。まずはこれから始めるオペについてヤブさんが教えてくれた。
顔面の移植自体は何ら難しい事ではないが、他人の皮膚を使うので少なからず拒絶反応が出る。それが落ち着くまでの間、およそ三日間は麻酔で眠らせられる。その後、一週間のリハビリを経て手術は完了となる。つまり、顔を変えるだけで向こう十日間は自由を奪われるのだ。
別に俺が辛い思いをするのはいいんだけど、心配なのは街の病院に預けている妹の容態だ。拘束される十日間の内に何かあったらどうしよう…。
「あらら、ゼータくん。妹さんが入院してるの?じゃあ病院からの連絡はここにしてもらう様に向こうにも話を通しておくよ」
やはりと言うべきか、組織の医者部門はこの街のどの病院ともパイプが敷かれていて、俺の心配事はあっさりと解決されたかに見えるが、俺が言いたいのは妹の意識が戻った時、いの一番に駆け付けてやりてぇって事なんだけど。まぁ十日やそこらで回復する容態でもないから気にするだけ無駄か。
ヤブさんの説明が終わり、特に不明な点もなかったので、早速オペを始める運びになった。浴衣のような手術着に着替えさせられ、ストレッチャーに寝かせられると、まず最初に点滴を打ち込まれた。俺の人生初となる全身麻酔は、この点滴から入れられる。針が刺さった静脈に冷たい感覚が走ると、コンセントを抜かれた家電の様に意識が途切れた。次に目を覚ますのは三日先か……―――。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……ッ、…ん……ん??」
「あーッ!ゼータッ、起きた!?分かるーッ??チキータだよッ!!」
本当にあれから三日経ったのかは分からないが、取り敢えず意識が戻った俺の耳に、チキータの明るい声が飛び込んできた。普段と同じ様に目を開けようと思ったが、目蓋の筋肉がやたらと重い。っていうか痛い。やっとこさ開いた視界にはチキータの他にアミーゴとヤブさんの姿も映った。
「チ…、チキータ……おは……よ…。ヤブ……さん、病院……から連絡…あった…??」
たったこれだけ喋るのにもかなり時間が掛かる。頬の筋肉の痛みは目蓋の比じゃない。でも初っ端にこんなけ動けば、リハビリすりゃ直ぐ元通りだ。見てくれは変わってるだろうけど。
気掛かりだった妹の容態も特に変わりはなかったらしく、『現状を維持している』という連絡以外に知らせはなかったとヤブさんが教えてくれた。彼の言葉に安堵したのも束の間、術後の傷跡の他にも誤魔化し様のない違和感が俺の身体を襲っている事に気付いた。何か股間がムズムズする。掛布団をどかし、目蓋の痛みを堪えながら見開いた目で確認すると、俺の御曹司から長~い管が伸びていた。カテーテルって言うんだって。知るか。
尿道をレイプされたと勘違いした俺は、無意識の内にカテーテルを引き抜こうとしたが、ヤブさんとアミーゴに羽交い絞めにされ身動きを封じられた。引っ張っても抜けるモンじゃないし、術後の経過観察にまだおしっこを採らなきゃいけないんだって。知るか。
何とか落着きを取り戻した俺は、アミーゴの監修の元早速リハビリを始めた。と言っても、足や腕を壊したワケではないので、その内容は至極簡単な物だった。発声練習だったり、首を左右上下に動かしたり、ただ単に歩いてみたり…。
この運動を一日三時間、残り六日やり切ればリハビリ完了だ。何だか拍子抜けだなぁ、なんて舐めた事考えていると、アミーゴから一台のPCと大量のDVDを渡された。リハビリ以外の時間はこれを良く見ておくよう言われた俺は、軽い気持ちで承諾した。
今日のリハビリを終え、アミーゴやチキータがそれぞれの持ち場に戻ると、PCを立ち上げてテキトーなDVDをドライバに差し込んだ。どんな映像が映し出されるのか僅かばかりワクワクしていると、日本ではない場所でケータイによって撮影された光景が表示された。赤土がむき出しの道の上で、一人の少年が同年代のグループに囲まれている。何やら喋り声も聞こえるが、どの言語かまでは分からない。暫くすると画面脇からマチェット(鉈)を持った人物が現れ、囲まれていた少年を切り刻み始めた。もちろん少年は生きているし、意識もある。
攻撃から逃れようとする少年の抵抗も空しく、抑えつけられた少年の手足は全てマチェットで切断された。所謂『ダルマ』状態だ。泣き叫ぶ少年の声は次第にか細くなっていき、両手両足をもがれた事で逃走もできなくなった彼の髪を鷲掴みにした連中は最後に、サバイバルナイフで少年の首を断ち切った。頸動脈から噴き出した大量の鮮血は、気道から漏れる空気に揉まれブクブクと泡立っている。
目を覆いたくなる程の光景を画面越しに目の当たりにして、俺は気付いた。これは訓練の一環なんだろう。他のDVDも同じ様なスナッフビデオで、人が死ぬ場面に慣れろと言いたいのだ。
吐き気を催しながらもアミーゴの意図を汲み取ってしまった俺は、二枚目のDVDを再生させた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます