第4話入団ノ儀式

「ほら、ここがわたしたちのベースだよ」


 チキータに案内されて辿り着いたBLACK MARKETの本拠地を見て、俺は驚いた。市の北東に位置するこの建物を知らないヤツなどこの街にはいない。市唯一のタワーマンションだ。誰でも知ってるこのマンションだが、そこに住む人を見た市民もまた、この街にはいない。多くの謎に包まれたバベルの塔だ。

 一階の正面玄関には至って普通のオートロックがあり、何桁かの番号を打ち込んで呼び出しボタンを押したチキータは、応答した声に対して俺の存在を説明していた。暫くするとオートロックの重たい扉が開き、建物内に入る事を許された。このマンションに足を踏み入れた経験は、いい土産話になるかも知れない。

 扉を越えてもだだっ広いエントランスは続いていて、豪華なテーブルやソファーが設置されていた。こんなブルジョアジーな空間は今まで無縁だった。その光景に圧倒されながらチキータと共にエレベーターに乗り込むと、彼女は地下4階のボタンを押した。


「これからゼータには簡単なテストを受けてもらうよ」


 恐らくは殺し屋としての適性を試されるのだろうが、ここまで来て今更芋を引くワケにもいかない。いかなるテストでも、認められるだけの結果を残してやる。そう意気込んでいるとエレベーターが開き、打ちっ放しのコンクリートで囲われた殺風景な部屋が表れた。そこにはツルハシやナイフなどの凶器が何種類か用意されていて、その先にはネズミ、ウサギ、ニワトリ、ネコ、イヌが一匹ずつ縄に縛られていた。

 何とな~くテストの内容が透けて見えてしまった俺を察したのか、チキータはその詳細を教えてくれた。案の定というか、テスト内容はこの動物たちから一匹選び、それを殺せとの事だった。

 ぶっちゃけて言うと、俺は哺乳類の命を奪った試しはない。虫とか魚なら話は別だが、ある程度の大きさがある動物を殺すとなると、躊躇いは隠せない。まずはこれを乗り越えろってワケだ。


「どれでもいいけど一匹殺すまではこの部屋から出れないからね。わたしは見届け人として最後まで付き合うけど、なるべくなら早くして。明日一限目から漢字の小テストがあるの」


 チキータさん、小学校通ってるんだぁ…。彼女に対して和ましいやら恐ろしいやら複雑な感情を抱いていると、チキータは手荷物から一丁の拳銃と取り出しメンテナンスを始めた。さっき見せてもらった仕事風景でチカチカ光っていたのはコレか。こんな小さい女の子が実銃持ってるとか怖すぎでしょ。

 それはさて置き、こんな所でグズグズしてる余裕も暇もないので、さっさとテストを終わらせる事にした。俺は用意されていた凶器の中から中華包丁を手に取り、獲物はニワトリを選んだ。先ずは暴れるニワトリを大人しくさせようと両足を掴み、頭を床に叩きつけて気絶させた。下手したらこの時点で死んでたかもしれないが、絶命を明確にするためには首チョンパしなければならない。ピクリとも動かなくなったニワトリに手を合わせ、俺は包丁を振り下ろした。


「わぁッ!ゼータ早ーい。もっと時間かかるかと思ったー」


 俺が今持てる武器は、アミーゴが褒めてくれた覚悟と思い切りの良さだ。それさえあればニワトリくらいなら平気で殺せる。っていうか、今の俺にはニワトリが限界。哺乳類に比べたら情が沸きづらいしね。

 無事にテストを終えた俺に、チキータは『何故ニワトリを選んだ』のかを尋ねてきた。その理由も含めて結果として上に報告されるらしい。何にせよ、一次試験はクリアだ。


「理由は二つかなぁ。俺ん家って近所にブラジルの団地があってさ、良く一緒に遊んでもらってたんだよ。その団地じゃ住民たちがニワトリ飼っててさ、たまにご馳走してくれんの。だからニワトリの潰し方は知ってたんだよ。

 もう一つはチキータかな?ほら、さっきのファミレスで鶏肉の料理いくつか食べてたじゃん?だから鶏肉好きなのかなぁって。ただ殺すだけじゃ可哀想だから、美味しく食べてやろうぜッ」


 そう俺が告げるとチキータは一瞬キョトン顔を見せたが、すぐに両手で口を隠しクスクスと笑いを漏らした。試験内容に自分を加味してくれたのが大層嬉しかった様だ。それに、奪った命を糧にする事は殺し屋にとって重要な思考だと教えてくれた。


「じゃあ、そのトリさん早く処理してあげなきゃねッ!」


 俺が殺めたニワトリの血抜きだけはこの場で済まし、チキータが所属する『殺シ屋』のフロアへと向かった。再びエレベーターに乗り13階に着くと、そこはオフィスの様な事務所で、何人かの子供が見受けられた。もしかしてこの子たちも殺し屋なのか?いや、もしかしなくても殺し屋なんだろう。そう考えると、Flying Squirrel(チキータが潰した暴走族)の連中なんて可愛いもんだぞ。

 一気に身体中を緊張が大爆走した俺を置き去りにして、チキータは部屋の奥へと駆けていった。一人ポツネンと入り口で硬直している俺に、フロアにいる殆どの視線が向けられた。この状況めちゃくちゃ怖いィィッ!!さっきのテストよりこっちの方がよっぽど試練なんですけど。


「ゼータッ、お鍋にお湯沸かしたからトリさん入れちゃおー」


 それもそうなんだけど、先にこの子たちの紹介してくれないかなぁ!?今にも殺されそうなんです!!マジで助けて…ッ。と、半ベソかきそうになっていると、後ろからアミーゴの声がした。野暮用とやらを済ませ帰ってきたみたいだ。

 アミーゴは俺の姿を確認すると、無事にテストを終えた事を察したみたいで、笑顔を向けながら俺の肩に手を回した。その状態で部屋の中心へと連れてくると、この場のみんなに俺の事を紹介した。生まれてこの方引っ越しとかしてなかった俺は、転校生の気分を味わいながら自らも自己紹介をするのだった。


「こ…、これからお世話になります、ゼータですッ!!ど、どうかよろしくお願いしますッ!!」


 殺し屋しかいない空間に気圧された俺は、直角に曲げた腰を戻せないまま辺りの反応を窺った。だが、あまりのリアクションのなさに痺れを切らし頭を上げると、フロアにいた殆どが俺の持ってるニワトリに注目していた。これは皆と打ち解ける良いキッカケになるかも知れない。

 そう思った俺はまた直角に腰を曲げ、もう一つ言葉を続けた。


「こ…、これ、お近づきの印に皆さんで召し上がってくださいッ!!」

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