第16話


 ひたすらに面倒くさい。


 もちろんノアはその本心を表には出すヘマはしない。


 ハクに何度も念押しされ、というより幼少期から鍛えられ、感情は表に出さない様、ひたすら笑顔を振り撒き続け、会場を回っていた。


 今宵のエスコートは国王から直々にラフトゥ国の第三王女を、と申し付けられていた。

 ノアに断る理由もない。

 相手はエィミでなければ誰でも同じ。


 幸いな事に、相手のアテ王女もノアには興味がないらしく、誘われてはそちらの方へエスコートされて行ってしまうので、彼にとって後腐れのない気楽な相手だった。


 かつて、ノアが社交界へ顔を出す理由は、エィミの姿を見ることが目的だった。

 一人での参加が多かったので、女性陣から誘われても笑顔で丁重に断りを入れ、そのほとんどの時間を人脈作りに費やしていた。

 

 そんな、社交界へ出てノアが踊る姿なんてほとんど目にしないものだから、アテ王女の手を取り踊る、その凛々しくも麗しい身のこなしに、女性陣のみならず、男性陣も釘付けになってしまっていた。


 今回主催者側という事で、色々な女性からダンスの相手を求められた。

 断り続ける訳にもいかず、一曲踊っては次の相手、次の相手、と群がる女性の手を取る。

 幾ら体力があるからといって、求められるがまま応じていても終わりは見えない。

 それに、ダンスの相手ばかりしていても埒はあかない。

 喉を潤したい、と断りを入れて人の波を掻き分け、ドリンクを取りに行く。


「赤ワインを」


 ノアは敢えてその人物に声を掛ける。

 

 違う方向を見ながら給仕していた人物は「はい」と言いながら振り向いた。


「何だ。ノアか」

 見知った顔を見つけた彼は、途端に貼り付けていた満面の笑みを崩し、気を抜いた声を出す。

「ノアな。エイダン」

 今までのらりくらりと主催になる事を交わし続けてきたノアだったが、今回ばかりはそうもいかなかった。

 エィミを迎え入れた為に、ユウェール家が外交に関する接待を任される事が増えてしまい、この際、どの国も纏めて行ってしまえ、と大々的に行う事になってしまったのだ。

 どの国同士が仲悪いとか、そういう事も一応考慮には入れているが、ノアの知ったこっちゃない。この場には王太子もいるので、上手いこと立ち回るだろう。それが彼の仕事だ。

 本音を言えば、エィミと過ごせる時間を割いてまで、社交の場を作っただけでも感謝してほしい。

「全く。何で俺まで駆り出されなきゃならないんだよ」

 招待客の死角に立ち、エイダンは不満を呟く。

 彼は今日の社交界で、給仕役として働いてもらっている。人数が足りないから、と、ジュンにお願いしたのだが、本当はノアの息抜く場所になってもらう為に。

「すまない。助かるよ」

 ノアはエイダンに視線を向けず、笑顔を貼り付けたまま答える。

「早く終わらないかな」

「バッ……カ。お前。それこっちのセリフだから」

 ボソッと爆弾発言をしたノア。

 エイダンは目を見開き、彼の方を向くと「そんな事ここで言っていいのかよ」と諌める。

「ハハッ」

 そう笑ってワインを一気に飲み干したノアは「さてと」と、言葉と共に空になったグラスを戻す。

「いい時間だったよ。ありがとう」

「そりゃ、何よりで」


 つかの間の休息を取り、賑やかな場へ戻ると、今度はダンスを共にしたい女性ではなく、何か言いた気な男性陣が何人かやって来る。

「……」

 ノアは相手からその言葉を聞く前に、何を望まれているか分かっていた。


 胸糞悪い。


 お上品な言葉遣いではないが、言葉と顔に出ていないだけ褒めてほしい。


「宝石はいないのか?」

「……」

 周りに気付かれない様に声を顰め、耳打ちされる。


 宝石。

「……」

 それは即ち、エィミの事。

『生きた宝石』に元々名など無く、彼女を名で呼ぶのは、ユウェール家に関する者しかいない。

 むしろ、その宝石に名前が付けられていたことすら、知られていないのではないか。

 オークションにかけられ、それを落としたのがユウェール公爵家の息子であると、知る人物は少なくない。

 あのオークションで唯一仮面を付けずに堂々と彼女を買ったとなれば、真実がどうであれ、面白おかしく話が広がる。


「宝石ならこの社交場のあちこちにいるではありませんか?」


 しらばっくれるノアの視線の先にエィミはいない。

「何を……」

 と、彼を取り囲む男たちは不満を言う前に、ノアが何を言いたいか察する。


 ここは煌びやかに着飾った人間の集い。

 自分を美しく見せる為に飾りつけた宝石は、選び放題だ。


 白を切る振りをしなくとも、誰もが彼女の姿を見たいと思っているのは知っていた。

 決して目に触れさせるものか。

 彼女は俺の。

 まだ俺の感じた事のない彼女の奥を知るヤツらに見えない所で視線を鋭くする。

 思惑になんてのってやらない。


「お前も結局あれが欲しくて金で買ったんじゃないか」


 耳元で捨て台詞を吐かれる。

 ノアは笑顔の下で拳を握り締めた。


 お前らなんて何も知らないくせに。


 言いたくても吐き出せない。

 事実だから。

 結局のところ、ノアはお金でエィミを手に入れた事に変わりはない。


 元々俺の近くに居たんだ。

 俺が最初に好きだったんだ。

 でも、連れてかれてしまったから。

 取り返しただけだ。

 声を大にしても、結局は言い訳にしかすぎない。


 後ろめたいから。

 触れたくても触れられない。


 あいつもあいつもあいつもあいつも…………。

 俺の知らないエィミの中を知っている。

 正直めちゃくちゃ悔しいし、手に掛けたくて仕方ない。

 なのに、羨ましいとも思ってしまう自分が一番醜い。

 奴らがエィミを地位で買ったのか金で買ったのか知らない。

 でも、俺は身体じゃなくて心も身体も欲しいから、エィミが僕に触れたくなるまで待つんだ。

 エィミは、こんなドロドロしてる俺はイヤ?

 俺だって綺麗なとこばかりじゃないよ。


 ちがう。

 そうじゃない。

 俺もつまるところ、エィミに触れた奴らと同じ。

 エィミを金で手に入れたんだ


 近くにいるのに。


 ノアはエィミが眠っているであろう方向を見て、誰も知らぬ彼女の名を、声にならなかった音で呟いた。


 こんな俺でも君は俺のことを好きになってくれるかな。


 ***


「ッッ。何⁉︎」


 その動揺は周りに漏らしてはいけない。

 

 は、ドリンクを勧めてきた一人の侍従から伝えられた。


「本当か」

 平静を装い彼の報告に耳を傾ける。

「はい。ただ今捜索中でございます」

「何故見張っておかなかった」

「申し訳ございません」

 起きてしまった事をこうしてやり取りしても、やり直せはしない。

 ノアは首の動き一つで指示し、彼は会場を後にする。

 主催者がこの場を離れる訳にはいかない。

 

 いつ居なくなった。

 誰が。


 笑顔を更に引き締めたノアは、襟を整え、早くこの社交界を締めるべく、完璧な立ち振る舞いをした。

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