集結
俺は少し耳障りなキィキィと鳴る扉を開くと、家の中に入った。
「ちぃっ!何やってんだバカ野郎!」
中からマサさんの怒鳴る声が聞こえた。また始まったよ…俺は靴を脱ぐと、居間でテレビを見ているマサさんのもとに向かった。
「ただいま。またか?」
テレビでは、マサさんの好きな球団が完封負けしてしまっている映像をライブで映している。
半ばいらつき気味に一升瓶をコップに傾けているマサさんに、俺はため息をついて言った。
「いい加減、仕事探したら?」
マサさんはコップの中身を空にすると、乱暴に言い放った。
「探してはいるんだよバカ野郎。俺にはたまにの楽しみもねぇのか?」
俺は少し笑って言った。
「はいはい、ちょっと待っててくれよな。今なんか作るから」
「いいいい、気にするな。お前は働いてきてんだ、俺がやるからお前は…冷蔵庫から取ってこい」
俺は冷蔵庫から、缶のビールを取り出すと、ちゃぶ台の上でプルトップを上げた。
テレビに視線を向けると、ヒーローインタビューをされる選手が嬉しそうに喋っているのが見えた。マサさんは台所に向かうと、冷蔵庫から何か取り出している。彼は、料理がうまい。仕事はしていないが、今まで養ってくれたり、大将の店を紹介してくれたり、恩義がある。
本当の父親みたいに…
テレビを見ながら缶のビールをぐいと飲むと、画面の上にニュース速報が出てきた。
『真中総理が新法設立』
このときは、俺は何も思わなかった。
この新法が、何を意味するかを…
†
一方、水銀灯の光が影を残す公園の噴水。
噴水の横にある水飲み場の蛇口をひねり、橋口は吹き出す水を口にした。
なんだか疲れたような表情を浮かべながら、ぐいぐいと飲む。
「…ふぅ」
橋口は背後に、誰かの気配を感じた。革靴のような靴で土を踏みしめながら歩く音が耳に残る。
「…橋口だな」
橋口はゆっくりと振り向くと、黒ずくめのスーツの男が数人。
夜だというのに、サングラスをかけている。橋口は頷いた。
「…もう…だめか」
男たちは、橋口につかつかと近寄る。
橋口は目を閉じた。
†
「えっ?マジで?」
スマートフォンを耳にあて、俺は受話口から聞こえた一言に思わず飛び起きた。
「ウソついてどうすんだよ。お前以外はみんないるぜ。わかったか?○○駅前の『山海人』って店だぜ。わかったか?」
俺はハンガーにかけてあるジャケットをひっかけると、部屋から出ていった。全員が集まるのはしばらくぶりだ。元気にしてるのかな?皆は今、どうしてるんだろう…俺はウキウキとした気分で、スニーカーを突っ掛けると家の油の足りない扉を開いた。
居酒屋、山海人は薄暗い店内に、ちょっと狭めの廊下。靴を脱いで歩く廊下は板張りできぃきぃという音で鳴く。
――奥の大部屋に、彼らは集まっていた。
あの日と変わらない見た目に、少し脱色したひげを生やしたタカヤが俺に手招きをした。
「遅いぞ、皆もう出来上がってきたぞ~」
ジンと思われる顔の濃い男がにんまりと真っ白な歯を剥き出して笑っている。ちょっとけばめのメイクをした、露出の高い格好をしているのは、マイサのようだ。にきび面がよくなって少し大人の雰囲気を出しているのはリナだろう。
「おひさしぶり~。あらカズシ、いい男になったんじゃなぁい?」
俺は笑って言った。
「はいはい有り難うよ!でもマイサが言うと…キャバにきたような気分になるよなぁ」
全員ががははと笑う。
「ひっどいなぁ…たしかにあたしはキャバ嬢だけどさ…」
そしてその端に座っている、細い縁の眼鏡をかけている、年は30すぎくらいの男。
「鵜沼さん?」
鵜沼はにっこりと笑い、手招きをした。鵜沼さんは、正直かなり老け込んでしまっている。髪の毛には白いものがかなり目立ち、頬も少しこけているように見える。
俺はビールを頼み、席についた。
「タカヤ…お前今何してるんだ?」
タカヤはがははと笑いだした。
「まぁ…たいしたことじゃないんだけどさ。雑誌記者っていうところかな」
マイサは自分に向けて指を指して言った。
「ねぇねぇ、アタシは何してるって思う?」
俺は惑いなく言う。
「見ればわかるっていうの」
一同はどっと笑いだした。
「そっかぁ…なんだかんだで皆立派にやってるんだなぁ…」
鵜沼さんは少しだけ表情を曇らせた。
「俺は…まだ見つからないんだよなぁ…」
――あれから、鵜沼さんは教官を辞めた。
本来なら国家公務員並みの位置付けとされている教官を、鵜沼さんは見限った。その日から就職活動を開始したが、うまくいかない。いや、何かに邪魔をされていたのだ。
国家に…
リナは小さな印刷会社に就職し、ジンはその体を生かし、建設現場で働いている。昔から知っている仲間と談笑しながら、楽しい時間を過ごす。イカの天ぷらをつまみながら、俺は言った。
「そういや…橋口。生きてたんだよなぁ」
鵜沼さんははっとして俺のほうを見た。
「橋口…あいつ…帰ってきたのか…」
「ええ、なんだか…だいぶ変わってしまってましたが」
ホームレスになっていたとは、俺は言えなかった。
酒も進み、夜も更けてきた。そんな時、マイサが右手の手首につけていた時計をちらりと見た。
「あっ、もうこんな時間だけど、皆大丈夫かしら」
時計の短針はもうじき真上を差そうとしていた。
「もう行くか」
鵜沼さんはすっと立ち上がる。続いて俺たちは腰をすっくと立ち上げた。
店の引き戸をがらがらと開くと、外はもう酔っぱらいだらけになっている。キャバ嬢やキャッチ、ホスト達が客を引くために満面の人懐っこい笑みを浮かべている。
「今日は有り難うございました」
鵜沼はひらひらと手を振った。
「いいんだいいんだ。気にしないでくれ」
――そんな中、俺は見逃さなかった。
俺たちの正面から、黒ずくめの男たちがつかつかと歩いてくるところを。
「なんなんだ?」
ジンは男たちを見ると、ぴくっと反応した。全員が、まるで機械のような無表情なのである。
前列の男が口を開いた。
「後ろの男、鵜沼をこちらへ寄越してもらおうか」
タカヤはへらへらしながら言った。
「なんだ?何かあるのか?」
「その男は、新しい法律により捕獲しなければならない。どけ」
意味もわからないまま、おいそれと渡すわけにはいかない。俺はふるふると頭を振った。
黒ずくめの男の最前列は抑揚のない声で言う。
「匿うようなまねをすれば、貴様らも国家反逆罪となるが…覚悟はできているだろうな」
タカヤが睨みをきかせながら言った。
「なんなんだよ手前ぇらはよ!いきなりそんな話されたってわかるかよ!」
最前列があごをしゃくった。後列に並んだ黒ずくめ達は一斉に俺たちを羽交い締めにした。力は半端じゃない。
「やっ…何を…」
鵜沼さんが後ずさる。最前列は鵜沼さんの鳩尾にボディブローを突き刺した。がくっと力なくくずおれる鵜沼さんを、最前列は荷物を拾い上げるかのように肩に引っ掻けた。
最前列は鵜沼さんを肩にかけたまま振り向くと、再びあごをしゃくる。
俺たちの羽交い締めは解かれた。腕がいささかまだ痺れている。
「今回は許してやる。次はないと思うことだな」
俺は訊いた。
「お前らが…異端審問官か」
全員が何かわけのわからなそうな顔をした。
「そうだ。よく知っているじゃないか…確かに勘は鋭い奴だったからな」
…?
何故知っているんだ…?
機械的な顔を若干歪めると、最前列はサングラスを取った。
「…マジかよ…」
「…タイチ」
島にいたときのタイチとは全く違うものとなっている。
――あの島で、一体何が起こったのだろう…
「あの時の俺とはもう違う。もう恐いものなどない」
にやりと笑うと、踵を返して帰っていった。
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