離散


 ボートはやっとのことで島を出た。稲垣の姿も見えなくなった。


「カズシ…」


俺はボートの後ろでがっくりと膝をついた。人を、殺してしまった。過失ではなく、故意に…

俺は、多分この十字架を背負って生きるだろう。


「仕方ないことよ…」


マイサが俺をやさしくなだめた。


「…うぅ」


横たわるユウジが口を開いた。傷口からは脈々と血液が波打ちながら出ている。蒼白した顔面、そして熱がある。撃たれた人間に特有の反応らしい


「俺を…捨てるんだ」


ユウジは息も絶え絶えに言った。


「ふざけるな。生きて帰るんだ」


ジンはユウジの細い肩を揺らす。


「だめだ。俺たちには…もう、何もないんだ」

「うるさい。なきゃ作ればいいだけだ」


俺の口からこんな言葉が出るなんて…自分でも意外だった――ユウジはふっと笑った。


「なきゃ…作ればいい…か…俺たち、大事な…事を…忘れてた…な…」


ユウジの息がひときわ荒くなった。


「もういい!喋るんじゃない!」


とろりとした目で、ユウジは話しだした。


「俺たち…こんな…形じゃ…なくて…もっと…違う……」


言うと、ユウジはがくりと、まるで糸を切ったマリオネットみたいに力を失った。


「…ユウジ?」

「ユウジ…冗談よせよ…」


ユウジは何かから解放されたような安らかな表情をしていた。瞳を閉じ、うすら笑いを浮かべたまま…

 水平線の向こうに、丸い展望台が見えた。本土が…見えてきたのだ。


「ユウジを…手厚く葬ってやろう」


ジンは涙を拭うと、力強く言った。全員が、静かに頷く。暑い日差しすら忘れさせるような悲しい一時。俺たちは人のいない浜辺にボートを向かわせた。そこは禁漁区のようだ。

――人がひとりもいない砂浜。

 俺たちは足元に落ちている木切れを拾うと、それでざくざくと砂浜を掘り始めた。俺たちはユウジを一生忘れないだろう。思い思いにいろんな思いを巡らせながら、砂を掘る。そしてすっかり冷たく固くなったユウジを埋めた。


「俺たち、これからどうなるんだろうな…」


俺は小さくため息をつく、するとタカヤが言った。


「お前言ったろ?なきゃ作ればいいって…」


俺は頷く。


「やってやれないことはないさ。さぁ、皆行こうか」


俺たちは散り散りになった。そして、それぞれの道を、それぞれの足で歩いていった。

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