暴動
その頃、稲垣は面白くなさそうにうろついていた。意外な障害、くそ面白くない…
「稲垣…稲垣…」
迫田が稲垣に馴れ馴れしく近づいてきた。稲垣は迫田に凄んだ。
「手前ぇ、何してやがったんだ…」
迫田は稲垣を宥めるように言った。
「すごい情報があるんだ。教官は俺たちを、ゆくゆくは皆殺しにするつもりらしい」
稲垣は思った通り逆上した。
「野郎…なめた事しやがるな」
迫田はほくそえむ。
「こうなったら…教官全員ぶちのめして、島を乗っとっちまうか」
稲垣はにやついた。
「俺と稲垣。ついでに橋口もやっちまえば、こんなとこ、すぐに制圧できるよな」
稲垣はすっくと立ち上がる。
†
「ありがとう…かくまってくれて」
俺は制服の下のシャツを破って傷口に巻き付けた。
「もう歩ける。いいか?俺とのことは忘れるんだ」
俺は頷いた。
「さぁ、俺たちも行こうか」
俺は全員に声をかけた。
部屋を一歩出たときに、なにかいつもとは違う空気を察した。根拠はなにもない。ただ単なる動物的な勘だ。
外に出た俺たちの目に、真っ先に映ったもの――それは涎を垂らしてだらしなく床にだらりと倒れこむ教官。あの骸骨のような教官の、見るも無残な変わり果てた姿だった。
首の骨が強い力でへし折られて、頭は何か鈍器のようなもので叩き割られている。バックルにしまってあるはずの拳銃が、ない。俺の嫌な予感が当たりそうな気がする。
「一体誰が…こんなことをしたんだ…」
亡骸になった教官の目をそっと閉じてやる。
「何をしているんだ?」
やってきたのはひときわ体の大きな出門だ。事態の重大さを感じとったらしく、自ら要塞の中に踏み込んだようだ。
「…これは」
出門は軍刀を抜く。
「いいか、へたな真似をすれば叩き斬る。おとなしくそこに引っ込め」
吐き捨てると、出門は急いで要塞の奥に踏み込む。
「まさか…稲垣か?」
要塞で大暴れする稲垣を想像し、俺たちはぞっとした。
「一体なんの騒ぎなんだ?」
だるそうにやってきたのは、橋口だ。どこかから聞こえる罵声は、恐らく稲垣のものだろう。
――そのときだ。
パァン…
銃声が鳴り響いた。誰かが発砲したらしい。
「行こうか」
足早に橋口は、銃声のしたほうに走っていく。俺たちは、それについていくような形で要塞の中を走った。なんだかいつもにまして埃っぽい要塞の廊下…
「誰がやりやがったんだ…」
橋口は走りながらけらけらと笑った。
「どうせあのごつい奴だろ?稲垣とかいうな…」
橋口は拳をぼきぼきと鳴らして、地面に落ちてる鉄骨を手にした。
「掛かる火の粉は…払うまでだ」
橋口は騒ぎの中に飛び込んでいった。
†
俺たちは混乱の中、どかどかと逃げ惑う生徒たちの中に飛び込んでいった。その中に、迫田はにやにやしながらいた。
「よォ」
タカヤは迫田に言った。
「何やってんだ?稲垣はどうしちまったんだよ?」
俺たちは次に飛び出した迫田の一言に耳を疑った。
「俺はあのバカをつっついてやっただけさ。なぁ、このどさくさに紛れて逃げようぜ」
逃げる…
こいつは正気なのだろうか?
「そんなこと…できるの?」
マイサが訊いた。
「そのためにあの稲垣を焚き付けたんだよ。それにあの橋口って奴まで混ざって暴動になれば…間違いなく教官はそっちに向かうだろうよ」
迫田はへらへらしながら言った。俺たちも、正直こんなところはまっぴらごめんだ。しかし…
「僕は…逃げないから」
タイチが震える声で言った。
「どうせ…ここから出ても、僕はだめなまんまなんだ。それなら、少しでもましになるように、矯正プログラムを受けるよ」
迫田はけらけら笑った。
「おい、お前バカじゃねぇのか?折角逃げれるチャンスだっていうのによ?」
「行くなら君達だけで行ってくれ。お願いだから」
タイチは今までに見たことのないような強い眼差しで言った。
――俺は、何も言えずにいた。
「…そうか、わかった。死ぬなよ」
タイチはぎこちなく笑って、強く頷いた。
†
俺たちは騒ぎの中、暴れる稲垣を発見した。拳銃を手にして、出門を人質にとっているようだ。
右手の拳銃の銃口は、出門のこめかみにあてられ、左手には、奪い取った軍刀が握られている。
「動くんじゃねぇぞ。こいつの命と、お前らの命は俺が握ってる」
生徒と教官は、稲垣を遠巻きに見ている。
「どけ、どけよ」
人混みを掻き分けて進むのは、橋口だ。右手に鉄骨を握っている。出門は冷や汗をたらりと流しながら言った。
「貴様…なんのつもりなんだ!」
橋口はにやっと笑うと、鉄骨を振り上げた。
「よっ」
稲垣がガードするように、腕にとらえた出門を橋口の目の前に差し出した。
バギッ
振り降ろした鉄骨は、出門の頭蓋骨のど真ん中にヒットした。
「…あがっ」
頭から血を噴き出して、出門はがっくりと床に倒れた。
「ぎゃああああぁっ!」
あちこちで悲鳴があがる。
「…っと、ごめんなさいよっと」
迫田は人混みの脇をさっさと抜ける。俺たちもそれについていった。案の定、教官も生徒も、稲垣たちに釘付けになっている。ガードはアマアマだ。
「何をしてるんだ?」
俺たちはどきっとした。声のしたほうを向くと、一人の教官がこっちを向いていた。――鵜沼だ。
「こんな時に、何をしてるんだ?」
迫田はおどおどしながら言った。
「こっ…こいつらにそそのかされて…」
「逃げるつもりか」
鵜沼の表情が変わった。所詮は、彼も教官だ。
訊くと、鵜沼はバックルの鍵束から鍵を抜いて投げた。タカヤはそれをキャッチした。
「俺はそれを、無くしたことにする。どうせ教官はやめるつもりだったんだ。そこを真っ直ぐいった突き当たりのドアの向こうに、脱出用のボートがあるはずだ」
俺は驚きの表情で鵜沼を見た。
「俺は殺されはしないから、気にするな。外で会ったら…一緒に飲もうぜ」
鵜沼はぎこちなく笑った。教官らしからぬ、優しい笑顔で。
「ありがとよ?そら、さっさと行くぞ!」
迫田が走り出した。
「鵜沼さん…有難う…」
リナが言った。
そのときだ。
「迫田ぁぁぁっ!」
稲垣の声だ。びくっと震え、迫田は立ち止まった。
「…稲垣…」
背後からずんずんと近付く殺気だらけの稲垣。逃げるようにダッシュする迫田。俺たちもついていくように後を追った。
「…ここだ!」
タカヤは鉄のドアの前で、鍵穴に鍵を差し込んだ。
「頼むっ…」
カチャン
鍵が開いた。ノブを廻し、ドアを開く。すぐ横で迫田が笑いながら言った。
「あばよ!どっかで会おうぜ稲垣さんよ!」
パンッ
銃声が二発響き、迫田の額から真っ赤な血が噴き出した。
「うっ!」
すぐ横にいたユウジの肩に、同じく銃弾が当たった。
「ユウジっ!」
うずくまるユウジをかばうように背負うジン。
「早く逃げるぞ!」
俺たちはさっとドアに入った。
そこには、一隻の中型程度のモーターボートがあった。俺とタカヤとジンはドアを押さえた。マイサとリナはユウジをボートに乗せる。
「これ…どうすればいいの?」
ドアの向こうで罵声が聞こえた。ドアを軍刀で斬りつけたらしい。バキンと刀が折れる音がした。
「モーターにスターターのひもがあるはずだ!引っ張るんだ!」
「ひもって…これ?」
取っ手のついたひもを手にするリナ。
「そうそれだ!勢いよく引っ張るんだ!」
リナはひもを引っ張った。ワイヤーは出てきたが、モーターは回らない。
「もっと思いきり!」
稲垣はドアに発砲しはじめた。鼓膜を破かんばかりの金属音が響く。
「あたしも…手伝うわ」
マイサとリナは二人でモーターのひもを手にして、思いきり引っ張った。
グオォン
モーターの起動音がした。
エンジンが唸り、スクリューが起動しはじめた。
「よし!」
俺たちはドアから離れると、一目散にボートに走った。同時にドアが開き、怒りのあまり鬼の形相になった稲垣が向かってきた。はあはあと荒い息をするさまは、獣そのものだ。俺たちはボートに飛び乗ると、タカヤが操舵席についた。
「いけっ!」
スクリューが水しぶきをあげて回り、ボートは前進しはじめる。
ドンッ
ボートに過大な重量がかかった。
――稲垣が、乗ってきたのだ。
「手前ぇら、わかってんだろうな…」
ボートは重さでなかなか動かない。――稲垣さえいなければ…
「お前ら全員、海に消えな」
タカヤは叫んだ。
「だめだ!進まない!」
俺はゆっくり立ち上がった。
「お前が…」
「あぁ?」
「お前が落ちろ!」
俺は稲垣の鳩尾に渾身のケンカキックを見舞った。
ドスッ
油断していた稲垣はよろっとよろめいた。
「うがぁっ」
俺は続いて、身を後ろにのけ反らせ、反動で稲垣を海に突き飛ばした。稲垣の体は浮いて、そのまま海に投げ出された。
「早くっ!」
ばしゃばしゃとおぼれる稲垣を振り切るようにして、ボートは島から離れていった。
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