隠した闇
稲垣がゆっくりとこっちに向かってきた。迫田が稲垣を制する。
「まぁ待ちなよ稲垣。ここは稲垣が出る幕はない。やるなら、橋口くらい強い奴にしときなよ。ここでは…」
迫田はじろじろと俺たちを眺めた。
「珍しく、女が二人いるぞ。わかってるだろ?」
リナとマイサはごくりと唾を飲み込んだ
「へっ…そういうことかい。まぁ、シャワーがねぇのは痛いが、このくらいは我慢するか。まずは…お前からだ」
稲垣と迫田はマイサに近づく。
「大人しくしてな…」
「すぐに、終わるからよ…」
マイサは後退りしながら、首を横に振る。俺たちは、悔しいけれど、一歩も動けなかった。稲垣と迫田はマイサとの距離を詰めていく。稲垣がマイサの肩を掴んだ。
「ひっ…」
稲垣と迫田の顔がマイサに近づく。……ずっと、俺の横では、タカヤが何かを呟いていた。よく聞こえないが、しきりに、やめろ、やめろと呟いている。珍しく、脂汗を浮かべながら、耳を塞ぐ。今までにない反応。
「いやぁぁっ!助けてぇ!」
迫田に押し倒されたマイサは、耳をつんざくような悲鳴をあげた。
――その刹那、俺の目の前に、拳がすごいスピードで壁に向かって飛んだ。
バゴッ
壁のコンクリがぱらぱらと落ちる。タカヤがゆっくり立ち上がった。
「あぁ?手前ぇも犯りてぇのかよ。ははっ、ケッサクだ」
タカヤは焦点の合わない目で、薄ら笑いを浮かべている。頭をぱりぱりと掻きながら言う。
「…っとぉしぃんだよ。手前ぇはよぉ…」
タカヤの様子が明らかにおかしい。
タカヤは稲垣と迫田に近づきながら言った。
「みっともねぇもん、見せるんじゃねぇよ…」
迫田と稲垣はマイサから離れ、タカヤに向かって凄む。
「手前ぇ、誰に口聞いてんだ?アァン?」
迫田がタカヤに近づくと、タカヤは素早く迫田の腕をねじり上げた。
「ぐわぁぁっ!何しやがんだ!」
タカヤはにやついている。
「もうちょっとひねれば、手前ぇの関節はいっちまうな」
「よせタカヤ!」
タカヤは振り向くと、俺に向かって言った。
「誰に指図してんだ?お前ぇはよ…」
明らかに、今までのタカヤとは別人だ。稲垣よりも危険な感じがする。
「手前ぇ…ブッ殺してやる!」
タカヤは左手で稲垣の喉を、右手で迫田の喉を掴むと、壁に向かって二人を押し付けた。
「ひゅっ…ひゅ…」
二人の気道をピンポイントで締め上げるタカヤ。二人は、軽く地面から浮き上がる。
「お前らの命は、俺が握ってる。俺がちょっと力ぁ入れたら、お前らはあの世におさらばだよ」
言葉を発することができず、二人は動きを鈍くしていった。
「二度と、みっともねぇことすんじゃねぇぞ。わかったかコラ。次はねぇからな」
二人は頷く。タカヤはそのまま二人を後ろに投げ飛ばした。
「ごほっ…この…化け物が」
迫田と稲垣はそそくさと部屋を出ていった。タカヤは後ろを振り向く。……俺たちは、正直今のタカヤに恐怖すらおぼえてしまった。マイサははだけた胸をしまいながら、タカヤをぼーっと眺めている。
「…怪我は…ないか?」
タカヤの問いに、マイサは頷いた。
「…ありが…とう、タカヤ」
タカヤは頭を抱えてうずくまってしまった。
「…また、やっちまったよ…」
俺はタカヤに訊いた。
「なんなんだ?これは…」
タカヤは言った。
「女に危害を加えようとする奴を見たら…ああなっちまうんだよ。二重人格ってやつかな」
タカヤは深呼吸をひとつすると、すっと立ち上がり、話しはじめた。
「俺さ、中学三年のときに、付き合ってた彼女が目の前で乱暴されて、殺されちまったんだ」
俺は言葉を失った。
「彼女、何度も何度も俺の名前を呼んで、助けて助けてって叫んでた。でも俺は…何もできなかった。気がついたら…奴等はいなくなってて、足元に横たわった彼女がいた」
タカヤは組んだ両手を額に当てる。
「警察に捕まった奴等は口々にこう言ったらしい。化け物がいきなりやってきたって…あの時に目覚めちまったんだな…」
鼻でふんと笑うタカヤ。
「怖いだろ。無理もねぇや」
「怖くなんかないよ」
マイサがタカヤに小さなか細い声で言った。
「タカヤはアタシを、体を張って守ってくれたんだもん。怖くなんかないよね」
全員頷いた。戸惑いは多少あれど、タカヤの事を怖いとはどうしても思えなかった。
「皆…」
「…それが、アンタの本性なのよ…」
小さな声で呟いたのはリナ。
「人間なんて、そんなものよ…」
「リナっ!」
ジンはリナの肩を掴んで揺さぶった。
「どうしちまったんだ?リナ!」
リナは口をついに開いた。リナは放送のあと、毎度の如く広場に呼ばれ、言う通りに広場に向かった。いるのは6人、リナの他に、男子生徒が3人、女子生徒が2人の計6人だ。広場には、頬のこけた骸骨のような教官が待っていた。
「ついてこい」
教官は要塞の中に入る。リナ達は教官のあとについていく。
教官に連れられて着いたのは、広間のようだ。入り口の上に、応接室と書かれた札が傾いてぶら下がっている。中には暗幕のようなカーテンが閉められ、真ん中に背もたれつきの木製椅子。丸いテーブルがぽつりと真ん中にある。
椅子は6つ、丁度人数分だ。6人を椅子に座らせると、頬のこけた骸骨のような教官はバックルから何かを抜き取った。
「何故、お前たちがここに連れてこられたか、わかってるか?答えてみろ。羽沢」
おかっぱ頭の度の強い眼鏡をかけた男子の羽沢。彼は少し戸惑った顔をした
「わからないか、ならこれでわからせてやるよ」
取り出したのは、リボルバータイプのピストルだ。そして教官は、ポケットから小さな鉛の固まりを取り出した。ロケット型の鉛の塊――銃弾だ。一個の銃弾を弾倉に装填すると、教官はシリンダーを回して、銃に戻した。
「弾丸は一発、ここにこめられてる。わかってるだろ?こいつをこめかみにあてて、一回ずつ引き金を引くんだ」
「ロシアン…ルーレット…」
リナは恐々と口を開いた。弾倉の穴の数は6つ。一周目で結果は決まる。
「さぁ、早くやれ」
ピストルは羽沢の目の前に置かれた。
「さぁ、それをこめかみに当てて、引き金を引け」
羽沢はわなわなと震えながら言った。
「これ…ホンモノ…?」
「下らないことを聞くな。早くしろ」
羽沢はピストルをこめかみにゆっくり当てた。
「撃鉄を降ろせ。そうしないとどうにもならんぞ」
羽沢は震える手でピストルの撃鉄を降ろす。
カチャリ
静かな部屋に撃鉄を降ろす音だけが響く。張りつめた空気、呼吸の音や心臓の鼓動すら響き渡りそうな感じだ。指をぶるぶると震わせながら、ゆっくり羽沢は引き金を引く指に力を入れた。
…カシャン
空砲のようだ、撃鉄が空打ちした。べたべたになった手のひらからピストルを取り落とした羽沢。顔面から何から全てが汗でべっとりと濡れている。
「はぁ…はぁ…」
教官は抑揚のない声で言った。
「気分はどうだ」
「はぁ…生きた心地が…しませんでしたよ…」
教官は羽沢にベレッタタイプの拳銃を向けると言った。
「命拾いして、嬉しかったか、死にたかったか、どっちなんだ」
教官は羽沢に銃を突きつけたまま続けた。
「次、早く撃鉄を降ろせ」
次に引き金を引くのは、気の弱そうな女子生徒だ。教官は続けた。
「どうした。早くしろよ。引き金を引けないのか」
女子生徒はピストルの銃口をこめかみにあてたまま、生唾を飲み込んでぎゅっと目を閉じた。拳銃の撃鉄を降ろし、引き金を引く手に力をこめた。
リナは思わず叫んだ。
「やめてっ!」
女子生徒はこめかみに銃口を押しあてたまま、引き金を引いた。
…カシャン
乾いた音が響く。女子生徒はがくっと膝から崩れ落ちた。
「お前の命は保証された。この一周でお前に弾丸は当たらない。気分はどうだ」
女子生徒は震えながら言った。
「嬉しいわけ…ない」
言うや否や、教官は手の甲で頬を張り倒した。
「いいか、ここでは綺麗事も一切通用しない。それにお前」
教官はリナに拳銃を向けた。
「やめて、とはどういう意味だ」
「こんなの…」
教官はけらけらと笑いだした。
「お前達はなんなんだ?いい子を気取っているつもりか?お前たちの意思などここでは何の意味も成さない。お前は…世間に見放されたんだ!」
リナはどん底に叩き落とされた気分になった。他の生徒も同じに…
「お前らMBSは、我々一般人が命令することに、ただ従っていればいいんだ!落ちこぼれのくせに、偉そうな口を叩くな!わかったか?」
部屋の中は沈黙に包まれた。
「さあ早くしろ。次はお前だ」
次は坊主頭の男子生徒の番だ。男子生徒はこめかみに拳銃を押し当てると、意思のない人形のように、躊躇いなく引き金を引いた。リナは強く目を閉じる。
パァン
部屋に響き渡る銃声と、硝煙の匂い、そして、何かわからないものが飛んできた感触。リナの隣から、何かが机に倒れこむ音がした。おそるおそる目を開く。
「…ひっ!」
机の上では、さっきまで生きていた坊主頭の男子生徒が変わり果てた姿で突っ伏していた。リナはがたんと椅子から落ちる。
「どうしたんだ?」
教官は言った。
「これでお前らの命は保証されたんだ。内心、ほっとしているだろう。死にたくない奴は手を挙げてみろ」
リナを含む全員が手を挙げた。
「…そうだろ。そんなもんなんだ。いくら綺麗事で塗り固めても、所詮は出来損ないは出来損ないだ。自分のことが可愛いに決まってる。お前らも、そんな綺麗事でぬり固めた余計な感情は捨てろ」
教官は抑揚のない声で続けた。
「判ったな」
全員がゆっくり、頭を下げた。
「早くそれを海に片付けろ。さっさとしろ」
†
「…なんてこった」
リナは特別プログラムの一部始終を鮮明に語った。
「所詮アタシ達は、出来損ないなのよ。こんな所に連れてこられて…だから…アタシ達にはもう意思なんて関係ないの…」
リナはわなわなと泣く。マイサはリナの頭を抱いて言った。
「アタシ…あんま頭よくないし、バカだからよくわからないけど…これだけは言えるよ。こんなの…絶対に間違ってる」
マイサの言葉で、俺たちの間で何かが目覚めたような気がした。
「でも、ここにいる限り…僕らにはもう人権なんてない。もう、どうしようもないんだ…」
タイチが半泣きで訴えるように言った。俺たちは、深い絶望の中から、新しい感情を生み出した。…このままじゃ、だめだ…絶対に……なんとかしなきゃ。俺たちに、できる事を…
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