生き残りの法則
熱気にあふれた島の要塞は、まさに地獄だ。シャワーでも浴びさせてほしい。俺たちは広場に再び集まった。輻射熱でおきたカゲロウが暑さを増大させる。
出門が俺たちの最前列に立つと、じろりと見回した。
「なんだお前ら、いない奴が何人かいるようだな。自殺者はこちらでいくらか回収しておいた、変な気を起こす前に、我々に一言報告しろ。処理する手間が省ける」
呆れた。
「お前らに渡すものがある。簡単なアンケートだと思え」
そう言うと、教官たちは数枚の紙束を持ち、それを一枚ずつ配りはじめた。まるで心理テストのようだ。
あなたは森の中にいます
森の湖の前に少女が立っています
その少女は、貴方にある物を渡しました
それは何ですか?
とかいった心理テスト。俺は率直に直感のまま回答した――これで一体何がわかるんだろう?
これも矯正プログラムのひとつなのだろうか…
全員が回答を終える。教官が紙を回収した。
回収した紙束は、出門に集められ出門はそのアンケートにざらっと目を通す。別にたいして見てはいなそうだ。すると出門は口の端を歪めてにやっと笑った。
「誰か、これに答えてない奴がいるようだな。正直に言え」
出門はあやしい笑いを浮かべながら言った。
「俺だ」
不機嫌そうな顔をしてポケットに手を突っ込んだ稲垣が言う。続いて迫田。次いで立ち上がったのは、ツンツン頭の濃い顔の男。軟骨と耳たぶにシルバーのピアスをしている。直感でこう思った。
――こいつが、橋口だ。
出門が威圧的な声で訊いた。
「どうして答えない?命が惜しくないのか?」
橋口はすかさず答えた。
「あんたは回答しろなんて言ってない。だからしなかった。それだけだ」
出門はにやっと笑った。
「なるほどな。いい。お前らはもう行け。回答した奴等。よくこんなしょうもない心理テストに答えたな?」
なっ…
「回答者の中から数人、特別プログラムを施す奴等を決める。覚悟するんだな」
言うと、教官たちはその場を去っていった。
広場はざわついた。
「なんなのよ…一体…」
マイサがふくれながら言った。
「特別プログラム…なんだか嫌な予感がするな…」
全員から、明らかな不信感が感じ取れる。不信感を抱えたまま俺たちはまた再び要塞の中に入っていった。
「一体…どうなっちまうんだろう…」
タカヤは深くため息をつく。一体…こんなことに何の意味があるんだろう…
国は、何故こんな事をするのだろう…
頭が疑問符だらけで、おかしくなってしまいそうだ。
†
俺たちの中で、心理テストに答えなかった奴はいなかった。内容不明の特別プログラムに怯える俺たち。一人を除いて…
「まぁなるようになるさ!奴等、殺したりはしないだろうからさ」
無理しているようにも見えるタカヤ。俺たちを彼なりに元気づけようとしているのだろう。
多分…
やがて、要塞の中に放送が鳴り響いた。
『特別プログラムを施す必要のある者を今から発表する。呼ばれた者は、速やかに広場に向かうんだ』
カサッという紙束を触る音がした。
一人一人、ためながら名前を抑揚のない声で読み上げる教官
そして……
『高円寺理名。以上だ』
リナの顔から血の気がさっと引いていった。呼ばれたのは六人。
『速やかに広場に来るように』
そう言うと放送はぶつりと切れた。
「リナ…怖がらないで。あたし達がついてるから」
マイサが勇気づける。
「うん…わかった。いってくる」
引きつった笑顔で、リナは笑った。
なんだか嫌な予感がしていた。リナが、ひょっとしたら帰ってこないんじゃないかって……でも、それも杞憂に終わった。その代わり、彼女は言い様のない恐怖を、この一時間程度の特別プログラムで味わったのだ。
†
…!どこかで乾いた銃声が聞こえた気がする…
俺たちはぶるりと震えた。何が起こったのだろうか…リナは無事か…思っていると、ほどなくリナが帰ってきた。
「リナっ!」
全員がリナに近寄る。
「…リナ?」
なんだかリナの様子がおかしい。うわのそらのような…うわごとのように何かを呟いているような…
「どうしたんだ?何があったんだ?」
タカヤがリナの肩に触ろうとした。
「さわらないで!」
場の空気は一瞬にして凍りついた。リナの瞳は、殺気を孕んでいるようだ。俺は優しく声をかけた。
「言いたくないことは、言わなくていい」
リナは俺の声も耳に入っていない。タイチのようにぶるぶると震えている。当のタイチは、ぽかんと口を開いたまま、何も口から発しない。
「お前は…ここにいろ」
タカヤはリナにこう言うと、俺たちを部屋の外に呼んだ。
「…今はまだ、ショックで何も話さないだろ。何があったかは知らないけど、相当怖かったみたいだし…」
「銃声も気になるしな」
ジンの一言に、全員が頷いた。
「とりあえず…食料を探しに行かなきゃな」
稲垣に見つからないように…俺たちはそう願いながら、歩みを進めた。
食料を探しに出る。
「リナ…どうしちゃったのかしら…」
マイサが気にして後ろをキョロキョロと振り向く。
「ほっときな。今はまだな」
ユウジがいい放つ。
「今やるべき事があるはずだぞ。さ、行こうぜ」
タカヤが先にさくさくと進む。
「…あっ、これ」
タイチの足元に、無造作に転がるのは、カンパンの袋…
「これは…」
「早くこっちに!」
タカヤはひったくるようにカンパンの袋を掴むと、だっと部屋に駆けていった。
「あのカンパン…大丈夫なのかな…」
「考えてると、また稲垣に持ってかれちまうぞ!早く!」
俺たちは自室に戻る。そのすぐ後、部屋の前に、一人の男が通りかかった。シルバーピアスにツンツン頭、橋口だ。
「食い物はあるか?」
稲垣と同じく、たかりにきたのだろうか…しかし彼は稲垣と違い、物静かだ。
「これなら…」
俺はカンパンの氷砂糖を橋口に渡した。
「…カンパンに入ってるやつか」
まずい……橋口は言うと、俺たちに目線を向けた。
「まぁいいや。お前ら、ここにきてる稲垣って、知ってるか」
稲垣なら知っている。嫌になるくらいに…俺は頷く。
「そうか、ならいいや。俺は橋口だ。お前らも、気を付けるんだな」
氷砂糖をひょいと口に入れた橋口は、すたすたとどこかへ行ってしまった。これでわかった。
橋口は、稲垣をよく思っていない。迫田の言う、稲垣、橋口同盟はどうやらなさそうだ。
ほどなくやってきたのは稲垣だ。肩をいからせながら、俺たちの部屋をじろりと覗く。
「よぉ、元気にしてるか?食い物はあるんだろうな?」
俺はかぶりを振った。迫田がにやつきながら、タイチを指差した。
「おい、口になんかついてるぞ」
ぎくっとしたタイチは口をぬぐいはじめた。
「ははは…図星だったみてぇだな。ここじゃ悪賢くなきゃ生きていけねぇ。わかってるだろ?悪賢い奴が、生き残るんだぜ」
怒った稲垣は拳を鳴らしながら近づく。
「俺を…だましやがったな」
威圧的な声、俺たちはぶるっと震え上がった。
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