新たなる敵

 稲垣に食料を奪われ、とぼとぼと俺たちは広場に着いた。広場には、すでに教官たちが集まっている。勿論、リーダー格の出門もいる。

 肩をいからせながら、にやついた稲垣もあとからやってくる。後ろには、ラインの坊主がもれなくついてきている。


「おう、さっきはすまないな。まぁ、仲良くやろうぜ」


俺はへっ、と鼻で笑ってしまった。何も言わずに出門は缶詰めを持った稲垣のもとにつかつかと近寄り、にっと笑った。


「そこまでして、生き延びたいのか」

「はぁ?」


 そう言うと出門は持っていた軍刀で缶詰めを真っ二つに斬った


「手前ぇこの…」


出門は刀を稲垣に向ける。


「卑しい奴だ。お前にはもう人権なんて存在しないというのに…愚かな」


稲垣は歯をくいしばる。


「…ちっ」


出門は刀を鞘に納めた。どうやらこれを見せしめにするために全員を集めたらしい。

 教官達は背を向けて去っていく。機嫌が最悪になった稲垣は、八つ当たりのように目を据わらせながら踵をかえした。


「…邪魔だよ、どけよ!」


 集まった生徒たちに肩をぶつけながら、稲垣は面白くなさそうに土を蹴りながら歩く。

…ざまぁ見ろ

ついそう口走りそうになった。




 間違いなくプログラム一日目にして、俺たちの精神状態は限界に近付いていた。

刑務所以下の環境

完全に人権を無視した扱い

それに加え、稲垣みたいな奴もいる…

全員の表情が、すでにもう別人のように変わってしまっている。何が矯正プログラムなんだろう?一体何がしたいんだろうか…

 一番精神状態が悪いのは誰が見てもすぐにわかってしまった。

――ユウジ

はじめはおとなしそうな印象の穏やかな奴だったのに、今やその影すらない。鋭い眼光になり、誰も近寄らせないような雰囲気。一日目にして、こうなってしまった。


「腹…減ったな」


体の大きなジンが小さく呟いた。ユウジはぎろりとジンを睨む。


「誰かさんのせいでよ、食料が台無しだぜ」


俺は笑顔をつくって言った。


「まぁ…稲垣のやつもああなったことだし…おあいこだな。おあいこ」


ちっ、と小さく舌打ちをすると、ユウジは捨て台詞を吐いた。


「次同じことやってみろ。ぶっ殺すからな」


タイチは俯いた。


「なぁ…これ…」


タカヤが瓦礫の間から何かを見つけた。


「…アンパンじゃね」


透明のポリ袋に入った、市販のアンパンみたいだ。訝しげに観察する。


「普通のやつ…みたいだな」


袋を破いて、中身を取り出す。それを二つに割ってみた。何も…ない。ただのアンパンだ。


「何も食べないより…ましだね」


マイサが言った。俺たちは七等分したアンパンを皆でパクついた。


「…うまいな。こんなにアンパンがうまいなんて…」


俺は欠けた天井を見上げると言った。


「なんで、こうなっちまったんだろうな…」


俺はつい胸の内を明かしてしまった。


「毎日毎日同じことの繰り返しで、勉強もやる気なんか出なくてさ、気づけば落ちこぼれてた。いつからかそれでもいいやって諦めて…そしたらこの有り様だよ」


ジンも同じように呟く。


「俺も…確かに中学時代から野球やっててさ、俺には野球しかなかった。高校に入って肩を壊してから、もうボールが投げれなくなって…気がつけば、なんもなくなってた」


マイサがアンパンを片付けて言う


「アタシ…ママとパパが離婚して、ママに引き取られたけど、あいつ、ろくでなしにつかまっちまって、そいつと一緒に消えちまった。アタシはひとりぼっちになって、自棄になった。援交もやったし…」

「よしな。辛くなるから」


肩を震わせだしたマイサをタカヤは優しくなだめた。


「俺は…」


ユウジが口を開く。


「もともと勉強なんて大嫌いだった。両親からも、お前は落ちこぼれだ落ちこぼれだって毎日みたく言われ、匙を投げられちまってた。気付けば、俺はどうしようもなくだめなやつになって…」

「あたしも…皆から言われてたんだ。あんたには絵しかないから、絵だけ描いてればいいって…ジンと一緒だね。あたしは絵がなくなったら、もうなんもなくなってた」


タカヤは薄く笑うと言った。


「このプログラム、皆生きて終わらせたら…また集まりたいな」

「タカヤはなんでここに…」


タカヤはへらへらしながら言った。


「俺のことはいいんだよ。なぁタイチ」


タイチは震えながら言った。


「ここから出たって、何も変わらないよ」


タイチは俯きながら続ける。


「どうせ、出たってイジメられるんだ。ここでも外でも…ここには稲垣がいるけど、外の世界より、マシだよ」

「タイチ…」

「僕は…一生ここでもいい」


俺はタイチの肩を叩いた。


「さみしい事言うなって。お前がイジメられたら、すぐ俺たちに言えよ。な?」


タイチは震えだした。泣いているようだ少しだけセンチメンタルな一時。

いつの間にか俺たちは輪になって眠っていた。

この謎だらけの島の一日目が過ぎる。



――ゆっくりと目を開いた。壁の割れ目から零れる日の光に目を細める。

タカヤは起きたばかりのようだ、大きな欠伸をしながら、頭をばりばりと掻く。タカヤの場合、いつも眠そうなのだが…それにしても暑い。無風の真夏の朝。

 のっそりと起きた俺たちの前に、だるそうな顔の教官がやってきた。


「おはよう…ございます」


俺が一言発しても、彼はなんだかうわのそらだ。深いため息をついて、俺たちが雑魚寝していた部屋の隣に入る。ジンが、こっそりと様子を見に行った。息を殺して、ゆっくりと……

すぐにジンは口を押さえて部屋に戻ってきた。


「…しっ…しっ……しっ………し…死んでる…」


やがて教官が憂鬱そうな顔で、死体を引きずっていく。首はロープの痕が残り、舌はだらりとだらしなく垂れ、引きずったあとには、垂れ流した排泄物が残っている。首を吊ったらしい。


「こういう奴が出てくるとは思ったんだけど…いきなりとはな」


タイチは震えている。


「よぉ、お前らもう起きてたのか」


部屋にやってきたのは、稲垣の後ろについていた、坊主にラインをつけた男。


「俺は迫田っていう。お前らに一言忠告をしにきた」


タイチは部屋の端に逃げた。俺は生唾を飲み込む。


「…なんだ」

「そんな怖がるなよ。何かをしようなんて思っちゃいねぇよ。いいか、忠告はな、教官なんかより、まず稲垣には注意しろってことだ」


わかってはいる。だが…


「どうして、仲間のお前が…」

「あいつといたら、俺に危害が加えられないからだ。強者にへつらうのが、この世の中…特にここじゃ必要だ」


迫田は姑息な笑みを浮かべながら話を続けた。


「そうは言ったが、実はこの島に、稲垣に匹敵するくらいの強者がいることがわかった。神奈川のほうではかなり有名なビッグネームだ。そいつの名前は橋口」


なぜ、この男はそこまでリサーチしているのだろうか…こいつ、何を企んでるんだ…


「橋口と稲垣が組めば、ここは奴等に乗っ取られるだろう。生き残りたきゃ、この二人の連合軍にくっついていきゃ…間違いねぇ」


笑顔を浮かべる迫田。その笑顔の奥に、邪悪な雰囲気をたたえながら…


「俺たちに、どうしてそんな事を教えるんだ…?」


迫田は背を向けて、背中ごしに言った。


「俺には俺なりの考えがあるだけ…じきにわかるさ。じゃあな」


――じきにわかるさ。なぜかこの一言にひどく胸騒ぎを覚えた。


「…なんだってんだよ。なぁ?」

「…あ?…あぁ」


タカヤは肩を叩いた。


「何をぼーっとしてんだよ?さぁ行くぞ」

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