生存競争

 瓦礫だらけの広場の真ん中で、俺たちは急にミッションを与えられたような気分だ。出門がいなくなり、残った教官たちが俺たちのところに立ち塞がる。

 頬のこけた教官が口を開く。骸骨みたいな見た目。黒い隈のできたでかいだけのギョロ目。


「なんとなく気づいていると思うが、お前らはこれから24時間我々の監視下におかれる。へたなことはできないと思え。それと、ここには宿泊施設など存在しない。適当なところで雨露をしのぐんだな」


…どんだけの扱いなんだよ。タカヤは俺に言った


「とりあえず、要塞ん中に入ろうや。すべてはそっからだ」


 俺たちはそれぞれ違う入り口から要塞の中に入った。入り口と言っても、殆どが風穴のようにぽっかりと開いた穴。コンクリートを突き破って出てきた鉄骨が物悲しさを誘う。

 タカヤがポケットに手を突っ込むと、後ろをくるりと振り返って言った。


「ついてくんのか?」


 そんな気はなかった。ただ、なんとなくタカヤがいたからそっちに行っただけ。


「こんなところに…食料なんかあるのかしら…」


瓦礫の向こうの空間は、光すらささない。いつの間にか、俺たちは見知らぬ人間たちとのグループをつくっているようだ。タカヤや俺の集まりには、マイサ、リナ、タイチ、あとは色黒の日本人離れした顔立ちの男、おとなしそうな亀っぽい顔の男、タカヤはぽりぽりと頭を掻いた。


「俺は保護者でもなけりゃ、リーダーでもないんだぜ、なんでついてくんだよ。お前らと同じ落ちこぼれなんだぜ」


後ろについてきた二人が言った。


「いる中で、あんたが一番マシっぽかったから」

「でもさ、食料って言ったって、そんなものこの建物のどこにあるっていうのよ」


マイサが言った。俺はきょろきょろと周りを見渡してみた。


「ひょっとしたら…ここは何かの施設だったのかもしれない。だとしたら、厨房があってもおかしくないだろう。見てみな」


朽ちた壁には、古く壊れたスイッチがあるところもある。


「電気がきてたっていうなら、もしかしたら冷蔵庫もあるかもしれないな」


タイチは深く頷いた


「なるほど…カズシくんすごいや」


このチビに誉められたとしても…いや、まんざらでもない。タカヤは項垂れた


「わーったわーった。足引っ張るんじゃねぇぞ」



 建物の中を、別のグループもうろついているようだ。考えることは皆同じらしい。


「そういえば…ついてきたからにはお前ら名前教えろよ。」


色黒のほうが話しだした。


「俺…千葉の高校二年。中(あたり)臣。」


亀っぽいほうも話しだした。


「僕…都内の高校二年、甲野悠二」


 俺たちは簡単に自己紹介を済ませると、ある部屋を見つけた。


「…ここは」


その外れかけたドアの上には、札がついており、こう書いてあった。


『食肉倉庫』


「行かない理由はねぇよな」


 グループの中で体が大きなジンとタカヤがドアに手をかけて引っ張った。


…バキッ


蝶番は壊れていた為、ドアは外れてしまった。

 地下に降りる階段。暗い空間からは、ひんやりとした空気が漂う。階段を降りると、重々しい扉が立ちふさがる。冷凍倉庫の扉のような、重厚で冷たい金属製の扉……

 俺は扉の取っ手を掴むと、手前にぐっと力を入れた


ギィ…


 扉が開くとともに、凍えそうなくらいに冷えた空気が体にまとわりついた。吐息は一瞬にして白く染まる。


「…うっ…」


冷気とともにやってきたのは、腐臭だ。中にぶら下がった肉塊が、杜撰な温度管理で腐敗してしまっているのだ。

 無理もない。廃墟のような要塞だ。こういう状況も覚悟していた。


「ひっでぇ臭いだぜ…」


 口と鼻を押さえながら、肉の間を凝視するマイサが言った。


「あれ…見て」


腐敗して臭いを放つ肉塊の間の床に落ちているものが…


缶詰めだ


「僕、行ってくるよ」


 ユウジが身を屈めてそそくさと缶詰めに寄っていった。それを手に取る。冷えた缶詰めは思いの外掌の痛覚を刺激したようだ。


「…肉のシチュー缶詰だ。まだ食べられるよ!」

「おい」


俺たちは背後から声をかけられた。くるりと振り替えると、目付きの悪い真っ黒な顔をした角ばった顔の男が睨みをきかせている。

 奴は同じような雰囲気の男を一人引き連れている。もう片方は坊主頭にラインを入れたチンピラみたいな男。


「その食い物、こっちによこすんだな。さもなきゃ、わかってんだろうな」


どこの学校にも一人はいそうな奴だ。虚勢を張っているだけのように見える。


「何言ってるのよ!アタシ達が先に見つけたのよ!」

「教官が言ったじゃねぇか。聞いてなかったのか?どんな方法でもいいから食料を手にしろってな」


男はにやにやしながら詰めよってきた。


「だから、俺たちは俺たちのやり方で食料を手に入れる。ただ、それだけ」

「そう簡単に渡すわけには…」


ユウジが言い出すと、タイチが言葉を遮るように言った。


「…渡して」

「はぁ?」

「早く渡して!」


タイチは缶詰めをユウジからひったくると、それを男に手渡した。男は缶詰めをぽんぽんと投げながらにやついて言う。


「へへっ、わかってるじゃねぇか。仲間にはしないぜ。お前みたいな弱っちそうな奴は。じゃあな」


肩をいからせながら二人はもときた道を引き返していった。タイチはぶるぶると震えている。

ユウジは握った拳を我慢できなかった。


「おいコラ…」


 タイチの前に立ちふさがると、ユウジはタイチを思い切り殴った。


「ふざけた事してんなよ!何やってんだこのグズ!」

「よせユウジ!」


俺は肩で息をするユウジをなだめた


「俺も手前ぇなんかいらねぇからな」


タイチはなおも震えている。リナはゆっくりとタイチに近付くと、優しく話しかけた。


「あいつのこと…知ってるんでしょ?」


タイチは頷いた。


「誰なんだよ。あいつは」


タカヤも苛立ちを隠せずについ声を荒くした。


「君らは知らないんだ…あいつの怖さを…」

「なんだそりゃあよ」


少し正気を取り戻したユウジはタイチに訊いた


「あいつは、うちの地元では知らない奴はいないくらいに有名な不良。稲垣っていう奴なんだ。盗み、暴力、何だってやる。あいつには…逆らわないほうがいいんだ」


獣みたいな目付きと、浅黒い顔を思い出す。危険極まりない存在。


「ごめんよ…せっかく食料を手にしたのに…」


俺はユウジに言う。


「ま…まぁまた探せばいい。そん時はまた…な?」


不服そうな顔でユウジは頷く。すると、要塞の中に出門の声が響いた。


『お前ら、広場に集まれ。大至急だ』


 生まれもっての威圧的な声の持ち主なのだろうか、なぜかこいつの声を聞くと緊張感がピークになる。俺たちは、広場に向かった。

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