矯正プログラム
だいたい、半分くらいが一気にいなくなったようだ。船室の外からは何かを投げ込む音が次から次に聞こえてきた。
俺は耳を塞ぐ。アイマスクのあいだからタカヤを見ると、相変わらず大きな欠伸をしている。
その隣でぶるぶる震えている女が一人いる。はっきり言って、目立たなそうな地味な女。一重で垂れた目、微かににきびが目立つ。タカヤはその女の頭をぽんと叩いた。女は少し安心したような顔でまたアイマスクをした。
「彼女か?」
タカヤは言った。
「まさか、今初めて話したばっかだよ。お前、名前は?」
ちょっと舌足らずなしゃべり方で話しはじめた
「高円寺、理名…神奈川の高校二年…」
「タメだな。ここにいるやつらは皆そうみたいだな。俺はタカヤ。こいつはカズシだ」
タカヤは俺をリナに紹介した。誰とでも仲良くなれるタイプらしい。
「ちょっと…何がどうなってるの?」
リナの隣にいたゆるいパーマの女がアイマスクをずらして訊いてきた。ちょっとギャルっぽい女、けばくはないが化粧映えしそうな派手な顔立ち。美人な部類。
「あたしは赤城舞沙。浦安の高校二年…」
タカヤは言った。
「あまりしゃべらないほうがいいかもな。アイマスクしな。多分この船はどこかに向かってる。着くまでの辛抱だ」
確かに、こんなところで海に投げ込まれて溺れ死ぬわけにはいかない。
――何も知らないうちに、死ぬわけには…
†
人は不思議なものだ。極限状態になると眠くなるものらしい…俺は知らないうちにがくりと眠り込んでしまったようだ。
タカヤやマイサやリナがいる安心感からかもしれないが……
「うわぁっ!」
けたたましいサイレンの音が船内に鳴り響く。頭上の軍靴の音がどかどかと鳴る。ドアががちゃりと開かれると、よく響く声の男が話す。
「目的地に到着した、各人起立し、船外に出るように。ぐずぐずするんじゃないぞ!」
俺たちは立ち上がると、アイマスクを取り外した。ゆっくりと足元を気にしながらドアの外に出ていく。
古い漁船のような簡単なつくりの船だ。船室の外に出てもぎしぎしと音が鳴り、甲板の木はじっとりと潮で塗れている。船から陸を見ると、ぎらぎらと照りつける太陽が眩しい。
「…すっげぇとこだな」
タカヤがあんぐりと口を開いて言った。
船に乗っていた軍靴の集団は、全身真っ黒な作業服のような服で身を包んでいる。各人の右手には、拷問用具のブラックジャックが握られている。思いの外強い日差し――ここは、一体日本なのだろうか…
しかも、島には古い要塞のような建物がどんと鎮座しており、まさにアルカトラズ刑務所のようなフォルムだ。絶対に逃げることができなそうな難攻不落の要塞。そんな印象を受ける。
船は停泊所みたいなところに乗り付け、橋を渡した
「一列に並んで出るんだ。ぐずぐずするなよ」
「…すっ…すみません…僕…何も飲んでなくて…頭が…」
地面に一人倒れ込んだ。すると近くにいた黒い服がブラックジャックを振りかざした。
「ひいぃっ!」
男は無慈悲にそれを後頭部に振りおろす。
ガシッ
地面に倒れ込んだ奴は、そのまま気を失ったようだ。
「脱落者は放り投げろ」
黒い服はそいつを軽々と持ち上げると、海に投げ込んだ。
「あぁっ!」
投げ込まれるや否や、あっという間に何かが、落ちた少年に集まってきた。
「マジかよ…」
「ぎゃあああああっ!」
それはサメだった。サメは血の臭いにつられて集まってくるようだ。ブラックジャックで殴られた傷から出る血液に興奮したサメは、みるみるうちに奴を片付けた。海は赤く染まり、着ていた制服の切れ端がぷかぷかと浮かぶ。
「いいか、ここから逃げられるなんて思うんじゃないぞ」
マイサとリナは海を見ないように顔を俯かせ、目を強く瞑った。俺は一生忘れることはできないだろう。海に落ちた少年の、悲痛な断末魔の叫びを…
†
目の前には、聳え立つボロいレンガ造りの建物。一体ここで…どんな矯正プログラムが行われるのか…間違いなく、普通のプログラムなんかじゃないはず。そうじゃなきゃ…あんな何人も海に投げ込んだりしないし……
「ぐずぐずするな!」
横を歩きながら怒鳴る黒い服に、一人のヤンキーっぽい少年がぶち切れて言った。
「手前ぇら…いい気になりやがって…何様のつもりだ!あぁ?」
肩をいからせながら黒い服の男の一人に詰め寄る。
「貴様、わかってるのか…?」
「るせぇバカ野郎!そんなゴムにビビってるような…」
ズドンッ
鼓膜に重い衝撃と、硝煙の臭いが漂う。眉間に銃創をつくったヤンキーは、そのまま後ろに倒れ込んだ。
「おい、そこのお前とお前」
「はっ…はいぃ」
俺は指を指された。もう一人は気が弱そうな身長の低い男。中学生だろうか…
「それを海に棄てろ」
俺と気弱な奴は、ヤンキーの死体の後始末を命じられた。
「うぅっ…」
舌をだらりとだらしなく足らし、ヤンキーは白眼をむいている。死体の頭を進んで持つ俺。
「お前。こうなりたいのか」
気弱な男がびくっとして、ヤンキーの死体の足を持った。黒い服の男のうち、ヤンキーを射殺した男が拳銃の銃口を俺たちに向けた、
「逃げようなんて思ってませんから…」
片方の口角を上げた拳銃男は、拳銃をホルダーにしまった。
波止場からせーのでヤンキーの死体を海に投げ込む。
ドボン
バシャバシャ…
死体の処理は、サメがやってくれるようだ。
「ごめんなさい、僕がもうちょっとしっかり持ってたら…」
「気にするな。俺はカズシ。三杉和司。高校二年」
「僕は柊太一(ひいらぎたいち)。同い年だね。僕は都内の高校二年…」
喋っていると、黒い服が施設のレンガの壁をブラックジャックで殴った。早くしろという合図だろう…
†
俺たちは、施設の中に入っていった。塀の中は、瓦礫にまみれており、廃墟そのものとしかいえない。コンクリートの欠片を踏みしめながら俺たちは広場に集まる。
「関東エリアのMBSはこれで全部だな。私は教官である出門だ。今日からおまえたちは、私の指揮下に置かれる」
周りを黒い服の男たちが取り囲む。出門は他の黒い服よりも一回り大きな体をしている。こいつだけが拳銃を持っているのだろうか
「それでは、これよりこの島での矯正プログラムを発表する」
出門は驚くべきプログラムを口にした。
「この島では…お前らは人間以下の扱いになる。はっきり言うと、お前らにこの島で人権など皆無だ。人間としての尊厳は無視され、不要な奴らは容赦なく処分する」
ざわつく中、出門は空に向かって拳銃を撃った。乾いた音が瓦礫だらけの空間に広がる。
「わかったか。お前らにはとりあえず、食料を自分でなんとかしてもらう。手段は任せる。但し、一つルールがある…」
出門はぎろりと周りを見渡す。
「我々教官に歯向かうことは許さん。歯向かう者は容赦なく抹殺する。それと、お前らMBS同士で殺しあうのも禁止だ」
タカヤは俺の肩をぽんと叩いた。
「さぁて、どうなることだか…なぁ?」
出門はホルダーに拳銃を仕舞った。
「以上だ。解散しろ」
――ここから、俺達の過酷な生活が始まるのだ。
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