移送船

…俺はゆっくり目を開けた。真っ暗。いや、アイマスクをつけられているようだ。俺はアイマスクをずらした。

 この揺れは…船?どうして船?船室には、俺のほかに何人か座ってるようだ。皆、俺と同じ高校二年生だろうか…根拠はないがそんな気がする。皆はまだアイマスクを着けてるようだ。俺の目に映ったのは、一人だけアイマスクを着けていない、大きな欠伸をしている少年……

 髪の毛を軽く脱色した、一見チャラチャラしてそうな感じ。ここに来てるということは、まさにそうなんだろう。彼は俺をちらりと見ると手招きをした。背は高い、180を超えている。


「アンタもか。まぁ不思議じゃねぇよな。全国でこんなにいるんだもんな」


 床にざこ寝している奴等を横目で見た。ざっと…50人近くいる。


「俺は都内の高校二年。名前は伊関隆弥。俺のことはタカヤで構わない。えっと…お前は?」


「都内の、桜沢学園二年。三杉和司…」

「おう、よろしくな。カズシって呼んで構わないか?」


 俺は頷いた。頭は悪そうだが、俺はタカヤに好感をもった。

 船室には窓はない。あるのは天井からぶら下がってる豆電球だけ……ゆらゆらと揺れる電球の明かりに小さな羽虫が舞っている。

 なんだか頭上でこつこつという音がする――誰かいる…しかも、普通の靴じゃなく、軍靴みたいな…

 声を殺しながら、俺たちは顔を見合わせた


「どこにいくんだろうな…」


 タカヤは急に真顔になると、アイマスクをして、寝たふりをした。俺も咄嗟に倣ってアイマスクをした。そんな闇の中で、誰かが起き上がったことを感じた。


「誰か…誰か?」


女みたいだ。混乱しているらしい。

すると、頭上の軍靴の音がでかくなった。間違いなく、ここに向かっている。

船室のドアの鍵を誰かが開けた。


「ここ…どこ?」


女は訊いた。軍靴の音はリズムを早くし、女に近づいていった。


「ちょっと何っ?いやっ…誰かぁ!」


ガッ


 骨を打つような音が響き、誰かが倒れるような音がした。


「おい、引っ張れ」


 軍靴は何かを引きずるように部屋をあとにする。しばらくすると、外でドボンという音が響いた。今の女は、連れていかれて海に捨てられたんだ。容易に想像がつく。なんなんだこれは…


「おい…見たか?カズシ」


俺はかぶりを左右に振った


「ゴムの警棒みたいなもんで、首の後ろを一撃。そのまんま連れていかれちまったよ」


俺は恐怖した。

――なんで、こんなことに…

 小さくざわつく声が聞こえた。数人、起きたのだろう。

 すると、再び船室のドアが開いた。錆び付いた蝶番の唸る音がする。


「お前ら、下手に騒ぐと、さっきのガキみたいに海に投げ込むぞ。わかったな」


船室の中はしんと静まりかえった


「悪いのはお前らなんだからな。わかってるだろうがな」


 吐き捨てると男は乱暴にドアを閉めた。部屋の中で数人がしくしくと泣き出す。

――計り知れない恐怖。タカヤは俺の隣にちょこんと座った。


「死にたくなければ、ここでじっとしてるのが一番だ。くわばらくわばら」


「やだ…もう帰りたい…」

「やだよぉ…助けてよぉ…」


 泣きながら訴える声に反応し、軍靴がどかどかと船室に入る。


「貴様ら!まだわかってないようだな!?」


ゴム製のブラックジャックと呼ばれる拷問用具で誰かを叩く音がする。ひとり、またひとり泣き声が消えていく。

――俺たちは、まだ知らなかったんだ。

 この船室に立ち込めている噎せかえるような恐怖は、これから起こる本当の恐怖の序章にすぎないってことを…

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