第16話 洗ってくれませんか?
「ふー。」
蒼は一度目をつむり深呼吸する。
「い、行くぞ。」
目を開けるとエインの方へと歩み寄りエインの隣の椅子に腰を掛ける。
震える手をなんとか誤魔化しスプーンを持つとチャーハンをすくった。
「あああ、あーん。」
「あ、あーん。」
スプーンをエインの方へと持っていくとエインは顔を赤くし目をつむり口を開けスタンバイする。
目をつむって口を開けてる光景は男がやればただの間抜け面なのだがエインがそれをすると可愛すぎて困ったものだ。
蒼はスプーンをエインの口へとゆっくりと、確実に近づけていく。
エインの口にスプーンが入るとエインは口をぱくっと閉じた。
エインの口からスプーンを抜いてやるとエインはもぐもぐとチャーハンを味わっている。
「お、おいしー、です。」
「よ、よかったです。」
二人とも恥ずかしさの限界で一瞬顔をそらす。
「よーし!ジャンジャン行くか!」
「は、はい!ジャンジャンです!」
強引に空気を変えた二人はうれしさと恥ずかしさの味がブレンドされたチャーハンを味わうのであった。
「ひゅー、ひゅー。」
第二ラウンドを終え、もはや過呼吸になってしまっている蒼と対照的にエインはなぜかとてもツヤツヤしており上機嫌だった。
「蒼様からのあーん、ふふっ。」
エインの漏らした歓喜の独り言は瀕死の蒼には聞こえるはずもなく、誰もがうらやむその言葉は空気に薄まり消えていった。
「じゃあ、俺買い物行ってくるから...」
蒼はよろよろと立ち上がると力の入らない己の体に鞭打って買い物に出かけた。
「ただいまー。」
「お帰りなさいませ。」
蒼が買い物から帰るといつも玄関まで出迎えてくれるエインの姿はなく、声だけが迎えてくれた。
どうやらまだ相当痛いらしい。
蒼がリビングに入ると案の定エインはソファに突っ伏していた。
蒼は一度時計を見る。時計は17時を指していた。
「俺汗かいちゃったし先にシャワー浴びてくる。」
「はい、行ってらっしゃいませ。」
蒼が服をパタパタしながら浴室へ向かうとエインが顔だけ蒼の方へ向けて笑顔をくれた。
風呂から出ると蒼はちゃちゃっと晩御飯を作りエインに食べさせた。
二度目は少し慣れたようで二人とも恥ずかしがってはいたものの笑顔を崩すことはなかった。
晩御飯を済ませると蒼は洗い物を始めた。
すべての食器を洗い終え蒼が皿についた水滴を拭いていると、突然蒼の頭に雷が走り一つの最重要問題が脳裏をよぎる。
蒼はその可能性に気づくとエインを見て冷や汗をかいた。
その最重要問題とは...
「え、エインさん。今日は風呂どうするんで??」
そう、かろうじで歩けはするものの両腕が使えない今のエインがどうやって体を洗うのか、ということだ。
「えと、そのー..」
エインは人差し指同士をつんつんしながら蒼の目を見ず気まずそうにしていた。
彼女は蒼が気づくずっと前からこの重大な問題に気付いていたのだろう。
「すみません!蒼様、そのー、あ、洗っていただけませんか??」
「なんてこったい...」
蒼の脳内で無慈悲なゴングの音が鳴り響いた。
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