第12話 今日だけは。

「風呂空いたぞー。」

「では入ってきます。」

蒼が風呂から出るとエインが先ほどとは打って変わって冷たい態度で返事をすると、そのまま風呂場へと歩いて行った。

「...俺、なんかやらかしたか??」

蒼が自問自答をするも答えなどわかるはずもない。

しいて言うなら先ほどの風呂の件だが、あれは男としてよくやったと思っている。

蒼はそんなエインに話しかけることもできず、エインが浴室の扉を閉めるのをただ見ているだけだった。

それからしばらくしてエインも風呂を済ませ、それぞれ寝支度を整える。

その間エインはずっとそっけないままであった。

そんなこんなでエインが怒っている理由も聞けないままとうとう時刻は12時を回った。

「そろそろ寝るか。」

蒼は伸びをしながらエインを見る。

「そうですね。」

エインは蒼の顔も見ずにそれだけ答えた。

二人はそれ以上話すことなく、ともに無言のまま二階に上がり寝室へと向かう。

先ほどの心地の良い沈黙ではなく、少し気まずさのある沈黙が二人を離さない。

今日は二人で寝ないだろうなと蒼が予想していると、そんな予想など知るかとばかりにエインが蒼の寝室へと入っていった。

蒼は何も言わずいつもの定位置に寝転がるとエインもいつもどおり蒼の胸に顔をうずめる形でベッドの上に寝転がる。

「おやすみ。」

エインのそんな態度に蒼は特に何も言及することなく、一応の挨拶だけするとすぐに目を閉じた。

「...今日は、すみませんでした。」

蒼が瞼を上げエインを見ると、エインは気まずそうにいつも以上に蒼の胸に顔をうずめている。

「私変なんです。今日蒼様に置いて行かれそうになってから。蒼様とずっと一緒にいられないかもって思っちゃって、不安で。」

なるほど。だから今日は普段より密着が多かったし、風呂にまで入ってきたのか。

蒼はエインの態度に納得すると同時に、自分がひどく情けなく思えた。

そして蒼は一人、深呼吸をし始めた。エインは蒼の心臓がどきどきと高鳴るのを感じた。

「俺な、実は今日エインが皆に囲まれてるとき、なんかすげー嫌だったんだ。

 エインは俺のメイドなんだぞって思っちゃったんだと思う。独占欲強すぎって話だ  

よな。」

蒼はエインに笑って見せる。エインは蒼の胸に顔をうずめたままだった。

「だからさ、エインが俺をそんなに大切に思っててくれてうれしいんだ。

 それに、俺だけじゃなかったんだって安心したよ。」

蒼はエインの頭にポンポンと手を置く。

「ごめんな、ありがとう。」

「どっち、ですか。」

エインが鼻をすする。蒼のパジャマの胸あたりが湿っていくのが分かった。

「大切に決まってるじゃないですか、当たり前じゃないですか...」

エインはそう言って泣き始めた。

最初の涙がこぼれてしまうとあとはもうとめどがないようだ。

それからしばらくして、エインは落ち着きを取り戻すと一度蒼の胸から顔を離し蒼の目を見上げた。

それからまた蒼の胸に顔をうずめる。

「明日になったら、元の私ですから。だから今日は、今日だけは...」

「ああ、わかった。」

エインは蒼の背中に手を回し蒼を抱きしめる。

「おやすみなさい。」

「おやすみ。」

そしてエインは蒼を抱きしめたまま眠りについた。

「戻っちゃうのかあ。」

蒼はエインが寝たのをしっかりと確認してから残念そうにそうつぶやいた。

先ほどは雲に隠れていた月も今では暗闇の中淡い光を放っている姿が見える。

今宵は綺麗な満月だった。

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